44 新たな観光名所?
ワルサラ国に温泉がわき出た。
即座にヴルカーンベルク国から使者が派遣され彼らの協力の元、ワルサラ国を温泉観光地として盛り上げる計画がたてられた。
王宮にほんの少し活気が満ち始めた。
眠らされていた国王は、事の一部始終を聞かされても、のんきだった。ヨアンの処分については。
「ヨアンがいないと予も困るし、政治のこととか難しいし……」
最後の方は消え入りそうな声で情けないことを言っていたが、その一言で、ヨアンの罪は当面謹慎処分という緩すぎるもので済んだ。
ヨアンはヨアンで、ワルサラの大干ばつ時、他国からも見捨てられ、滅びかけていこうとするこの国の力のなさを憂い、強大な力を得ようと思ってのことだったらしい。
なのに、どこでどう道を踏み誤ったのか。
悪魔召喚を行ったレギナルトについては〝灯〟もずいぶんと頭を悩ませていたらしい。
〝灯〟に属していない者を〝灯〟の規則で罰するわけにもいかず、何より彼の才能はそれこそ喉から手が出るほどだった。
そこは上層部の事情。
ヨアンが〝灯〟の意向をくみ、レギナルトを救うため、何やら悪知恵を働かせ、事件をうやむやにしてしまったとか。
それはそうとレギナルトとヨアンの関係だが〝灯〟から逃げだしたレギナルトはこのワルサラで行き倒れかけたところをヨアンに拾われたのだった。
無実の罪をきせられ、ディナガウスの〝灯〟から追われ、行く当てのないことを知ったヨアンは、彼をかくまい育ててきたという。
くそじじいに続き、おまえもワルサラで行き倒れかよ、とイェンは呆れながら言っていた。
そうして、晴れてワルサラの〝灯〟に身を置くこととなったレギナルトは、初歩から魔道を学び直すことになった。
初級組の小さな子どもたちに囲まれ、戸惑いつつも、その口許に笑みが浮かぶようになったと聞く。
彼ならすぐに高位魔道士に昇りつめるだろう。きっとワルサラの為にその能力を生かしてくれるはずだ。
傷を負ったイェンは、とにかく安静とハイデラちゃんに言われた。
しばらく寝ていられるぜ、と喜んでいたものの、それも二日で飽きてしまい、見舞いに行くたび文句をこぼした。
見舞いといえば、エーファがほぼ毎日訪ねにきてくれた。
回りの人たちに恋人同士? と聞かれたが、二人は声をそろえてそれは絶対にない、と激しく否定した。
エーファ曰く、こいつの魔術の腕は認めるが、性格は認めないと言う。
余談ではあるが、エーファが見舞いに来たある日、こんなできごとがあった。
イェンが眠るベッドのかたわらで、椅子にちょこんと腰をかけたまま、ツェツイはこくりこくりと首を上下に動かしていた。
暖かい陽射しが差し込む窓際は、良い具合に眠りを誘う。そうでなくても、ツェツイはまだ魔力も体力も、完全に回復していなくて疲れているのだ。
居眠りをするツェツイの姿に気づいたイェンは、読んでいた本から視線をあげた。腕を伸ばしツェツイの頬に触れようとした瞬間、ツェツイははっとなって目を覚まし、ふるふると首を横に振る。
「お師匠様、痛いところはないですか? 何か欲しいものは? 新しい御本を用意しますか? 何でも言ってくださいね」
頬を紅潮させ、身を乗り出して言うツェツイに、イェンは困ったように笑い、小さな少女の頭に手を置く。
「ツェツイ、ずっと俺につきそわなくてもいい。おまえも疲れているんだ、少しは休め」
先日の魔道対決で怪我をし療養中のイェンに、ツェツイは健気にもずっと付き添い看病をしていたのだ。
たとえこちらが、もう大丈夫だからと言っても。
「このくらい平気です! あたし、お師匠様の側にいたいんです!」
と、頑なに首を振り、決して言うことを聞こうとはしないのは相変わらずである。
平気ですと言いながらも、うとうとしているところは可愛らしい。
「俺はどこにもいかないし、おまえの前からいなくなったりしない。だから安心しろ」
「でも……」
ツェツイはうつむいて唇を噛み膝に置かれていた両手をぎゅっと握りしめた。
イェンはふっと笑って読みかけの本を閉じる。
それでも、一緒にいたいというツェツイの気持ちもわからなくもないから。
イェンは肩をすくめて掛け布団をめくった。
「一緒に寝るか? それならおまえも安心して眠れるだろ?」
「いいのですか?」
ツェツイはぱっと表情を明るくさせた。
「俺も、おまえが側で眠ってくれたら安心だ」
「はい!」
と、元気よく返事をしたツェツイは、すぽんとワンピースを床に脱ぎ捨て、ベッドにもぐり込む。
「えへ。久しぶりにお師匠様と一緒です」
ツェツイは掛け布団の首元を両手でつかんで、にこにこ笑っている。
「そんな笑顔で俺の布団の中にもぐり込んでくるうちは、まだまだ子どもだな」
小声で呟くイェンに、ツェツイは、ん? と、首を傾げる?
