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43 頑張ったご褒美

 ツェツイがエーファに呼ばれる少し前。


「おおう……まさかこんなに愛くるしい子が兄きの恋人とは! ほんとに天使のようだ」


「この子が大あにきの恋人さんですか? かわいーです。ふわふわの綿菓子ちゃんです」


「お人形さんみたいで、小っちゃくて可愛いっス。なんかほんわり甘い匂いがしますっス」


「妖精さん……」


 ツェツイの回りに集まった四人組は、そろって顔を赤らめ何やらもじもじとしていた。が、突然頭がはっとなり子分たちをツェツイから遠ざける。


「お、おまえら、だめだ。汚い手で天使ちゃんに触るな! いいか、この子は兄きの彼女さんだ。それ以上この子に近づくのもだめだ! って、おいそこ!」


 と言って、頭はでぶに指を突きつけた。


「おまえ! もう一歩さがってその子から離れろ。天使ちゃんが汚れるではないかっ!」


「わかってるっスよ。触らないっスよ。でも、おいしそうな匂いがするっス。くんくん」


「天使ちゃんの匂いかぐのも禁止だ! 口をふさげ。息を吸うな。止めろ。止めるんだ!」


「そんなの、無理っスよ」


 彼らのやりとりを見ていたツェツイは可愛らしく首を傾げ、にこりと笑った。


「みなさん大丈夫でしたか? お怪我はありませ……」


 あれ? とツェツイはでぶの手の甲を見て眉をあげた。


「たいへん! 手、火傷してます!」


 ツェツイはでぶの汚れた手をとろうとする。が、でぶは慌てて手を引っ込め背中に隠してしまった。


「消火活動してたときに、ちょっと火傷したっス。このくらいたいしたことないっス。そのうち治るっス。それにおいら、汗かいて手がヌルヌルべとべとして、汗臭いし汚れてるっスから……」


「だめです! ちゃんと治さないと、あとが残ったら大変ですよ」


 そこへ、すかさず頭が割って入ってきた。


「いやいやいやいや。こいつの言うとおりです。この程度の火傷なんてたいしたことないですから。それに、天使ちゃんの貴重な魔力をこいつのために使うなど、もったいないにもほどがある!」


