第10話 同盟
二人は戦戯盤を片付けると、話し合いでの外交に戻る。
(オレが勝負に負けたから交渉は決裂だろう。接戦に持ち込めたから、それが侵攻の抑止になることを祈るしかない)
サディスは悔しさのあまり歯を食いしばり、手を強く握りしめた。
「さて、同盟の話だったね。正直に言うと、ぼくはスモーフ家と手を結ぶつもりは無かった。むしろ、機を見て呑み込もうと思っていたんだ」
(やはり、か)
スモーフ家の領地を模した戦戯盤を見た時点で、サディスはその可能性が高いと思っていた。だからこそ、オルターとの勝負には何が何でも勝ちたかったのだ。
「だけど、サディスと勝負して気が変わった。スモーフ家、いや、きみになら背中を任せられる」
サディスが驚いた表情を見せる。
その反応を見て、オルターがふっと笑った。
「互いに背中を気にせず、正面の敵を食らって大きくなろう。いつかぼくらで『天下分け目の戦い』ができれば良いね」
それは、オルターがサディスのことを好敵手と認めたからこその言葉だった。
サディスは笑顔でオルターの言葉に応じる。
「そのときは今回の借りを返させてもらいますよ」
「ふっ。楽しみにしておこう」
二人は互いに不敵な笑みを見せあった。
短時間の休憩を挟み、オルターの家臣も加わって同盟の詳細を詰めていく。
今回はレイナが来ていないので、この場では条件面などのすり合わせだけにとどめ、調印は後日行うことになった。
「……よし。これでまとまったかな?」
「はい。恐らくレイナ様も首を縦に振ってくださることでしょう」
お互いに納得のいく内容でまとまり、オルターとサディスが満足そうにうなずく。
その後、オルターはレイナに対する手紙をしたため、サディスに手渡した。
サディスはその手紙を濡らしたり汚したりしないよう、布で厳重に巻いて懐にしまうと、スモーフ家に帰っていった。
◇
サディスが去っていくのを、オルターと家臣たちがじっと見つめる。
オルターの周囲にいるのはヴィクタル家の参謀たちであり、オルターが信頼を寄せている家臣団だ。
家臣の一人、サディスと同じ年頃の少年がオルターに話しかけた。
「オルター様、楽しそうな顔をしていらっしゃいますね」
「ああ。今後の楽しみが増えたよ。……彼、サディス・ハークは面白い男だ。最初の一言目から、ぼくに嘘を吐いたんだ。表情を全く変えずに、ね」
オルターはサディスがスモーフ家の軍師ではないことを見抜いていたのだ。
彼はその時の様子を思い出したように笑うが、家臣たちは『嘘』と聞いて表情が曇る。
「……そんな相手と手を結んで良かったのですか?」
「だからこそ、だよ。彼はクシュー・スモーフを超える逸材かもしれない。そんな彼と本気で競い合えたら最高だと思わないか?」
「はあ……」
オルターの家臣たちは困惑した表情を見せた。
彼らもオルターが戦闘狂であることをよく知っている。
クシューの死後、オルターがここまで楽しそうに笑うのは初めてだ。それだけに、参謀たちはサディスへの警戒心を強めた。
「彼は主君のためならどんなことでもできるタイプの人間だろう。それこそ、汚れ仕事であっても顔色一つ変えずにやってのけるはずだ」
「……恐ろしい男ですね」
少年が小さく震えたのを見て、オルターはクスリと笑った。
「スモーフ家を敵に回すことになったら準備を怠らないようにね。それこそ、大量の謀略が飛んでくるはずだから」
「か、かしこまりました」
オルターは家臣から視線を外し、サディスが去っていった方向に目をやる。
すでに彼の姿は見えなくなっていた。
◇
数日の旅路を経て、サディスは領地に帰還する。
彼はその日のうちにレイナのもとを訪ねた。
「い、意外と早かったですね」
レイナが髪の毛を押さえながら応接室に入ってきた。
慌ててやってきたのか、息は切れ、頬も上気している。
「……もしかして、今日はもうお休みになられていましたか?」
(早く報告したくて来てしまったが、明日にすべきだっただろうか)
今は日没の少し前なので、レイナが仕事を終えて休んでいてもおかしくない時間だった。
サディスの表情が少しだけ曇ったのを見て、レイナが慌てる。
「だ、大丈夫です。私もサディスに早く会いたかったの――って違います! 忘れてください!」
焦りのせいで口が滑り、レイナは目を白黒させながら手をぶんぶんと振る。
だが、その言葉はサディスの心を乱すのには十分すぎた。
(ど、どういう意味なんだ!? それに、オレは何でこんなにドキドキしているんだ)
二人の間にむず痒い空気が流れた。
「それで、首尾はいかがでしたか?」
レイナが真剣な表情をしつつ、少し前のめりになって尋ねる。
そんな何気ない行動すら、今のサディスには効果抜群だった。
「色々ありましたが、何とか承諾していただけました。こちらがオルター殿からのお返事です」
そう言いながら、サディスはレイナの手に触れないように気をつけて書簡を手渡す。
(今は余計なことを考えるな……)
そう自身に言い聞かせるが、ひとたび意識してしまった以上、どうすることもできなかった。
書状に目を落としていたレイナが顔を上げる。
彼女はにこりとほほ笑むと、サディスを労った。
「大儀でした」
「もったいなきお言葉です」
サディスは深々と頭を下げる。
大任を果たしたことで、彼の内心は安堵の気持ちでいっぱいだった。
◇
数十分後。
サディスは先ほど帰宅したが、レイナはまだ応接室に残っていた。
彼女は窓辺に佇んで外を見る。
ちょうど、城の正門からサディスが出てきたところだった。
彼は門番に頭を下げてから、自宅の方向に歩いていく。レイナはサディスの背中を、憧憬のまなざしで見つめていた。
「……サディスは本当にすごい人です。前の世界では何度使者を送っても首を縦に振らなかったオルター殿を、一日で味方につけてきたのですから。この同盟を活かして、未来を良い方向に変えていかないと」
そこで一度言葉を切り、レイナは瞑目する。
次に彼女が目を開けたとき、サディスに対する憧れの色は無くなっていた。
「そのために、私も変わらないと。みなさんに守ってもらうだけでなく、大切な人たちを守れる領主にならなくては」
そうつぶやいた途端、レイナの瞳が強い光を宿した。




