第6話「そのときは、そうするしかなかった」
深夜一時。
「FMまちかど、『しゃべれま10』のお時間です」
同じ声。
同じ静けさ。
「無理にしゃべらなくて大丈夫です。話せるところまでで」
一拍。
「では、今夜の方です」
紙をめくる音。
「ラジオネーム、佐藤さん。52歳」
椅子がゆっくり鳴る。
「……どうも」
低い声。
少しだけ掠れている。
「こんばんは。来ていただいてありがとうございます」
「いえ」
短く返す。
「今日は、どんなお話を」
少し間。
「昔のことです」
「はい」
「もう、だいぶ前になりますけど」
言葉を選ぶように続ける。
「運転の仕事してまして」
「運転」
「タクシーです」
「はい」
「で、その……」
止まる。
息をひとつ挟む。
「事故があって」
静かに落ちる言葉。
黒崎はすぐには返さない。
「どんな事故でしたか」
「夜で」
「はい」
「雨も降ってて」
「うん」
「見えにくかったんですよ」
少し早口になる。
「で、気づくのが遅れて」
一拍。
「ぶつかってしまって」
黒崎は頷く。
「相手は」
「……大丈夫でした」
少しだけ間。
「命に別状はないって」
付け足す。
「そうですか」
一拍。
「そのときのこと、覚えていますか」
佐藤は、少し考える。
「覚えてますよ」
「どんなふうに」
「いや……」
言葉が曖昧になる。
「とにかく急で」
「急」
「どうしようもなかったです」
黒崎は、少しだけ視線を上げる。
「“どうしようもなかった”」
「はい」
「そのときは、そうするしかなかった」
はっきり言う。
一回目。
「他に選択肢は」
「なかったです」
即答。
少しだけ強い。
「本当に」
確認のトーン。
「……たぶん」
小さく付く。
黒崎は、そのまま受ける。
「事故のあと、どうされましたか」
「警察来て」
「はい」
「いろいろ話して」
「うん」
「まあ……終わりました」
言い方が、少し軽い。
黒崎は間を置く。
「“終わった”と思えましたか」
佐藤は答えない。
数秒。
「……仕事は続けてましたし」
少しずれた答え。
「生活も変わらず」
「はい」
「だからまあ……」
言葉が途切れる。
「終わった、のかなと」
“かなと”。
黒崎は、静かに続ける。
「今も、ときどき思い出しますか」
「……あります」
今度は素直に出る。
「どんなときに」
「雨の日とか」
「雨」
「あと、夜」
「はい」
「なんとなく」
言葉がぼやける。
黒崎は、少しだけ踏み込む。
「そのときの“瞬間”は」
一拍。
「はっきり覚えていますか」
沈黙。
長い沈黙。
「……いや」
ゆっくり出る。
「そこは、あんまり」
「曖昧」
「はい」
黒崎は、わずかに間を置く。
「その瞬間に」
言葉を選ぶ。
「“他の選択肢”があったかどうかは」
静かに置く。
「覚えていますか」
空気が止まる。
佐藤は何も言わない。
数秒。
さらに数秒。
「……そのときは」
やっと出る声。
「そうするしかなかった」
二回目。
さっきより、少し遅い。
黒崎は、それ以上追わない。
「そうですか」
一拍。
「そう思うことで、続けてこれたのかもしれませんね」
肯定でも否定でもない。
ただ、形を与える言葉。
「佐藤さん、ありがとうございました」
「……どうも」
椅子が動く。
足音。
ドアが閉まる。
静けさ。
黒崎は、少しだけ息を吸う。
「この番組では、まだ誰にも言っていないことを募集しています」
同じ声。
「無理にしゃべらなくていいです」
一拍。
「……思い出さないままでいられることも、ありますから」
赤いランプが、変わらず点いている。




