第8話「ぼくは、なにもしてない」
深夜一時。
「FMまちかど、『しゃべれま10』のお時間です」
同じ声。
同じ静けさ。
「無理にしゃべらなくて大丈夫です。話せるところまでで」
一拍。
「では、今夜の方です」
紙をめくる音。
「ラジオネーム、ユウさん。17歳」
椅子が、少しだけぎこちなく動く。
声はない。
小さな物音。
紙が差し出される気配。
「……ありがとうございます」
黒崎が受け取る。
「ユウさんは、少し話しづらいとのことで、今日は書いていただいたものをこちらで読みます」
一拍。
「よろしいですか」
小さく、衣擦れ。
たぶん、うなずいている。
黒崎が紙を整える。
「“ぼくは、学校でいじめられています”」
静かな読み上げ。
「“クラスの人たちに、無視されたり、笑われたりします”」
一拍。
「“先生は、気づいているけど、何もしてくれません”」
スタジオは、音が少ない。
「“毎日、行くのがしんどいです”」
黒崎は、一度区切る。
「……つらいですね」
言葉は短い。
ユウは何も言わない。
「ここからは、質問してもいいですか」
反応はない。
黒崎は、そのまま続ける。
「“いつから”と書いてありますが」
紙をめくる音。
「“最初は、ちょっとしたことでした”」
一拍。
「“誰かが、ある人のことをからかっていて”」
黒崎の声は一定。
「“それが、だんだん大きくなっていって”」
少しだけ間。
「“気づいたら、自分もその中にいました”」
ほんのわずかに、読む速度が落ちる。
「“でも、ぼくは何もしていません”」
一回目。
黒崎は、紙から目を離す。
「……“何もしていない”」
確認するように言う。
ユウは反応しない。
「ここに、続きがありますね」
再び紙を見る。
「“ただ、見ていただけです”」
一拍。
「“笑ってはいません”」
もう一拍。
「“何も言っていません”」
静かに重ねる。
黒崎は、紙を少し下げる。
「ユウさん」
名前を呼ぶ。
返事はない。
「“見ていただけ”と書いてありますが」
一拍。
「そのとき、止めることは」
言い切らない。
沈黙。
長い沈黙。
黒崎は、紙に目を戻す。
「“怖かったです”」
読み上げる。
「“自分が次にされると思って”」
一拍。
「“だから、何もしていません”」
二回目。
同じ構造。
黒崎は、少しだけ間を置く。
「そのあと、どうなりましたか」
紙をめくる。
「“気づいたら、今度はぼくが同じことをされるようになりました”」
静かな声。
「“理由は分かりません”」
一拍。
「“ぼくは何もしていないのに”」
三回目。
ほんのわずかに、強く読む。
黒崎は、紙を置く。
数秒、何も言わない。
「……そうですか」
短く言う。
「ユウさん」
もう一度、名前を呼ぶ。
「“最初にからかわれていた人”のことは」
一拍。
「覚えていますか」
沈黙。
ユウは何も答えない。
呼吸も、ほとんど聞こえない。
黒崎は、それ以上は聞かない。
「……ありがとうございました」
紙を静かに置く。
椅子が、少しだけ動く。
足音。
ドアが閉まる。
スタジオに、何も残らない。
黒崎は、しばらく何も言わない。
そして、いつもの声で話し始める。
「この番組では、まだ誰にも言っていないことを募集しています」
同じ言葉。
「無理にしゃべらなくていいです」
一拍。
「……何もしていない、という形もありますから」
赤いランプが、変わらず点いている。




