第13話 ルーザス家の全て
その日、サディスはルーザス家の領地に行く準備をしていた。
荷物をまとめ終えて後は出発するだけとなった時、ミルがサディスの家を訪ねてきた。
彼女は走って来たのか、肩で息をしている。
「何とか、間に合いました……。サディス様、出発前に占わせてもらえませんか?」
(すっかり忘れていたけど、ミルは元占い師だったな)
最近のミルはローブを着ていないので、『占い師っぽさ』はかなり薄れている。
スモーフ家にもすっかり馴染んでいて、サディスの認識も『同僚の優秀な文官』に変わっていた。
「良いけど……。そういえば、ミルはどうやって占ってるんだ?」
「うちは天文を用いた占いが得意なんです」
ミルは誇らしげな顔をしつつ、道具を広げ始めた。
しばらくして、占いを終えたミルが神妙な顔をサディスに向ける。
「ど、どうだったんだ?」
「西で、大きな出会いがある……と」
「……何だそれ?」
サディスの脳裏に思い浮かんだのは、路地を拠点に活動する男の姿だった。
すぐに頭から男の顔をかき消す。
「寝ても覚めても相手のことを考え、その人の情報を求めて歩き回る。まさに『運命の出会い』があると」
「そんな馬鹿な」
「と、とにかく気を付けてください! 知らない女の人に付いて行っちゃダメですからね!」
「行かんわ!」
サディスはそう言い残し、ミルに見送られてルーザス家の領地に出発した。
数日後、サディスはルーザス領で最も大きい街に到着する。
(以前とは明らかに雰囲気が違う。火種が消されてしまったのかもしれないな……)
前回サディスが訪れた時は、領民たちがルーザス家当主への不満を口にしていたが、今はその様子が見られない。
行き交う民たちは穏やかな顔をしていて、誰もが今の暮らしに満足しているようだ。
(どうやって民の心を取り戻したんだ?)
サディスは情報収集のため、路地に向かった。
「……あの男たちはどこへ行ったんだ?」
路地の中を見て回ったが、先日協力してくれた男とその仲間たちを見つけられなかった。
以前はこの街の不良たちの姿もあったが、彼らもいなくなっている。
(街にいた不穏分子を始末したことで、治安が改善したのか)
街の雰囲気が良くなった理由を、サディスはそう推測した。
サディスは夜になるまで街をうろついたが、男や不良たちについての情報を得ることはできなかった。
彼は仕方なく、街で一番大きな居酒屋に入る。
アルコール無しの飲み物を注文し、カウンターの端に座って他の客たちの会話に耳を傾けた。
サディスが店に入ってからしばらく経った。ちびちびと飲み進めていたソフトドリンクも、残り僅かになっている。
(うーん、めぼしい情報は無さそうだな……)
彼は店内の喧騒から何とか会話を聞き取ったが、どれも自慢話や知人の愚痴ばかり。
(これ以上ここに居るのは時間の無駄だな。今日は帰ろうか)
そう考えて立ち上がろうとした瞬間、彼の隣の席に一人の青年が座った。
(一人……か。オレが言うのもなんだけど、おひとり様というのは珍しいな)
店内に一人客は他にいない。
サディスは青年に対する興味が湧き、もう少し店に残って彼のことをそれとなく観察することに決めた。
青年はアルコール飲料を一口だけ飲むと、サディスに笑みを向けた。
「どうも。見かけない顔だけど、旅の人かい?」
(……まさか向こうから話しかけてくるとは思わなかった)
サディスは内心驚きながらも、友好的な表情を崩さないように意識する。
「ええ。初めて来ましたが、ここは良い街ですね」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。この街の治安を戻すのには苦労したからね」
青年の口元が緩む。
(なるほど。この人の仕業か……)
「もしかして、ルーザス家の方ですか?」
「ああ。僕はサウザン・ドゥーイ。ルーザス家に仕える文官さ」
(聞いたことの無い名前だ。だが、要注意人物として覚えておこう)
二人はあっという間に意気投合し、会話に花が咲く。
最初はサウザンのことを警戒していたサディスだったが、いつの間にか気を許していた。
「そうか。君は北の国にも行ったことがあるんだね」
「はい。あそこも治安の良い国でしたが、怖くて路地には入れませんでした」
「どこもそうだよね。大通りは安全だけど、一つ隣の道は不良たちの住処だ」
「その点、この街は凄いですね。どんな魔法を使ったんですか?」
「大したことはしていないよ。ちょっと住む場所を提供して、仕事を斡旋しただけさ」
サディスは驚いて目を見開く。その反応を見て、サウザンが楽しそうに笑った。
「彼らも根っからの不良とは限らない。中には、機会を与えれば再起できる人間もいるのさ。それが自身の適性や性分に合った仕事ならなおさら、ね」
それを聞いたサディスは直感する。
目の前の男こそが、ルーザス家で最も厄介な存在だと。
翌日。サディスは街でサウザンについての情報を集めていた。
(やはり、サウザン殿のことを悪く言う人はいない、か)
誰かから話を聞くたびに、サウザンに対する評価を上方修正していく。
サウザンはルーザス家の内政と物資の調達、輸送を担当している。
兵を指揮するのは苦手らしいが、後方支援に限れば天下一という声もあるほどだ。
その才覚と功績を評価され、領民たちからは『ルーザス家の全て』と呼ばれていた。
(何とかして、カムス・ルーザスとサウザン殿を仲違いさせられないだろうか)
ルーザス家には優秀な家臣が少ない。その大半は常にカムスの顔色をうかがい、彼の歓心を買うことに腐心している。
サディスの見立てでは、ルーザス家の要注意人物はサウザンとマキュラーという老将軍の二人だけだ。
そのうちの一人であるサウザンを失脚させることができれば、優位に戦えるだろう。
(さあ、知恵比べといこうか)
サディスは冷酷な笑みを浮かべた。
◇
そのころ、ルーザス家の城ではサウザンが部下と会話していた。
「領内の様子はどうだい?」
「農業が少し停滞しています。やはり人手が……」
「こればかりは仕方ないね。残っている人たちで収穫量を落とさないようにするしかない。ひとまず、収穫効率の良い地域に労働力を集中させよう」
「かしこまりました」
「話は変わるけれど、商人たちは来ているかい?」
「はい。先月に比べて数が増えた気がします」
「ちょうど良い。戦に備えて大量に兵糧を買いたいんだ。彼らをうまく競わせて、少しでも安く仕入れるよ」
今日もサウザンは忙しい。




