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42 龍神を喚ぶ! それは奇跡の雨

『流れゆく風の告知をきけ

 渡りゆく雲の流れを解け

 大気の囁きに耳を澄ませ

 天の摂理に我が力を重ね

 蒼天、変天、玄天、幽天、

 昊天、朱天、炎天、陽天、

 均天

 ここに九天の守護を解く

 天空を巡り駆ける龍神よ

 我が願いの声にこたえよ』


 詠唱を終えたイェンは、両手を広げ空を大きく仰ぎ見る。


 祈りは届いただろうか。


 辺りを包むしんとした静寂。

 次の瞬間。

 風が、生ぬるい風が吹き抜けた。見上げた青空に速度を速めず遅めず、灰色の雲が押しよせ地上に影を落としていく。

 やがて、重くたれ込めた雲が空をおおい尽くし、太陽の光を遮ると、まだ正午を過ぎたばかりだというのに、まるで夜を迎える直前の薄暗さが辺りを包む。湿気を孕んだ空気が体にまとわりつく。

 突如、一筋の稲妻が天を切り裂き閃光を放った。遠くから雷鳴の音が鳴り響く。それが一間ごとに近づき、やがて大地を振動させ轟音をたてる。交互に押し寄せる稲妻と雷鳴。 急変した天候に、誰もが不安げに空を見上げた。

 目にも眩しい閃光が空を走った。耳を突き抜ける雷鳴が鳴り響く。


「近くに落ちたぞ!」


 その叫び声に、みなはどこに落ちたかと辺りを見渡した。

 稲妻はエーファに後ろ手で押さえられ地面に伏せていたヨアンの鼻先に落ちたようだ。 ヨアンがひっくり返って、白目を剥いて気絶していた。


「天罰だな」


 エーファはぽつりと呟いた。


「空を!」


 一人の男が指さしたその先に、長い筋を引いて光る発光体が現れた。

 白光色に輝くそれは雨雲を自由に大きく駆け巡り、円を描いて空を舞う。

 龍神……。

 誰もが口々にそう呟く。それは龍の姿をしているわけでもなく、本や伝説、自分たちの知識として知っている龍とは違う。なのにみな、その光を見て龍神と疑わなかった。空を見上げていた顔に、大粒の雨が一つ二つと落ちた。ぱたぱたと降る雨が、やがて豪雨へと変わる。

 雨だ! と人々はずぶ濡れになるのもかまわず、互いに抱き合い歓喜の声を上げた。

 空を見上げていたイェンは、そっと口許に微かな笑みを浮かべその場に膝を折った。

 目の端から涙が伝い落ちる。その涙もたちまちのうちに雨で流されていく。

 それはワルサラ国を救った二度目の奇跡の雨だった。


 一時に激しく降った雨は瞬く間に炎を消し去り、徐々に雨脚を弱めやがて止んだ。

 見上げれば雨上がりの空、雲の波間が黄金色に彩られ、その隙間から幾筋もの陽光が地上を照らした。

 その時、イェンの頭に乗っていたヤンが一声、甲高い声で鳴いた。その鳴き声は余韻を震わせ澄んだ空へと溶けていった。


「おいおい、いきなり明るくなったから、夜明けと勘違いしたか?」


 イェンは頭の上のヤンに向かって笑って呟いた。

 黄金色に輝くその鶏は金鶏鳥。

 伝説のその鶏は暁を報じる鶏。

 その鳴き声を聞いた者は、幸福を得るとも言われているが……。

 そして──。

 役目を果たしたとばかりに、パンプーヤの杖に入った小さなひびから亀裂が生じ、ぴしりと音をたて真っ二つに割れてしまった。

 杖に装飾された宝石がはじけ空高く舞い上がる。

 パンプーヤの石が描く軌跡。最後の奇跡。

 空へと飛んだ色とりどりの宝石が虹となり、街をワルサラ国を大きく包みこんだ。


「イェン!」


 駆け寄ってきたイヴンは、破顔してイェンに向かって大きく両手を広げた。膝をついたまま、その腕の中にイェンは身を預ける。イヴンの手がしっかりと背に回された。


「身体中痛いよ」


「うん、もうすぐハイデラさんがここに来てくださるから。ちゃんと診てもらおうね。もう少しの我慢だよ」


「お腹空いたし、疲れた」


「うん、イェンの好きなものを食べよう。そしたらしばらくは休息だね」


「あと酒と煙草」


「それは、とうぶん控えたほうがいいね」


「くそ。それよりも、めちゃくちゃ激しく女抱きてえ」


 頭をかきむしりながら、ぽつりとそうこばしたイェンの目と、側にいたエーファの目がかちりと合う。

 エーファはかっと顔を赤く染め、唇をわなわなと震わせた。


「き、貴様! こんな時に何を言う」


「こんな時でも、抱きてえもんは抱きてえんだよ」


「腐れ外道め。っていうか、何故私を見るのだ!」


「あ?」


「え? エーファ……まさかイェンさんと……? え? そうなの?」


 驚きの顔でリプリーはエーファを見上げる。が、すぐにエーファは違う、断じて違うぞ! と激しく首を振る。


「誤解するな。こいつとは何もない! 何もないぞ! あの時は……」


「あの時って……?」


「何だよ。たまたまあんたと目が合っちまっただけだろ。何、勘違いしてんだよ。それとも抱かせてくれんのか?」


「き、き、貴様……っ!」


 思わず腰の剣を抜きそうになったエーファだが、隣で苦笑するリプリーにとどめられ何とか怒りを抑える。

 イェンファンの女性たちが聞いたら黄色い声を発して。


『だったら、私がお相手になります!』


『イェンさん! あたしを抱いてっ!』


『お疲れだったら私が上になります!』


 と、いっせいにつめ寄ってきただろう。

 ぎりぎりと奥歯を鳴らすエーファの目が、遠くでばか四人組に囲まれているツェツイの姿をとらえる。


「ツェツイーリアちゃん」


 そう彼女の名を呼んで、エーファはツェツイにこちらに来るよう手招きをした。

 イヴンはエーファを見上げおろおろする。


「ええ! ツェツイーリアちゃんを今ここに呼ぶの? イェン、お願いだからツェツイーリアちゃんの前で変なこと言わないでよね! 絶対、言っちゃだめだからね!」


「変なことってなんだよ」


「だからっ!」


 顔を赤らめるイヴンに、イェンはちっと舌打ちを鳴らした。

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