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しゃべれま10³ ――しゃべれません  作者: 1010


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7/9

第7話「普通が、一番ですよね」

深夜一時。


「FMまちかど、『しゃべれま10』のお時間です」


 変わらない声。

 変わらない始まり。


「無理にしゃべらなくて大丈夫です。話せるところまでで」


 一拍。


「では、今夜の方です」


 紙をめくる音。


「ラジオネーム、恵さん。39歳」


 椅子が静かに引かれる。


「こんばんは」


 落ち着いた声。

 柔らかいが、抑揚が少ない。


「こんばんは。来ていただいてありがとうございます」


「こちらこそ」


 丁寧な返答。


「今日は、どんなお話を」


「家のことです」


「はい」


「主人と、子どもがいて」


「うん」


「どこにでもある、普通の家庭です」


 すらすらと出る言葉。


 黒崎は、少しだけ間を置く。


「“普通”というのは」


「特別なことがない、というか」


「はい」


「問題もなくて」


「問題」


「大きなことは、何も」


 一拍。


「平和です」


 きれいにまとまる。


「いいことですね」


「はい」


 即答。


 少しだけ、間がない。


「毎日は、どんなふうに過ごされていますか」


「家事をして」


「はい」


「子どもの世話をして」


「うん」


「主人を送り出して」


「はい」


「普通です」


 また同じ言葉。


 黒崎は、少しだけ視線を上げる。


「楽しいと感じることは」


「あります」


 すぐに出る。


「どんなときに」


「……特に」


 少しだけ止まる。


「特別なことがなくても」


 言い直す。


「こういうものだと思っているので」


 黒崎は頷く。


「逆に、つらいと感じることは」


「ないです」


 即答。


 一拍。


「本当に」


「はい」


 少しだけ、間がない。


 黒崎は、そのまま続ける。


「例えば」


 静かに置く。


「家族のことで、悩んだり」


「ないです」


 重ねるように答える。


「子どものことで、心配したり」


「ないです」


 同じ速さ。


 同じトーン。


 黒崎は、少しだけ間を置く。


「恵さんにとって」


 一拍。


「ご家族は、どんな存在ですか」


 沈黙。


 数秒。


「……家族です」


 そのままの言葉。


 黒崎は、ほんのわずかに首を傾ける。


「それ以上に」


「それ以上」


「何かありますか」


 恵は少し考える。


 でも、その時間は短い。


「普通が、一番ですよね」


 一回目。


 黒崎は、間を置く。


「“一番”」


「はい」


「比べたことはありますか」


 静かな問い。


「何と、でしょう」


「例えば」


 言葉を選ぶ。


「“普通じゃない状態”と」


 沈黙。


 少しだけ長い。


「……考えたことはないです」


 落ち着いた声。


 黒崎は続ける。


「もし、今の生活が変わったら」


「変わる、というのは」


「今の“普通”が崩れたら」


 恵は、少しだけ間を置く。


「……困りますね」


「どう困りますか」


「生活が回らなくなるので」


 すぐに出る。


「感情としては」


 さらに一歩。


 恵は、止まる。


 数秒。


「……特に」


 また同じ言葉。


「考えたことはないです」


 黒崎は、それ以上踏み込まない。


「そうですか」


 一拍。


「普通が一番、というのは」


 ゆっくり言う。


「安心できる、という意味ですか」


「はい」


 即答。


 少しだけ強い。


「普通が、一番ですよね」


 二回目。


 同じ言葉。


 同じ形。


 黒崎は、頷く。


「そうかもしれませんね」


 肯定とも違う響き。


「恵さん、ありがとうございました」


「ありがとうございました」


 椅子が動く。

 足音。

 ドアが閉まる。


 静けさ。


 黒崎は、少しだけ間を置く。


「この番組では、まだ誰にも言っていないことを募集しています」


 同じ声。


「無理にしゃべらなくていいです」


 一拍。


「……何も変わらないことが、続く場合もありますから」


 赤いランプが、変わらず点いている。

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