41 それぞれの戦い
「あいつめ勝手をしおって……」
このままでは自身の身にも危険がおよぶと察したのであろう。ヨアンはこの場から逃げ出そうと身をひるがえす。
「どこへ行く?」
そこへ、ヨアンの行く手をはばんで腕を組み、エーファが立ちはだかった。
「ええい女っ! 邪魔だどけ!」
ヨアンは剣を抜いて身がまえる。
「エーファさん、気をつけて! ヨアン義兄さんは剣の名手なんだ!」
「ほう?」
エーファは口の端をつり上げた。
「おもしろい。ならば遠慮はいらないな」
イヴンの忠告に、しかし、エーファは恐れる様子もなく口許に余裕の笑いさえ浮かべていた。
手にかけた腰の剣を鮮やかに抜く。
鞘走る刀身の冴えた音が耳に心地よい。
澄明な輝きを放つ研ぎ澄まされた刃がきらりと光る。
最初に攻撃を仕掛けてきたのはヨアンだった。
エーファの頭上めがけて剣を振り下ろす。力任せに打ち込んだ重たい一撃を、難なくエーファは剣で防ぐ。噛み合った刃を押し返し後方へと飛び退る。後退としたと思いきや、すぐに剣を巧みに操り立て続けにヨアンに攻撃を仕掛けた。
素早い動きだった。
猛烈なエーファの攻撃にヨアンは押され気味だ。
「くそ……女だと思って甘くみておれば」
反撃する余裕もなくヨアンは悔しげに顔をゆがめる。
「弱い、弱すぎるぞ! その程度の腕で私に戦いを挑もうなどとは笑止っ!」
そんなヨアンとエーファの戦いを、四人組は顔を引きつらせながら見ていた。
「ね、姐さん、強い。ていうか怖い」
「楽しんでるとこがよけい怖いです」
「でも、胸がすかっとするっスね!」
「爽快……」
地をじりっと踏みしめたエーファの攻撃が一瞬空白となる。
「女っ! いい気になるなよ!」
その隙をつき、ヨアンは振り上げた剣を下ろす。
エーファは軽く体をひねりぎりぎりのところで交わした。虚空を切るヨアンの剣が耳の側で鳴るのを聞く。後ろ手でヨアンの攻撃を受け止め、すかさず相手の背後に回り込む。すぐさま振り返る勢いで、ヨアンは剣を横に打ち払う。
エーファの容赦ない一撃がヨアンの剣をはじいた。
「ひぃっ!」
悲鳴を上げたヨアンの手から剣が飛び上がり、虚空を回転して数歩先の地面へと突き刺さった。
身体をよろめかせるヨアンの足を引っかけ、尻もちをついたその鼻先に、エーファは剣先を突きつけた。
そして、イェンに向かって勝ち誇った笑みを浮かべる。
こちらもやったぞ。
貴様も思う存分戦え。
「くそ! くそくそっ! えーい、おまえたち! 早く私を助けんか!」
ヨアンは城門前で立ちつくす兵士たちに助けを求め叫んだ。
◇
もともと仕方がなくヨアンに従っていたという様子は、誰の目から見てもあきらかであった。
おまけに目の前でエーファの戦いぶりを見せつけられてはひとたまりもない。
ヨアンの命令に兵士たちは互いに小突き合い、おまえが助けに行ってやれよ、と目配せをする。
「冗談じゃない! あの女滅茶苦茶強いぞ」
「笑いながら剣を振ってるじゃないか……」
「こっちが殺されちまうよ」
「だな」
「何をしているおまえら!」
さらに、声を荒らげて命令するヨアンに、しぶしぶ何人かの兵士が剣を抜き、まったくやる気のなさで走り寄ってくる。
「ここは俺たちに任せろ!」
右手で空を切り、頭がちびに合図を送る。
待ってましたとばかりに、ちびは膨らんだ荷物からあるものを取り出した。
「ちょっと、何よそれ!」
