第3話「まだ、終わってへんだけです」
深夜一時。
「FMまちかど、『しゃべれま10』のお時間です」
変わらない声。
変わらない温度。
「無理にしゃべらなくて大丈夫です。話せるところまでで」
一拍。
「では、今夜の方です」
紙をめくる音。
「ラジオネーム、カズさん。31歳」
椅子が少し勢いよく引かれる。
「どうもー」
明るい声。
少しだけ、作った軽さ。
「こんばんは。来ていただいてありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ」
間を埋めるように言葉が出る。
「今日は、どんなお話を」
「まあ、仕事のことですね」
「はい」
「芸人やってるんですけど」
黒崎が、ほんの少しだけ間を置く。
「芸人さん」
「はい。全然売れてないですけど」
笑う。
今度は、ちゃんと広がる笑い。
「もう長いんですか」
「10年くらいですね」
「長いですね」
「まあでも、まだいけると思ってるんで」
間を置かずに続ける。
「まだ、終わってへんだけです」
はっきり言い切る。
黒崎は、少しだけ視線を下げる。
「“終わっていない”というのは」
「結果出てないだけです」
即答。
「まだ途中なんで」
「途中」
「はい。途中でやめたら、それこそ終わりなんで」
言葉が滑らかに繋がる。
用意された理屈みたいに。
「なるほど」
一拍。
「じゃあ、どこまでいったら“途中じゃなくなる”んですか」
少しだけ、角度の違う質問。
カズが止まる。
「え……」
「ゴールは、どこに」
「いや、まあ……売れたら、ですかね」
「売れる、というのは」
「テレビ出たりとか」
「どれくらい」
「え?」
「どれくらい出たら、“終わっていない”から抜けますか」
沈黙。
数秒。
「……まあ、それは」
言葉が曖昧になる。
「感覚的なもんなんで」
少し笑う。
でもさっきより弱い。
黒崎は頷く。
「じゃあ今は、その感覚では」
「まだ全然です」
かぶせ気味に答える。
「全然、途中です」
一拍。
「やめたいと思ったことは」
「ないですね」
即答。
ほんの少し早い。
「一回も」
「……まあ」
言い直す。
「なくはないですけど」
「どんなときに」
「いや、普通に」
言葉を探す。
「ネタウケへんときとか」
「はい」
「バイトばっかのときとか」
「うん」
「でも、みんなそうなんで」
その言葉で締める。
黒崎は、少しだけ間を置く。
「“みんなそう”だと、続けられるんですか」
「え?」
「自分がどうか、ではなくて」
言い切らない。
カズは、少しだけ笑う。
「いや、まあ……」
「そういう世界なんで」
また同じ言葉。
黒崎は、それ以上追わない。
代わりに、
「じゃあ逆に」
と、静かに置く。
「もし、“もう終わってる”としたら」
空気が、少しだけ止まる。
「……いやいや」
すぐに笑う。
「それはないです」
「どうして」
「続けてるんで」
即答。
「続けてる限り、終わってないです」
きれいな理屈。
黒崎は、少しだけ頷く。
「なるほど」
一拍。
「やめたら終わり、じゃなくて」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「終わってるから、やめられない可能性は」
静かに落とす。
沈黙。
カズは何も言わない。
初めて、言葉が出てこない。
数秒。
長い数秒。
「……いや」
やっと出た声。
「それはないです」
少しだけ低い。
「まだ、終わってへんだけです」
二回目。
さっきより、少しだけ硬い。
黒崎は、それ以上踏み込まない。
「そうですか」
一拍。
「それなら、そうですね」
いつもの温度。
「カズさん、ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
椅子が動く。
足音。
ドアが閉まる。
静けさ。
黒崎は、次の紙をめくる。
「この番組では、まだ誰にも言っていないことを募集しています」
同じ声。
「無理にしゃべらなくていいです」
一拍。
「……続けている限り、終わらないこともありますから」
赤いランプが、変わらず点いている。




