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しゃべれま10³ ――しゃべれません  作者: 1010


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第6話「そのときは、そうするしかなかった」


 深夜一時。


「FMまちかど、『しゃべれま10』のお時間です」


 同じ声。

 同じ静けさ。


「無理にしゃべらなくて大丈夫です。話せるところまでで」


 一拍。


「では、今夜の方です」


 紙をめくる音。


「ラジオネーム、佐藤さん。52歳」


 椅子がゆっくり鳴る。


「……どうも」


 低い声。

 少しだけ掠れている。


「こんばんは。来ていただいてありがとうございます」


「いえ」


 短く返す。


「今日は、どんなお話を」


 少し間。


「昔のことです」


「はい」


「もう、だいぶ前になりますけど」


 言葉を選ぶように続ける。


「運転の仕事してまして」


「運転」


「タクシーです」


「はい」


「で、その……」


 止まる。


 息をひとつ挟む。


「事故があって」


 静かに落ちる言葉。


 黒崎はすぐには返さない。


「どんな事故でしたか」


「夜で」


「はい」


「雨も降ってて」


「うん」


「見えにくかったんですよ」


 少し早口になる。


「で、気づくのが遅れて」


 一拍。


「ぶつかってしまって」


 黒崎は頷く。


「相手は」


「……大丈夫でした」


 少しだけ間。


「命に別状はないって」


 付け足す。


「そうですか」


 一拍。


「そのときのこと、覚えていますか」


 佐藤は、少し考える。


「覚えてますよ」


「どんなふうに」


「いや……」


 言葉が曖昧になる。


「とにかく急で」


「急」


「どうしようもなかったです」


 黒崎は、少しだけ視線を上げる。


「“どうしようもなかった”」


「はい」


「そのときは、そうするしかなかった」


 はっきり言う。


 一回目。


「他に選択肢は」


「なかったです」


 即答。


 少しだけ強い。


「本当に」


 確認のトーン。


「……たぶん」


 小さく付く。


 黒崎は、そのまま受ける。


「事故のあと、どうされましたか」


「警察来て」


「はい」


「いろいろ話して」


「うん」


「まあ……終わりました」


 言い方が、少し軽い。


 黒崎は間を置く。


「“終わった”と思えましたか」


 佐藤は答えない。


 数秒。


「……仕事は続けてましたし」


 少しずれた答え。


「生活も変わらず」


「はい」


「だからまあ……」


 言葉が途切れる。


「終わった、のかなと」


 “かなと”。


 黒崎は、静かに続ける。


「今も、ときどき思い出しますか」


「……あります」


 今度は素直に出る。


「どんなときに」


「雨の日とか」


「雨」


「あと、夜」


「はい」


「なんとなく」


 言葉がぼやける。


 黒崎は、少しだけ踏み込む。


「そのときの“瞬間”は」


 一拍。


「はっきり覚えていますか」


 沈黙。


 長い沈黙。


「……いや」


 ゆっくり出る。


「そこは、あんまり」


「曖昧」


「はい」


 黒崎は、わずかに間を置く。


「その瞬間に」


 言葉を選ぶ。


「“他の選択肢”があったかどうかは」


 静かに置く。


「覚えていますか」


 空気が止まる。


 佐藤は何も言わない。


 数秒。


 さらに数秒。


「……そのときは」


 やっと出る声。


「そうするしかなかった」


 二回目。


 さっきより、少し遅い。


 黒崎は、それ以上追わない。


「そうですか」


 一拍。


「そう思うことで、続けてこれたのかもしれませんね」


 肯定でも否定でもない。


 ただ、形を与える言葉。


「佐藤さん、ありがとうございました」


「……どうも」


 椅子が動く。

 足音。

 ドアが閉まる。


 静けさ。


 黒崎は、少しだけ息を吸う。


「この番組では、まだ誰にも言っていないことを募集しています」


 同じ声。


「無理にしゃべらなくていいです」


 一拍。


「……思い出さないままでいられることも、ありますから」


 赤いランプが、変わらず点いている。

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