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しゃべれま10³ ――しゃべれません  作者: 1010


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3/5

第3話「まだ、終わってへんだけです」

深夜一時。


「FMまちかど、『しゃべれま10』のお時間です」


 変わらない声。

 変わらない温度。


「無理にしゃべらなくて大丈夫です。話せるところまでで」


 一拍。


「では、今夜の方です」


 紙をめくる音。


「ラジオネーム、カズさん。31歳」


 椅子が少し勢いよく引かれる。


「どうもー」


 明るい声。

 少しだけ、作った軽さ。


「こんばんは。来ていただいてありがとうございます」


「いやいや、こちらこそ」


 間を埋めるように言葉が出る。


「今日は、どんなお話を」


「まあ、仕事のことですね」


「はい」


「芸人やってるんですけど」


 黒崎が、ほんの少しだけ間を置く。


「芸人さん」


「はい。全然売れてないですけど」


 笑う。


 今度は、ちゃんと広がる笑い。


「もう長いんですか」


「10年くらいですね」


「長いですね」


「まあでも、まだいけると思ってるんで」


 間を置かずに続ける。


「まだ、終わってへんだけです」


 はっきり言い切る。


 黒崎は、少しだけ視線を下げる。


「“終わっていない”というのは」


「結果出てないだけです」


 即答。


「まだ途中なんで」


「途中」


「はい。途中でやめたら、それこそ終わりなんで」


 言葉が滑らかに繋がる。


 用意された理屈みたいに。


「なるほど」


 一拍。


「じゃあ、どこまでいったら“途中じゃなくなる”んですか」


 少しだけ、角度の違う質問。


 カズが止まる。


「え……」


「ゴールは、どこに」


「いや、まあ……売れたら、ですかね」


「売れる、というのは」


「テレビ出たりとか」


「どれくらい」


「え?」


「どれくらい出たら、“終わっていない”から抜けますか」


 沈黙。


 数秒。


「……まあ、それは」


 言葉が曖昧になる。


「感覚的なもんなんで」


 少し笑う。


 でもさっきより弱い。


 黒崎は頷く。


「じゃあ今は、その感覚では」


「まだ全然です」


 かぶせ気味に答える。


「全然、途中です」


 一拍。


「やめたいと思ったことは」


「ないですね」


 即答。


 ほんの少し早い。


「一回も」


「……まあ」


 言い直す。


「なくはないですけど」


「どんなときに」


「いや、普通に」


 言葉を探す。


「ネタウケへんときとか」


「はい」


「バイトばっかのときとか」


「うん」


「でも、みんなそうなんで」


 その言葉で締める。


 黒崎は、少しだけ間を置く。


「“みんなそう”だと、続けられるんですか」


「え?」


「自分がどうか、ではなくて」


 言い切らない。


 カズは、少しだけ笑う。


「いや、まあ……」


「そういう世界なんで」


 また同じ言葉。


 黒崎は、それ以上追わない。


 代わりに、


「じゃあ逆に」


 と、静かに置く。


「もし、“もう終わってる”としたら」


 空気が、少しだけ止まる。


「……いやいや」


 すぐに笑う。


「それはないです」


「どうして」


「続けてるんで」


 即答。


「続けてる限り、終わってないです」


 きれいな理屈。


 黒崎は、少しだけ頷く。


「なるほど」


 一拍。


「やめたら終わり、じゃなくて」


 少しだけ、言葉を選ぶ。


「終わってるから、やめられない可能性は」


 静かに落とす。


 沈黙。


 カズは何も言わない。


 初めて、言葉が出てこない。


 数秒。


 長い数秒。


「……いや」


 やっと出た声。


「それはないです」


 少しだけ低い。


「まだ、終わってへんだけです」


 二回目。


 さっきより、少しだけ硬い。


 黒崎は、それ以上踏み込まない。


「そうですか」


 一拍。


「それなら、そうですね」


 いつもの温度。


「カズさん、ありがとうございました」


「……ありがとうございました」


 椅子が動く。

 足音。

 ドアが閉まる。


 静けさ。


 黒崎は、次の紙をめくる。


「この番組では、まだ誰にも言っていないことを募集しています」


 同じ声。


「無理にしゃべらなくていいです」


 一拍。


「……続けている限り、終わらないこともありますから」


 赤いランプが、変わらず点いている。

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