第0話 悪夢
「くそっ! どこに行きやがった!?」
「そう遠くには行っていないはずだ。探せ!」
目をぎらつかせた兵士たちが誰かを探している。
主君から『スモーフ家の領主を生け捕りにすれば望み通りの恩賞を与える』と通達されているため、彼らは血眼になってその人物を探していた。
(お願い。どうか見つかりませんように!)
そんな者たちの近くには、泣き声を必死に押し殺し、奇跡を祈り続ける少女が隠れている。
彼女の名前はレイナ・スモーフ。この地域を治める、17歳の若き領主だ。
先代領主である彼女の祖父は領土拡大の野心が強く、また、後継者であるレイナの立場を盤石にするためにと侵攻を繰り返した結果、周辺国から強い恨みを買ってしまった。
祖父の死を好機と見た周辺国からの攻撃を受け、レイナたちは連戦連敗。瞬く間に領地の大半を失い、彼女も落城間際に居城から逃げ出すので精一杯だった。
レイナに従っていた忠臣たちも、彼女を逃がすために一人、また一人と散っていき、ついにレイナは一人ぼっちになってしまった。
――ガサッ
すぐ近くで誰かの足音が鳴り、レイナは恐怖のあまり身をすくめた。
奥歯がカタカタと音を立てそうになるが、必死に歯を噛みしめる。
「この辺りか?」
男はまだレイナの居場所には気づいていないが、それでも足音は彼女のところへ近づいていく。
(お願い、来ないで! 神様、私を助けてください!)
そんな願いもむなしく、レイナは男に発見され、捕らえられた。
2週間後、レイナは処刑場にいた。
降伏したレイナの旧臣や領民たちが彼女の助命を嘆願したが、赦されることはなかった。
レイナは虚ろな目で処刑台に向かって歩く。
彼女の心は既にぽっきりと折れ、うわ言のように死んでいった忠臣たちへの謝罪と自身の無力さに対する嘆きの言葉を繰り返すだけだった。
やがて、レイナの身体が所定の位置に固定され、処刑の執行を待つだけとなる。
最期の瞬間、レイナの脳裏に幼馴染の少年の姿が蘇った。
今から10年以上前、祖父が健在だった頃から忠誠を誓ってくれていた最初の家臣。
彼は一族の習わしで7歳の頃から修行の旅に出ていて、およそ半年後、レイナの18歳の誕生日に戻ってくる予定だった。
彼の存在を思い出したことで、まだ死にたくないという気持ちが戻ってくる。
消えていた心の炎が再び燃え上がり、光を失っていた目から熱い涙がこぼれ落ちた。
「もっと生きていたかった。サディスに、もう一度会いたかったよぉ……」
レイナの小さな声は、彼女以外の耳には届かなかった。
◇
「いやあああ!」
ものすごく怖い夢を見た気がして、レイナは飛び起きる。
(せっかくの誕生日なのに……最悪)
そう。今日はレイナの17歳の誕生日なのだ。
(でも、妙にリアルな夢だったな。敵が攻めてきて、この城が落城して私も捕まって、それで――)
処刑される。その痛みと恐怖を思い出し、レイナは小さく身震いした。
その記憶は深く刻み込まれていて、忘れたくても忘れられなさそうだ。
(でも、本当に夢だったのかな。夢にしてははっきりと覚えてるし……)
もしもこの『夢』が正夢になったらどうしよう。そんな不安と恐怖が湧き上がり、レイナの目に涙が浮かんでくる。
「ねえ、サディス。私はどうなっちゃうの? あなたは今どこにいるの? 会いたいよ……」
彼女の涙に濡れた声は、誰にも届かずに消えていった。




