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しゃべれま10³ ――しゃべれません  作者: 1010


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第5話「……わからない、です」

深夜一時。


「FMまちかど、『しゃべれま10』のお時間です」


 変わらない声。

 変わらないリズム。


「無理にしゃべらなくて大丈夫です。話せるところまでで」


 一拍。


「では、今夜の方です」


 紙をめくる音。


「ラジオネーム、リンさん。26歳」


 椅子が静かに引かれる。


「……こんばんは」


 少しだけたどたどしい日本語。


「こんばんは。来ていただいてありがとうございます」


「はい」


 短い返事。


「今日は、どんなお話を」


 少し間。


「……しごと、のこと」


「はい」


「工場で、はたらいてます」


「どんなお仕事ですか」


「ラインで……くみたて」


「組み立て」


「はい」


 会話はゆっくり進む。


「働いていて、困ることはありますか」


「……あります」


「どんなことが」


 少し長い沈黙。


「ことば、むずかしい」


「言葉」


「はい」


「わからないこと、多いです」


「例えば」


「説明……早い」


 一語ずつ選ぶように話す。


「きけない、ときもある」


「聞けない」


「はい」


 黒崎は、間を置く。


「聞けないのは、どうしてですか」


「……」


 リンが止まる。


「……わからない、です」


 一回目。


 小さな声。


 黒崎は、すぐには返さない。


「周りの人は、助けてくれますか」


「……人による」


「どういうときに」


「いそがしいとき、きけない」


「忙しいとき」


「はい」


「じゃあ、分からないまま進めることも」


 少しだけ間。


「……あります」


 声がさらに小さくなる。


「それで困ったことは」


 沈黙。


 長い沈黙。


「……ない、です」


 少し遅れて出る。


 黒崎は、その間をそのまま受け取る。


「本当に」


 強くはない確認。


「……たぶん」


 付け足される。


 黒崎は、視線を少し落とす。


「リンさんは、日本語、どれくらい分かりますか」


 少し角度を変える。


「……すこし」


「“すこし”」


「はい」


「今の会話は」


 一拍。


「どれくらい理解していますか」


 リンは答えない。


 数秒。


「……わからない、です」


 二回目。


 さっきより、はっきり。


 黒崎は、少しだけ頷く。


「そうですか」


 一拍。


「例えば」


 静かに続ける。


「“困ったことはない”と言いましたけど」


「……はい」


「それは、“ない”のか」


 少しだけ言葉を選ぶ。


「“言えない”のか」


 沈黙。


 空気が少しだけ張る。


 リンは、何も言わない。


 呼吸だけが、わずかに聞こえる。


「……わからない、です」


 三回目。


 今度は、少し早い。


 黒崎は、それ以上追わない。


「そうですか」


 一拍。


「分からないことは、分からないままでいいと思います」


 穏やかな声。


 でも、どこか区切るような響き。


「リンさん、ありがとうございました」


「……ありがとうございました」


 椅子が動く。

 小さな足音。

 ドアが閉まる。


 静けさ。


 黒崎は、少しだけ間を置く。


「この番組では、まだ誰にも言っていないことを募集しています」


 同じ声。


「無理にしゃべらなくていいです」


 一拍。


「……分からないままでいられることも、ありますから」


 赤いランプが、変わらず点いている。

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