「そうっス」


 傍らで、ちびものっぽもそうそう、とうなずく。


「魔力は少しだけど回復しました。そのくらいの火傷なら治せます。はい、手をかしてくださいね」


「あわわ」


 ツェツイはを引っ込めたでぶの手を、両手でそっと包み込むように握って治癒魔術を唱え始める。

 女の子に手を握られたことがないでぶは、驚きに目を回し口をあわあわとさせ、さらに滝のような汗をかく。


「おまえ! それ以上汗をかくな。とめろ! おまえの汗で天使ちゃんが汚れるではないかっ!」


「そんなこと言ったって無理っス」


 ほわほわ暖かい光りがツェツイの手から放たれる。と同時に、でぶの火傷もきれいさっぱり消えていった。


「あ、あ、ありがとうっス……です」


 どういたしまして、とツェツイはもう一度にっこり笑って返した。愛らしいその笑顔にでぶは頬を赤らめた。


「ツェツイーリアちゃん」


 そこへ、名前を呼ばれ振り返ると、遠くでエーファがこちらに来るよう手招きをしているのがツェツイの目に入った。

 エーファの側にはイェンもいる。


「はーい、今参ります。それではみなさん、また後で」


 四人組にぺこりと頭を下げ、ツェツイは嬉しそうにエーファの元へと小走りで駆けていく。

 その姿はまるで子犬のようだ。


「小っちゃいのにしっかりした子だ。うむ」


「大兄きのどこに惹かれたんっスかね……」


「あんないい子が大あにきの恋人とはねー」


「謎……」


 しみじみとそんなことを呟きながら、四人組は目元を和ませ、去って行くツェツイの愛らしい後ろ姿を見つめていた。


「はい、何でしょうか? エーファ、お姉さま」


 小首を傾げエーファを見上げるツェツイに、エーファは顔を赤らめる。


「お、お姉さま……か、可愛い。なんて、可愛い子なのだ……」


「お姉さま?」


「あ、いや、この腐れ外道ばか……ではなく、イェンが頑張ったツェツイーリアちゃんを褒めてやりたいと言っておったぞ」


「お師匠様がですか?」


「そうだ。ほら、そいつに抱っこしてもらって、なでなでしてもらうがよい」


 でも……と、もじもじするツェツイの背をエーファはとんと押した。


「たくさん甘えるがよい。私が許す」


 倒れ込むように胸に飛び込んできたツェツイを、イェンはしっかりと抱きとめる。


「お師匠様!」


「怪我はしてないか?」


 ツェツイはこくりとうなずき、きゅーとイェンにしがみついた。


「そうか。よかった」


「でも、お師匠様がとてもつらそうです」


「心配させちまったな。俺は大丈夫だ」


 ツェツイの目からぽろりと涙がこぼれ落ちる。


「何だよ。泣くやつがあるか」


「だって……」


「ツェツイ」


「はい?」


「ありがとな。今回はおまえに助けられた」


 そう言って、イェンはツェツイの涙を指先で拭い頭を抱えて胸に抱き寄せ、ひたいにキスを落とす。


「よかったではないか。女を抱けて」


 エーファの言葉にイェンは不快な顔で眉根を寄せる。


「あんた、こいつの前でそういうこと言うのやめてくれる?」


「なっ! 貴様が言ったのだろう! さっき!」


 エーファはふんとそっぽを向き、ちらりと横目でイェンを見る。



「その子が側にいると、ばかで下劣で邪道な貴様がいくぶんまともに見えるのは気のせいだろうか。おい貴様、その子も一緒にヴルカーンベルクへ連れて来る気はないのか?」


「ヴルカーンベルクへ連れて来る?」


 それはどういう意味だ? と、イェンはにやりと笑って、目を細めながらエーファを見る。


「いや……それは、その……」


 珍しくエーファは言葉を濁してうろたえる。


 ふっと笑ってイェンは腕の中の小さな少女を見下ろすと、疲れてしまったのか、すやすやと眠ってしまっていた。

 離れたくないとばかりにイェンの服を握りしめるツェツイを片腕で抱っこして、イェンはやれやれといったように立ち上がる。


「しかたがねえな」


 寝かせてくるかと立ち上がった瞬間、ツェツイがうすらと目を開けた。


「お師匠様……?」


 いいから寝てろ、とイェンはツェツイの頬にかかった毛先を指ですくい頭をなでる。


「安心しろ。そばにいてやる」


「はい……」


 欲しかった言葉を聞けて安心したツェツイは、ぽてっとイェンの胸に頭を寄り添え、再び眠りの底に落ちていってしまった。


「わ、私がその子をベッドに運んでやろう」


 頬を赤らめ、さあその子をこっちに渡せ、抱っこさせろとばかりに両手を差し出してきたエーファに、イェンは肩をすくめて笑う。


「いいんだよ。こいつは俺が連れて行く」


「しかし! おまえは怪我をしているではないか! だから……」


 さらに何か言いかけようとしたエーファの腕を、リプリーはつかんで引き止めた。


「エーファだめよ、二人の邪魔をしては」


「邪魔など……」


「もう、見てわからない? この子は俺のもの、っていってるようなものじゃない」


 ツェツイを片腕に抱いているイェンを見て、エーファはうーんと唸る。


 立ち上がり、これで終わったと安堵するイェンの視線の先に、気の抜けた状態で座り込んでいるレギナルトの姿が映った。


 歩み寄るイェンの姿に気づいたレギナルトはゆっくりと視線を上げた。

 いつも目深にかぶっていたフードが頭から外れ、初めて素顔があらわとなる。

 短髪の黒髪に黒い瞳の質実な気風の若者だった。


 相変わらず無表情だったが、小刻みに震える肩は強大な力を持つ者を前に脅えている様子であった。

 言葉もなく互いに相手を見る。

 ついと視線をそらしたのはレギナルトの方だった。そして、おもむろに口を開く。


「ずっと、あなたに憧れていました」


 思いもよらない告白にイェンはえ? と後ずさる。これだけ傷を負わせておいて、それはないだろうという顔だ。

 一呼吸置き、レギナルトは強ばっていた肩の力を抜き語り始めた。


「あの日、ワルサラの危機を救うため、龍神を喚び寄せたあなたの恐ろしいほど激しい魔力、心を震わせた力強い詠唱に、私は一歩も動けず、心を奪われ、ただ呆然と立ちつくすだけでした」


