第5話「……わからない、です」
深夜一時。
「FMまちかど、『しゃべれま10』のお時間です」
変わらない声。
変わらないリズム。
「無理にしゃべらなくて大丈夫です。話せるところまでで」
一拍。
「では、今夜の方です」
紙をめくる音。
「ラジオネーム、リンさん。26歳」
椅子が静かに引かれる。
「……こんばんは」
少しだけたどたどしい日本語。
「こんばんは。来ていただいてありがとうございます」
「はい」
短い返事。
「今日は、どんなお話を」
少し間。
「……しごと、のこと」
「はい」
「工場で、はたらいてます」
「どんなお仕事ですか」
「ラインで……くみたて」
「組み立て」
「はい」
会話はゆっくり進む。
「働いていて、困ることはありますか」
「……あります」
「どんなことが」
少し長い沈黙。
「ことば、むずかしい」
「言葉」
「はい」
「わからないこと、多いです」
「例えば」
「説明……早い」
一語ずつ選ぶように話す。
「きけない、ときもある」
「聞けない」
「はい」
黒崎は、間を置く。
「聞けないのは、どうしてですか」
「……」
リンが止まる。
「……わからない、です」
一回目。
小さな声。
黒崎は、すぐには返さない。
「周りの人は、助けてくれますか」
「……人による」
「どういうときに」
「いそがしいとき、きけない」
「忙しいとき」
「はい」
「じゃあ、分からないまま進めることも」
少しだけ間。
「……あります」
声がさらに小さくなる。
「それで困ったことは」
沈黙。
長い沈黙。
「……ない、です」
少し遅れて出る。
黒崎は、その間をそのまま受け取る。
「本当に」
強くはない確認。
「……たぶん」
付け足される。
黒崎は、視線を少し落とす。
「リンさんは、日本語、どれくらい分かりますか」
少し角度を変える。
「……すこし」
「“すこし”」
「はい」
「今の会話は」
一拍。
「どれくらい理解していますか」
リンは答えない。
数秒。
「……わからない、です」
二回目。
さっきより、はっきり。
黒崎は、少しだけ頷く。
「そうですか」
一拍。
「例えば」
静かに続ける。
「“困ったことはない”と言いましたけど」
「……はい」
「それは、“ない”のか」
少しだけ言葉を選ぶ。
「“言えない”のか」
沈黙。
空気が少しだけ張る。
リンは、何も言わない。
呼吸だけが、わずかに聞こえる。
「……わからない、です」
三回目。
今度は、少し早い。
黒崎は、それ以上追わない。
「そうですか」
一拍。
「分からないことは、分からないままでいいと思います」
穏やかな声。
でも、どこか区切るような響き。
「リンさん、ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
椅子が動く。
小さな足音。
ドアが閉まる。
静けさ。
黒崎は、少しだけ間を置く。
「この番組では、まだ誰にも言っていないことを募集しています」
同じ声。
「無理にしゃべらなくていいです」
一拍。
「……分からないままでいられることも、ありますから」
赤いランプが、変わらず点いている。