「何でもねえよ。ほら寝ろ」
「なんだか、お師匠様の家にいたときのことを思い出します」
「そうだな」
「あの時も、こんなふうにお師匠様のベッド」
ツェツイの頭をイェンはなでる。すると、ツェツイのまぶたがまたたく間に落ち、ツェツイは寝息をたてて眠ってしまった。
ツェツイの穏やかな寝顔を見るイェンの口元に柔らかな笑みが浮かんだ。
◇・◇・◇・◇
「おい、起きているか? 今日も見舞いに来てやったぞ」
頼んでもいないのに、律儀に毎日のようにイェンの元にやってくるエーファは、手にしていた紙袋をベッド脇のテーブルに置く。
「これは町で買ってきた菓子だ。貴様のぶんではないぞ。ツェツイーリアちゃんへの土産だが……ツェツイ-リアちゃんはいないのか?」
回りを見渡すが、小さな少女の姿はない。
ツェツイーリアがここにいないと知ったエーファは、がっかりしたように肩を落とす。
「ん?」
落とした視線の先、ベッド脇の椅子の上に、きちんとたたまれたツェツイーリアの白いワンピースが置かれていることに気づき、エーファは腕を組んで首を傾げる。
何故、ツェツイーリアちゃんの服がここに?
着替えたのか?
確かに、怪我人のお世話をするにはふわふわなワンピースでは動きづらいだろう。
ふと、エーファは眉根を寄せ、ベッドで眠るイェンを見下ろす。
掛け布団をすっぽりと頭までかぶっているため顔は見えない。
「それにしても、今日はやけに静かだな? 寝ているのか?」
返事はない。
やはり、ぐっすりと眠っているのか。
「いつも、酒を飲ませろ、煙草を持って来いと騒いでいる貴様が、おとなしく寝ているとは珍しいではないか」
そこで、エーファははっとした顔をする。
「ま、まさか……布団の中にいるのはダミーだな! ふん、あいつめ、いよいよ飽きて酒場にでも行きおったか。いや、女のところか? あの腐れ外道! まったく、己の欲望と下半身に偽りなく忠実に生きる、とんでもないやつ!」
エーファは呆れた顔で布団に手をかけると、貴様っ! と鋭い声を発し、がばっと布団を大きくめくった。
「え……?」
目を丸くし、さらに顔を赤らめ口をあわあわとさせる。
「な、な……貴様あーーーっ!」
そこへ、花瓶の水を取り替えに行って戻って来たイヴンが、静かにというように唇に人差し指をたてながら部屋に入って来た。
ベッドの中では、病院仕様の緩い寝間着を、胸元をはだけさせながらだらしがなく着込んだイェンの腕枕に、下着姿のツェツイがぴたりと寄り添うようにして、すやすやと眠っていたのだ。
「な、何故? こ、こ、ここにツェツイーリアちゃんが……こいつのベッドの中に……」
「二人ともぐっすり眠っているみたいだから、このまま寝かせてあげて」
「し、しかし! ツェツイーリアちゃんがこいつの毒牙に……早く……救出してあげなければ……このままでは……」
おろおろしながら、エーファは眠っている二人とイヴンを交互に見る。
「二人はね、相性がいいんだって」
「あ、相性? 何の相性だ! からだ?」
時々どきりとするようなことを言うエーファだが、鈍いイヴンは少しも気にとめた様子はない。
「魔力の相性だよ」
「ま、魔力……」
何か勘違いしていたらしいエーファは耳まで顔を真っ赤にしている。
エーファが勘違いしていることにすら気づいていない鈍感なイヴンは、にこやかにうんとうなずく。
「魔力の相性がいいから、こうして寄り添っていると魔力の回復も早いんだって」
「そうなのか……」
「でも、こうして見ると、二人ともとってもお似合いだよね」
「そうか?」
「イェンも何だかんだ言いながらも、ツェツイーリアちゃんのことが大好きみたいだし」
「こんな外道な男のどこがいいのだか、私にはさっぱりわからんがな……」
ということがあった。
そんなイェンもすっかり有名人になってしまった。
さらに、龍神を喚び寄せた奇跡の魔道士と有名になったイェンの元に、各国から〝灯〟の代表者が集まり、今後の研究のためにと話を聞きたがっていたが。
「俺、記憶ないし」
と、はぐらかした。
元こそどろ四人組もそれぞれの道を歩き始めた。
漁師を続けると言って、のっぽは漁師の親方の元へ旅立ち、ちびはポンポコ村の実家へと帰った。
でぶは妹の待つ焼き肉店へと戻り、頭はイェンのつき人として、ヴルカーンベルクへ同行すると言い出した。
これも余談だが、ヴァシュビシュの宿から持ち出したバケツは、ヴルカーンベルクの特産物をたっぷりと詰め、宿へと送り届けられた。
きっと、宿の主人は驚いたに違いない。
そして、パンプーヤの剣は、杖が壊れたと同時に、あとかたもなく形を崩し消えてしまった。




