第7話「普通が、一番ですよね」
深夜一時。
「FMまちかど、『しゃべれま10』のお時間です」
変わらない声。
変わらない始まり。
「無理にしゃべらなくて大丈夫です。話せるところまでで」
一拍。
「では、今夜の方です」
紙をめくる音。
「ラジオネーム、恵さん。39歳」
椅子が静かに引かれる。
「こんばんは」
落ち着いた声。
柔らかいが、抑揚が少ない。
「こんばんは。来ていただいてありがとうございます」
「こちらこそ」
丁寧な返答。
「今日は、どんなお話を」
「家のことです」
「はい」
「主人と、子どもがいて」
「うん」
「どこにでもある、普通の家庭です」
すらすらと出る言葉。
黒崎は、少しだけ間を置く。
「“普通”というのは」
「特別なことがない、というか」
「はい」
「問題もなくて」
「問題」
「大きなことは、何も」
一拍。
「平和です」
きれいにまとまる。
「いいことですね」
「はい」
即答。
少しだけ、間がない。
「毎日は、どんなふうに過ごされていますか」
「家事をして」
「はい」
「子どもの世話をして」
「うん」
「主人を送り出して」
「はい」
「普通です」
また同じ言葉。
黒崎は、少しだけ視線を上げる。
「楽しいと感じることは」
「あります」
すぐに出る。
「どんなときに」
「……特に」
少しだけ止まる。
「特別なことがなくても」
言い直す。
「こういうものだと思っているので」
黒崎は頷く。
「逆に、つらいと感じることは」
「ないです」
即答。
一拍。
「本当に」
「はい」
少しだけ、間がない。
黒崎は、そのまま続ける。
「例えば」
静かに置く。
「家族のことで、悩んだり」
「ないです」
重ねるように答える。
「子どものことで、心配したり」
「ないです」
同じ速さ。
同じトーン。
黒崎は、少しだけ間を置く。
「恵さんにとって」
一拍。
「ご家族は、どんな存在ですか」
沈黙。
数秒。
「……家族です」
そのままの言葉。
黒崎は、ほんのわずかに首を傾ける。
「それ以上に」
「それ以上」
「何かありますか」
恵は少し考える。
でも、その時間は短い。
「普通が、一番ですよね」
一回目。
黒崎は、間を置く。
「“一番”」
「はい」
「比べたことはありますか」
静かな問い。
「何と、でしょう」
「例えば」
言葉を選ぶ。
「“普通じゃない状態”と」
沈黙。
少しだけ長い。
「……考えたことはないです」
落ち着いた声。
黒崎は続ける。
「もし、今の生活が変わったら」
「変わる、というのは」
「今の“普通”が崩れたら」
恵は、少しだけ間を置く。
「……困りますね」
「どう困りますか」
「生活が回らなくなるので」
すぐに出る。
「感情としては」
さらに一歩。
恵は、止まる。
数秒。
「……特に」
また同じ言葉。
「考えたことはないです」
黒崎は、それ以上踏み込まない。
「そうですか」
一拍。
「普通が一番、というのは」
ゆっくり言う。
「安心できる、という意味ですか」
「はい」
即答。
少しだけ強い。
「普通が、一番ですよね」
二回目。
同じ言葉。
同じ形。
黒崎は、頷く。
「そうかもしれませんね」
肯定とも違う響き。
「恵さん、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
椅子が動く。
足音。
ドアが閉まる。
静けさ。
黒崎は、少しだけ間を置く。
「この番組では、まだ誰にも言っていないことを募集しています」
同じ声。
「無理にしゃべらなくていいです」
一拍。
「……何も変わらないことが、続く場合もありますから」
赤いランプが、変わらず点いている。




