第15話 訓練の質を高めるための工夫2選
この日、サディスは珍しく自宅にいた。
(手紙の効果が出るまで動けないし、今日は領地でできることをするか。……まずはこの書類の山を片付けないとな)
サディスは自身の頬を叩いて気合を入れると、紙束が積まれた机に向かう。
軍師という立場上、内政に軍事、外交まで、幅広い書類がサディスの元に届く。
彼はその一枚一枚にしっかりと目を通すと、必要に応じて注釈をつけ、不備があるものは差し戻す。
サディスには手を抜くという選択肢が無い。
彼の元を通過した資料は全てレイナのもとに届けられるので、半端な書類を通すと、彼女の負担が増すだけだからだ。
サディスが黙々と書類に向かっているうちに、時刻は昼に差しかかった。
街の方角から正午を告げる鐘の音が聞こえてくる。
(もう昼か。……書類もだいぶ片付いたな)
机に目をやると、書類の山が無くなってほぼ平地になっていた。
「昼ご飯を食べたら兵糧庫の確認に行こうか」
サディスは独りごちると、食事に向かった。
午後になり、サディスは兵糧庫を訪れた。
食べ物が無くては戦いにならない。これは攻める側だけでなく守る側も同じなので、常に兵糧の備蓄には気を配っておく必要があるのだ。
クシューの死後、ルーザス家が不穏な動きを見せている。
そこで、家臣たちが急な防衛戦に備えて兵糧を買い付けていた。
「兵糧の備蓄は問題なし……と。調達は順調そうだな」
兵糧の在庫を確認したサディスが満足そうにうなずく。
前回の評定で兵糧調達を請け負ったのはミルだ。
(ミルのことは信用しているが、現物は嘘を吐かないからな。……しかし、オレの予想よりも購入量が多いな。これもミルのコミュニケーション能力の成せる業か)
サディスはミルの顔を思い浮かべると、彼女に対する評価を一段階上げる。
いつの間にか、ミルは同僚の中でも最上位の存在になっていた。
兵糧庫から出たサディスは、そこでネストと鉢合わせた。
ネストは、にこやかな顔で「よう」と手を挙げる。
二人はその場に留まって立ち話を始めた。
「サディスは兵糧の確認に来たのか?」
「はい。順調に調達できているかどうかを見に来たんです」
「そうか。ミル殿の仕事っぷりには感心するよな。この国で生まれ育ったわけでもないのにあそこまで働いてくれるんだから、本当にありがたいぜ」
サディスはその言葉に同意する。
ミルは名前以外の情報を話そうとしない。
スモーフ家の人間が彼女について知っている事といえば、名前と他国で生まれ育ったということだけだ。
それでもミルは持ち前の明るさと任務に真面目に取り組む姿勢、そして何より成果をもって家臣たちの信頼を勝ち取った。
レイナもある意味ではミルのことを警戒しているが、能力と人間性については評価している。
「まあ、何にせよ得難い人材が来てくれて良かったよ」
ネストの言葉に、サディスはしみじみとうなずいた。
「そうだ! これから新しく入った兵士たちの訓練なんだけど、良かったら見に来ないか?」
「良いんですか!? ぜひ見させてください!」
サディスは前々から兵士たちの練度を見たいと思っていた。
特に、最近加入した新兵たちが、どの程度戦力になりそうかを知っておきたかったのだ。
「よし。じゃあ、訓練所に移動するか」
二人は訓練所に到着した。
今日は新兵の訓練が実施されるとあって、中央に初々しい兵士たちが集まっている。
多くは新兵同士で談笑しているが、中には既に素振りをしている者や先輩に教わっている兵士の姿もあった。
「よーし、集合。お前らに必要なのは何よりも体力と精神力! 今日もビシバシ行くぞ!」
ネストがそう言うと、兵士たちが「おー!」と返事する。
(そういえば、ネスト兄さんの訓練はスパルタだって誰かが言ってたな。心なしか、兵士たちのテンションが低い……)
早速不安になるサディスだが、ネストは兵士たちの様子など気にせずに続ける。
「お前ら! 良いことを教えてやろう! うちの姫さんは可愛くて慎ましい、でも好きな相手には頑張って積極的になる、世界で一番可愛い女性だ! お前らも手柄を立てて出世して、一軍を率いる身分になれば、お目通りが叶うかもしれん。運が良ければそのまま見初められて逆玉の輿だ!」
(ネスト兄さんは何を言ってるんだ!?)
驚きのあまり混乱するサディスをよそに、兵士たちは「うおおおおお!」と熱狂している。
よく見ると、近くで話を聞いていた古参の兵士たちも新兵に交じって叫んでいた。
「やる気は出たか! 明日の逆玉を目指してランニング、始め!」
新兵たちが声を張り上げて走る。
心なしか、飛び散る汗さえもキラキラと輝いているように見えた。
(凄い。ああやって兵士たちの心を掴んでいるんだな)
サディスは感心しつつ、兵士たちの動きを見つめていた。
「チョロい奴らだ。レイナ様の心はとっくに決まっているというのに……」
ネストはサディスを見ながらポツリとつぶやいたが、その言葉を耳にしたものはいなかった。
◇
ところ変わって、ここはルーザス家の本拠地。
今日はカムスが兵士たちの訓練を視察していた。
「どうじゃ? 新兵の訓練は順調か?」
「はい。それはもう、バッチリでございます」
訓練を担当する家臣が、揉み手をしながら答える。
彼はカムスのお気に入りの家臣だ。
普段から腰が低く、サウザンのように口煩く意見することもない。
何より、彼はカムスのことを決して否定しないのだ。領民たちからも色々言われがちなカムスにとって、この家臣と話す時間は最高の癒しだった。
それに加えて、手紙の騒動以降、カムスとサウザンの仲が上手くいっていない。
カムスは意図的にサウザンに意見を求めなくなり、この家臣のように自身に肯定的な者たちの甘美な言葉に傾倒していった。
「ほぅ……今は剣の練習をしておるのじゃな」
「はい。兵士に必要なのは何といっても剣の技術です。カムス様、ご覧ください! あの者たちの流れるような剣さばきを!」
「おお! 素晴らしいではないか! ……ところで、全員素振りばかりじゃが、模擬戦などはしないのか?」
「模擬戦など、訓練の効率が落ちるではありませんか! 基礎さえしっかりと身についていれば、実戦では身体が勝手に動くものなのです。きっと」
「おお、そうなのか! 勉強になったぞ! では、この調子で頼むぞ!」
カムスは「ハッハッハ」と笑いながら訓練場を後にする。
一人残された家臣は、安堵の息を吐いた。




