第11話 ナンバー2
数日後、サディスは謀略の成果を確かめるためにルーザス家の領地に来ていた。
「ふう、思いのほか強行軍になったな……」
彼は先日、同盟の使者としてスモーフ家の東に位置するヴィクタル家に赴いた。
そこで交渉を成功させたサディスは、領地に戻ってすぐに結果を報告し、次の日の朝には西のルーザス家に向けて出発したのだ。
全ては幼馴染であり、主君であるレイナのため。彼女のためならば、多少の疲れなど苦にならないサディスだった。
余談だが、肝心のレイナはサディスが領地に数日滞在すると思っていたらしい。
彼女は『同盟交渉を頑張ってくれたから労おう』とサディスを居城に招待しようとしたが、彼はすでにルーザス家の領地に出発した後だった。
とある使用人の証言によると、そのことを知ったレイナはひどく悲しみ、数日の間落ち込んでいたという。
さて、そんなことを知らないサディスは、ルーザス家の領地でニヤリと笑っていた。
(……前回来た時とは領民たちの雰囲気が違う。どうやらうまくやったようだな)
街中では、一部の領民たちが険しい顔をして何かを話している。
会話を盗み聞きすると、彼らはルーザス家の当主に対する批判を口にしていた。
サディスはとある路地の中に入っていく。
そこでは扇動を依頼した男が、得意げな表情をして待っていた。
「どうだ? 約束は守ったぞ」
「良いだろう。これが報酬だ」
サディスは前回渡した手付金以上の金額が入った袋を手渡す。
その袋を見て、男の喉が小さく鳴った。
「こ、こんなにか!? あんた、いったい何者なんだ……?」
「余計な詮索は身を滅ぼすぞ」
もちろんハッタリだが、男は「うっ」と呻いて引き下がる。
(こいつからオレの情報が漏れるのは困るからな。いつでも切り捨てられるよう、渡す情報は最低限にしておかないと)
謀略の進捗を確認し終えると、サディスは領地に戻った。
数日後。
評定開催日になったので、サディスは城内の会議室にやってきた。
いつものように、入ってすぐの席に座る。今日は珍しくサディスが一番乗りだった。
(そういえば、今日が約束の期日だな)
サディスは以前の評定で『1か月以内に軍師就任を認めてもらえるだけの手柄を立てる』と宣言していた。
使者としてヴィクタル家との同盟を成立させ、ルーザス家の領地で謀略を順調に進めているので、サディスの表情は自信に満ちている。
「おはようございます」
サディスの次に入ってきたのは、レイナだった。
彼女は当主なので、いつもは定刻に合わせて入室する。レイナが時間よりも早く入ってきたのは初めてだ。
「お早いですね。びっくりしましたよ」
「今日の評定のことを考えると、何も手につかなくて……」
そう言ってレイナは恥ずかしそうに頬を染めた。
参加者が集まり、評定が始まる。
いつも通りに、古参の家臣から順に任務の成果を報告していく。
そして、最後にサディスの番になった。
「サディス、同盟の件はどうなりましたか?」
レイナは結果を知っているが、あえてサディスに尋ねる。
「ヴィクタル家との同盟は、無事成立しました」
サディスがそう言うと、家臣たちが「おお……」と声を漏らす。
その反応を見て、レイナが自慢げにほほ笑んだ。
「サディス殿、いったいどうやってオルター殿を説き伏せたのですか?」
家臣の一人が『信じられない』といった様子で尋ねる。彼も同盟の使者としてヴィクタル家を訪ねたことがあるが、オルターに一蹴されてしまったのだ。
「戦戯盤で一戦交えただけです。残念ながら一手負けでしたが……」
「なんと! あのオルター殿を相手に一手差だったというのですか!?」
家臣たちが驚嘆する。中には口をあんぐりと開けて呆然とする者も居た。
「みなさん、サディスは手柄を立てると宣言してから1か月でヴィクタル家との同盟を成立させました。彼を軍師に任命することに、反対の方はいますか?」
レイナが家臣たちに問いかけたが、反対の声は上がらない。むしろ、何人かが賛成の意思を示したほどだ。
彼女はそれを見て、満足そうにうなずいた。
「では、反対なしということで、サディスを当家の軍師に任命いたします」
「軍師の任、謹んで拝命いたします」
サディスが深々と頭を下げると、家臣たちは一斉に拍手を送る。
この場の誰もが、サディスの実力を認めていた。
議題を消化し、最後に家臣たちに任務を割り振る時間となった。
「さて、次の評定までの任務を決めたいと思いますが、先にサディスの意見を聞かせてもらえませんか?」
「かしこまりました。……当家の西に位置するルーザス家が軍備を整え、侵攻の準備を進めているという報告がございます。我々も兵を集め、訓練を施すべきではないでしょうか?」
「なるほど。私もその通りだと思いますが、それで間に合うでしょうか? ルーザス家は後2か月ほどで攻めてきます――と思いますが……」
(何で2か月って分かるんだ? ……まあ良いか)
「今から兵を集めて訓練まで行うとなると、どんなに急いでも2か月以上掛かるでしょう。ですので、オレが謀略を用いて時間を稼ぎます」
サディスがそう言うと、家臣の一人が「あの」と言って手を挙げた。
レイナが発言を許可する。
「いざとなればヴィクタル家の援軍が来てくれるでしょうから、我々が軍備を増強する必要は無いかと。それに、兵を増やせばルーザス家を警戒させ、彼らの侵攻を招くのではありませんか?」
その言葉を聞いて、別の家臣が発言する。
彼はハルバー・ヴィオラ。内政に秀でた若き文官だ。
「私もその意見に賛成です。サディス殿は他国に戦争を仕掛けたいのですか!?」
「とんでもない。オレはただ、防衛の兵が不足しているから増やそうと提案しただけで――」
「不足しているわけが無いでしょう! 今の兵力でも攻め込まれていないということは、防衛の兵が足りているという証拠です!」
「ですから、周辺国が兵を増やしているから我々も増やさないとマズいという話で――」
二人の議論は平行線をたどる。
レイナの鶴の一声でサディスの主張を通すことも可能だが、それだと遺恨となるのは明らかだ。彼女もそれを理解しているので、緊張した面持ちで議論を見守った。
(さっきから見ていると、参加者の半分ぐらいは軍備増強に反対のようだな。彼らが敵の回し者なら、暗殺すれば済むんだが……)
この場に居るのは先代の頃からスモーフ家に仕える重臣たちであるため、間者であるとは考えづらい。
お人好しのレイナなら簡単に騙せても、『梟雄』と呼ばれた先代、クシュー・スモーフを欺けるわけが無いからだ。
結局、夜になっても結論は出ず、議論は持ち越しとなった。




