第9話「私は、間違ってません」
深夜一時。
「FMまちかど、『しゃべれま10』のお時間です」
同じ声。
同じリズム。
「無理にしゃべらなくて大丈夫です。話せるところまでで」
一拍。
「では、今夜の方です」
紙をめくる音。
「ラジオネーム、あかりさん。28歳」
椅子が引かれる。
動きに無駄がない。
「こんばんは」
はっきりした声。
「こんばんは。来ていただいてありがとうございます」
「はい」
短く、整った返事。
「今日は、どんなお話を」
「仕事のことです」
「はい」
「看護師をしています」
黒崎は頷く。
「どんなお話でしょう」
一瞬だけ間。
「ある患者さんのことです」
「はい」
「急変して」
言葉は簡潔。
「対応しました」
「うん」
「必要な処置は、すべてやりました」
区切りがはっきりしている。
「結果として」
一拍。
「助かりませんでした」
静かに落ちる。
黒崎は、少しだけ間を置く。
「そのときの判断について」
「問題はありません」
即答。
迷いがない。
「私は、間違ってません」
一回目。
強い言い方。
黒崎は、視線を動かさない。
「どのような判断でしたか」
「マニュアル通りです」
「はい」
「優先順位も、適切でした」
「うん」
「時間的にも、遅れはありません」
言葉が揃っている。
黒崎は、少しだけ間を置く。
「誰かに、何か言われましたか」
「いえ」
すぐに答える。
「特には」
一拍。
「“特には”」
黒崎が繰り返す。
「はい」
「ご自身では、どう感じていますか」
「適切だったと思います」
迷いがない。
「最善を尽くしました」
言い切る。
黒崎は、ゆっくり頷く。
「その患者さんのことは」
一拍。
「今も思い出しますか」
「仕事ですから」
すぐに返る。
「日常の一部です」
感情が乗らない。
黒崎は、少しだけ間を置く。
「“仕事”として処理できていますか」
「はい」
即答。
ほんの少し早い。
「感情は」
「必要ありません」
はっきり。
一拍。
「邪魔になるので」
言い切る。
黒崎は、それを受ける。
「なるほど」
一拍。
「そのとき」
静かに続ける。
「迷いは、ありましたか」
空気が、わずかに止まる。
「ありません」
即答。
でも、ほんのわずかに遅れる。
「本当に」
確認のトーン。
「……ありません」
今度は少しだけ低い。
黒崎は、さらに一歩だけ踏み込む。
「もし」
一拍。
「別の判断をしていたら」
言い切らない。
あかりは答えない。
数秒。
長い数秒。
「……仮定の話は、意味がありません」
整った返答。
黒崎は、頷く。
「そうですね」
一拍。
「では」
少しだけ言葉を選ぶ。
「“間違っていない”というのは」
「はい」
「結果も含めて、ですか」
沈黙。
今までで一番長い沈黙。
呼吸が、わずかに乱れる。
「……結果は」
ゆっくり出る。
「コントロールできません」
一拍。
「だから」
続ける。
「私は、間違ってません」
二回目。
少しだけ強く。
黒崎は、それ以上は追わない。
「そうですか」
一拍。
「そう思うことで、立っていられるのかもしれませんね」
肯定でも否定でもない。
ただ、形にする言葉。
「……はい」
初めて、少しだけ揺れる。
「でも」
黒崎が続ける。
「そのときの“判断”は」
一拍。
「覚えていますか」
あかりは、答えない。
数秒。
さらに数秒。
「……はい」
小さく出る。
でも、それ以上は言わない。
黒崎も、聞かない。
「ありがとうございました」
静かに締める。
「ありがとうございました」
椅子が動く。
足音。
ドアが閉まる。
静けさ。
黒崎は、少しだけ長く間を取る。
そして、話し始める。
「この番組では、まだ誰にも言っていないことを募集しています」
同じ声。
「無理にしゃべらなくていいです」
一拍。
「……正しいままでいられることも、ありますから」
赤いランプが、変わらず点いている。