荷の中身を見てリプリーが素っ頓狂な声を上げた。
投網であった。
「おまえら気合いをいれていくぞ!」
「アイアイサー!」
四人組は駈け寄ってきた兵士にせーの、で投網を投げつけた。
「うわ! 何だこれ!」
数人の兵士が網に捕らわれ、手足をばたつかせる。
網から逃れた兵士はあまりのばかばかしさに、一人、二人、そして全員と逃げ出してしまった。
「俺たちもやりましたぜ、兄き!」
四人組はイェンに向かって、こぶしを振り上げた。
◇
仲間たちの声援を耳にする。けれど、緊迫した空気に身動きもできない。
イェンの唇の端から血が一筋流れ落ちた。
思っていた以上に魔獣の瘴気を吸い込みすぎてしまったようだ。
やべえ、喉やられちまったな。
四肢が痺れ肺が熱い。さらに立て続けの高等魔術の代償は精神をすり減らし、肉体に大きな負担をかけた。
イェンは目をすがめ、ぎりっと奥歯を噛む。
少しでも気を緩めた瞬間、すべての術が解除されてしまう。
くそ……っ。
「これではあいつが……何とかならんのか!」
エーファは声を張り上げた。
イェンの他にもたくさんの〝灯〟の魔道士が、さらにこの場には伝説の大魔道士がいるというのに、誰も手を貸そうとはしない。いや、手を出すことができないのだ。
「無理じゃ。誰も、あいつの領域に足を踏み入れることはできん。他者の魔術の干渉もかえって危険じゃ。あやつを信じてやるんだぞい」
と、パンプーヤはもっともらしいことを言う。
イェンは深呼吸をする。
その緊張が伝わったのか、魔獣はより激しく抵抗し漆黒の翼を羽ばたかせた。瘴気を孕んだ黒い霧が再び空一面をおおい尽くす。首を振って咆吼を上げ、炎を吐き街を業火の海に飲み込む。
しまった、と町を見渡すイェンの耳にその声は届いた。
『届けこの地に浄化の光よ
運べ聖なる汚れなき光よ
邪悪なる気配を断ちきり
この地に新たな光よ導け』
『風の精霊よ力をかして
私たちを守って
届いて息吹の風』
レギナルトとリプリーが互いに目を見合わせた。
杖を支えに膝をつき、レギナルトが浄化の光魔法を唱え、その浄化の魔術にのせて、リプリーが風の召喚術を重ね、両手を空に向かって広げている。
神聖なる光が、黒い霧を浄化する。
新たなる風が、新鮮な空気を満たす。
「お師匠様が!」
ノイの腕をすり抜けイェンの元に走り出そうとしたツェツイを、ノイが背後から抱き込んで押さえつける。
「だめだ、ツェツイ……行っちゃだめだ!」
「だって! 魔獣の瘴気でお師匠様が……この手を離してお願いノイ!」
「ツェツイを必ず守るって兄ちゃんと約束した。だから絶対にこの手を離さない。それにツェツイ……兄ちゃんを信じてやってくれ」
背後から回されたノイの手を握りしめ、ツェツイは祈るような目でイェンを見つめた。
ノイはひたすら腕の中のツェツイを守り、アルトは具合の悪そうな人たちを見つけては回復魔術をかけて飛び回っていた。
頭は動けなくなったお年寄りを背負い、安全な場所へと避難をしている。
のっぽは母親とはぐれてしまった子どもをあやし、ちびが母親の名を叫んで必死になって探している。
でぶは町の人に交じって消火活動だ。
パンプーヤは……笑顔でこちらに向かって手を振っていた。
「イェン、僕もいる!」
弓をかまえたイヴンが、新たに炎を吐き出そうとする魔獣に向けて光の矢を放つ。放たれた矢が魔獣の下あごから上あごを突き抜けた。
「コケーッコココッ!」
