第14話 手紙の罠
この日、サディスはルーザス家の領内で、ルーザス家当主であるカムス・ルーザスについての情報を集めていた。
(猜疑心が強く、わがままで人望が無い……か。とんだ領主だな)
領民たちのカムスへの評判はすこぶる悪く、彼があまり好かれていないのが分かる。
重臣であるサウザンは領民から人気があり、カムスは彼の人気に嫉妬しているという情報もあった。
(カムスの猜疑心と嫉妬心を利用すれば、サウザン殿との関係にヒビを入れることができそうだ)
サディスはニヤリと笑うと、具体的な策を練るのだった。
数日後、領地に戻ったサディスはレイナのもとを訪ねた。
今日は応接室や会議室ではなく、彼女の私室に案内される。
サディスは全く気づいていないが、今日のレイナは少しだけソワソワしていた。
「本日はどうなさいましたか?」
「謀略の件で、レイナ様にお願いしたいことがありまして」
「……仕事の話ですか」
レイナの表情が少しだけ曇るが、サディスはそのことに気づかずに続ける。
「ルーザス家を弱体化させるために、カムス・ルーザスとサウザン・ドゥーイに手紙を書いていただけませんか?」
「はあ……。かしこまりました」
レイナの期待とは全く違う展開になったが、それでも彼女は健気に前を向く。
「手紙の内容はお伝えしますので、レイナ様はオレの言うとおりに書いてもらえれば」
そう言いながら、サディスはレイナのすぐ隣に座る。椅子同士が触れるかどうかの距離だった。
「よいしょ、っと。これならレイナ様の手元が良く見えますね」
「あわわわわ……」
レイナの顔が真っ赤に染まるが、サディスは彼女の手元しか見ていない。
「まずはカムス・ルーザスへの手紙を書きましょう」
「どのような内容にする予定ですか?」
「口汚く罵って挑発する文章にしようかと悩みましたが、それだとレイナ様の格が下がってしまいます。ですので、軍備を進めて国境付近の緊張を煽っていることを遠回しに非難する内容にしましょうか」
「分かりました」
それから、サディスが文章を考えて、レイナが執筆するという作業が始まった。
「――という理由から、両国の緊張感が高まるのは互いの領民のためにならないと存じます」
「はい」
サディスが考えた文章を伝えると、レイナは筆を動かして文字に起こす。
彼は待っている間に、密かに自身の手とレイナの手を見比べた。
(レイナ様の手、小さいな)
それから、サディスの視線はレイナの横顔に吸い寄せられる。
(引き込まれるような表情だ。この顔を見ていると、レイナ様の力になりたいという思いが湧いてくるんだよな)
サディスはレイナに気づかないうちに視線を手紙に戻す。
その間だけは穏やかな表情をしていた。
「カムス・ルーザスへの手紙は以上です。次はサウザン・ドゥーイ宛ての文章ですが……また明日にしますか?」
サディスが、長い間文章を書いていたレイナの体調を気遣う。
「……いいえ。まだ疲れていませんし、続けましょう」
「分かりました」
二人は少し休憩を挟んだ後、手紙の執筆を再開した。
「サウザン・ドゥーイ様。お手紙ありがとうございます。楽しく拝読させていただきました」
サディスが手紙の冒頭を伝えるが、レイナの手は動かない。
「レイナ様?」
「……サディスは、私が他の殿方と文通していたらどう思いますか?」
「えっ?」
「……何でもありません。忘れてください」
レイナはそう言うと、サディスの言葉を一字一句違わずに記入していく。
(レイナ様が他の男と文通……? ……想像してみると何か嫌だな)
だが、今のサディスには、不快に思う理由までは分からなかった。
「宛名を書いて……これでよし。後はそれぞれの手紙を入れて封をするだけですね」
レイナが便箋をそっと手に取り、封筒に入れようとする。
「待ってください。手紙の中身は入れ替えてください」
「入れ替える……ですか? つまり、カムス殿にサウザン殿、サウザン殿にカムス殿宛の手紙を読ませるということですね」
レイナはサディスの策略に気づいたようだ。
「はい。レイナ様がサウザン殿に宛てた文章を、カムス・ルーザスに読ませるというのがポイントです。彼は猜疑心の強い男ですから、あの文章を読めばサウザン殿のことを信じられなくなるでしょう」
サウザンに向けて書いた手紙には、これでもかと言うほど友好的な文章が書かれている。
当事者以外が読めば、レイナとサウザンがとても仲の良い友人だと勘違いすることだろう。
「自分宛の手紙でないことに気づいたカムス殿が、読まずにサウザン殿に渡す可能性はありませんか?」
「その可能性は低いと思います。カムス・ルーザスは、レイナ様のような綺麗な心を持ち合わせていませんから」
「――っ! 不意打ちはやめてください……」
レイナが真っ赤になって目を泳がせる。
サディスは不思議そうに首をかしげた。
◇
数日後、レイナが書いた手紙がルーザス家のもとに届いた。
使用人がカムス宛ての封筒を、カムス・ルーザスに手渡す。
「ふん、スモーフ家の小娘がいまさら何の用だ? 今更、命乞いをしても遅いぞ」
カムスは乱暴に封蝋を剥がし、中から手紙を取り出した。
手紙を読み進めるに従って彼の顔がどんどん赤くなっていく。
「この手紙は……。おい! サウザンを呼べっ!」
「は、はいぃ!」
使用人はいきなり激高したカムスに驚き、慌ててサウザンのもとに走った。
「……だいたい、サウザンのことは前から気に入らなかったのだ」
誰もいなくなった部屋で、カムスがポツリとつぶやいた。
「サウザン様! カムス様がお呼びでございます!」
「おお! ちょうど僕もカムス様に訊きたいことがあったんだ!」
サウザンはそう言うと、手紙を片手に立ち上がる。
「……サウザン様、それは?」
「スモーフ家当主からの手紙なんだけど、中身が変なんだ。宛先を間違えたのかな?」
使用人は嫌な予感を覚えたが、何も言わなかった。
二人は早足でカムスのもとにやってきた。
カムスはサウザンを一瞥すると、「読んでみよ」と言って便箋を差し出した。
「失礼いたします」
サウザンは受け取った手紙を読み進めるが、徐々に表情に困惑の色が浮かんでいった。
「その手紙について、申し開くことはあるか?」
「これはきっとスモーフ家による策略です! 僕とカムス様を仲違いさせようとしているのに違いありません!」
「だが、そこには『手紙ありがとうございました。楽しく拝読しました』と書いてあるぞ?」
「カムス様は家臣の言葉よりも、紙切れに書かれた文字の方を信用なさるのですか!?」
カムスの言葉に、サウザンが憤慨する。両者はそのままヒートアップしていく。
やがて、決定的な一言が飛び出した。
「もうよいわ! 誰か! この男の首を刎ねよ!」
「カムス様、どうか冷静になってください! サウザン殿は当家の大黒柱でございます。そのような方を一時の感情で処罰してはなりませぬ」
「そうですぞ! サウザン様は若いながらも、当家に多大な貢献をしてきたお方です。そのような方を斬ってしまっては、領民や家臣たちの心も離れてしまいますぞ!」
騒ぎを聞きつけてやってきた家臣たちが必死になってカムスを諫める。
そのかいもあって、カムスはようやく冷静さを取り戻した。
「……分かった。皆がそう言うならば、今回については不問とする。だが、次は無いと思え」
カムスが憮然とした表情でそう告げると、サウザンは深々と頭を下げる。
一応の決着を見たが、この一件は両者の間に確かなしこりを残したのだった。