「へえ」


「同時に、魔道を志す者として純粋に、あなたを超えたいという思いが私を駆り立てました。ヨアン様に杖を奪えと命じられた時、私は好機だと思ったのです。あなたから杖を奪い、あなたと魔力の勝負に打ち勝てば、理由はどうあれ私のことを認めざるを得ないだろうと。その時の思いがいつしか私の心をゆがませてしまった。その結果がこれです」


「ま、俺様に勝とうなんざ甘い甘い」


 腰に手をあて、イェンは可々と笑う。

 笑っているが、傷だらけのその様は痛々しい。


「じゃああの時、魔法陣に捕らわれた時、お別れみたいな言い方は何だったの?」


 イヴンの問いかけに、イェンはいやーと、頭をかく。


「ああいう小芝居やってみたかっただけ? みたいな」


「ひどいよ!」


 イヴンは頬を膨らませた。でも、今となっては、それが本当なのかどうかはわからない。


「っていうか、それだけの魔力を持てあましてんなら」


 イェンは左腕を目の高さに上げ、軽く目を閉じる。

 かちりと音をたて、自分では外せないはずの腕輪の錠が解けた。


「手、だせ」


「手?」


 不可解な顔で差し出してきたその腕に、有無を言わさず自分の腕輪をレギナルトにはめる。

 レギナルトは目を見開き、腕輪とイェンを交互に見る。


「魔道の何たるかを最初から学び直せ、あんたなら一気に〝灯〟の頂上まで昇りつめられるだろ?」


 重宝がられるぜ、とイェンはつけ加える。


「私が再び〝灯〟へ……」


 そこへすかさず四人組が割って入って抗議の声を上げた。


「兄き、何言ってんですか!」


「こいつは大あにきの弟を!」


「そうっス! 許せないっス」


「甘い……」


 騒ぎ立てる四人組に、イェンは苛立たしげに舌打ちをする。


「だから、おまえらいっぺんに喋るなって、いいからあれを見てみろ」


 イェンは〝灯〟の時計台を指さした。

 時刻は十一時五十九分で止まったまま。


 どういうこと? と、四人組はそろって首をかしげる。

 片手を腰にあて、イェンはにっと笑ってレギナルトの言葉を待つ。


「や、やめてください。年端もいかない子供を殺めるなど私がするわけが……ですが、あなたを脅すためとはいえ、ひどいことをしてしまったのは事実です」


「それなら俺、全っ然気にしてないぜ」


「そうそう、すっげえ技も使えたしな」


 な、と双子たちは顔を見合わせるが、四人組は納得がいかないと渋面顔だ。


「だ、だけどあんた、あの断崖絶壁で俺たちを殺そうとしたよな」


「子供はだめでも大人ならいいんですか! 大人なら殺しても!」


「消させてもらうって言ったっス。あれはどういうことっスか?」


「怖い思いした……」


「違います。私はただあなたたちのパンプーヤの剣に関する記憶を消させていただこうとしただけで、殺されると勘違いして崖から勝手に落ちたのはあなたたちではないですか」


 ぶっ、とイェンは吹き出した。


「え? そうなの」


「助けてくれても、いいじゃないですか!」


「そうっス!」


「崖からのぞき込んだ時にはすでにもう、姿が見えなかったもので」


「普通探すと思う……」


「ええ、あのあとすぐに、通りすがりの猟師さんにあなたたちのことを伝えたのですが……すみません……」


 変わらず感情のない声だったが、その口振りはいかにも申し訳ないという様子だった。 あっさりと頭をさげられ四人組はそれ以上何も言えなくなってしまったらしい。


「おまえらも、いちいちぐだぐだと、そうやって助かってんだからいいだろ?」


「まあ、そりゃそうだが……」


「そういうもんっスか……?」


 四人組もしぶしぶ納得しかけたその時。

 低く響く地鳴りが足下から伝わってきた。

 心臓まで突き抜けるその大きな振動に、どよめきがわき上がる。そして次の瞬間。

 気絶しているヨアンのすぐ側。

 落雷の落ちた場所から地面に亀裂が入り、そこから勢いよく水が吹き出した。


「これは……」


 イヴンは信じられない、と目を丸くする。


「くそじじい! 掘れと言ってたのは」


 このことか、と辺りを見渡すが、すでに大魔道士の姿はどこにもなかった。

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