イェンの頭の上を飛び跳ね、ヤンがせわしなく鳴く。
思わずイェンは顔を崩して笑った。
「そうだな。おまえもいたな」
心強い思いに力がみなぎる。
一人ではない。
支えてくれる仲間がいる。
まなじりを決して再び魔獣へと向き直る。
「一気にたたみかけるぜ!」
自らを奮い立たせる声を上げ、イェンは杖を握り締め直す。
『時空の扉よ』
『なるほど、あれを時空の彼方へとほうむるつもりか。じゃが気をつけんと、ここにいるみなをも巻き込むぞい』
頭の中へと話しかけてくるパンプーヤの声に、呪文を中断させられたイェンは苛立った表情をする。
「うるせえ、くそじじい! 気が散る……つうか、喉が痛くて集中できねえ」
くそ! とイェンは喉元に手をあてた。
このままでは魔獣の瘴気で肺までやられてしまう可能性がある。
『我が体に流れゆく時よ
刻み続ける妙なる時よ
繋ぎ結びて時をとめよ』
その呪文にさすがのパンプーヤも渋面を作る。
体の機能を一時停止したのだ。長時間はもたない。肉体と精神との均衡を崩してしまう。
まさに命がけ。
ここからは時間との勝負。
『流れる時もなく
そこに涯もない
無と静寂の空間
統べるは時の王
我に力を与えよ
開け時空の扉よ』
杖を高くかかげ、空に別次元を呼び寄せる。
青空に小さな穴が開いた。
その向こうは深い闇。
突如、ぴしりと杖に亀裂が入った。
杖も限界を迎えているのだ。
何もかも、少しのきっかけで崩れてしまいそうな危うさであった。
『捕らえろ戒めの鎖
囚われろ拘束の風』
頭上で杖を旋回させ、その勢いで起こる風が連なり続く鉄の輪と具現化され、魔獣の躰を幾重にも拘束する。
杖をいったん下ろしてとん、と地面を叩く。
「まだだ、そんな小せえ穴じゃ足りねえ!」
杖を斜めに振り下ろし、声を振り絞るイェンの足下から旋風が巻き起こり、砂煙が勢いよく舞い上がる。砂や枯れ葉が渦を巻いて上空へと吹き上がり、徐々に広がっていく時空の穴へと吸い込まれていく。
穴は魔獣をほうむるまでの大きさとなった。
杖のきしむ音が増す。
頼むからまだもってくれよ。
「これで終わりだ!」
目をすがめ、イェンは渾身の力で杖を大きく振り上げた。一気に魔獣を空高く引き上げ、時空の穴に誘導させる。
魔獣は空に開かれた黒い穴へと引き寄せられていく。
イェンは左腕を高く上げる。
『静寂なる時の王よ
その虚無の御手で
涯てなき空間へと
邪悪となるものを
彼方へと連れ去れ』
その口許には勝ちを宣告する自信に満ちた笑い。
一呼吸おき、イェンは指をぱちりと鳴らした。
『閉ざせ時空の扉!』
詠唱の締めくくりと同時に時空の穴が瞬時に閉ざされ、空は元の静けさを取り戻す。
舞い上がった枯れ葉が虚空を漂い、ゆらゆらと地上へと落ちていく。
人々は呆然と空を見上げ安堵の息をつくも、炎に包まれたワルサラの町を見渡し悲嘆の声を上げた。
「町が……」
「俺たちの町が燃えていく」
「もうこの国はお終いだ……」
イェンは勢いをつけて大きく杖を横に振り払い、騒然とした場内を押さえつける。
すべての人の視線が広場中央に立ち尽くすイェンへと注目する。
そっと目を閉じ、人差し指を口許にあてたイェンの仕草に、場内はしんと静まりかえる。
誰一人言葉を発する者はいなかった。
両手で杖を握りしめイェンは空高くかかげた。
神経を研ぎ澄ませ、大きく息を吸い込む。
最後の仕事だ。
もう一度、奇跡を起こしてみせる。




