第4話-2 爆買い
◇◇◇
村尾さんは緊張した手つきで紐を解き、控えめに蓋をめくる。
ハチミツに似た、濃く甘い香りが伝わってきた。
村尾さんは白磁のような人差し指でそっと1片を掬い取り、商品を持つ左手の甲に置くと、それをゆっくり塗り広げた。
レモン色の半固体は、甘い香りを振りまきながら、溶け落ちるように村尾さんの手の甲を薄く覆っていった。
深めに屈んで香りを確認する村尾さん。
「うん。……間違いないです」
そう頷くと
「カレンデュラのハニーバームです」
自分を見上げるように、村尾さんがうれしそうに言った。
よし。
そしてここからだ。
自分は少し身を寄せて、村尾さんの耳元で、小声で話す。
聞いた村尾さんが驚いて目を見開く。
小さく首を振る。
さらに粘り強く話す。
だんだん真剣な表情に変わっていく。
そして最後に
「ほんとうに?」
と言った。
「うん」
気持ちはひとつになれたようだ。
自分は立ち上がって、この様子を不思議そうに眺めていた男性に、
「これも含めて、全部で8個。お願いします」
そう言った。
「8個」
男性は驚いたのか、繰り返す。
しばらく自分と村尾さんを交互に見つめる。
やがて、
「……いや、驚いた」
そう言って可笑しそうに笑いはじめた。
「……そうそう売れるものじゃないんだけど。あんたたちみたいな若い人が、8個とは」
まだ笑っている。
まあ、あんまりいないだろうな。たぶん。
笑い終わった男性は、
「では8個、お買い上げということで」
そう言ったあと少しおどけた表情で自分を見て、
「そして1個、君の男気に」
続けて村尾さんを見て
「そしてもう1個、あなたのそのラベンダーの香りに」
「……」「……」
「全部で10個のお渡し、としよう。……どう?」
そこまで言って、右手を出してきた。
一瞬意味が分からず戸惑ったが、要するに2個おまけ、ということだと分かり、
「あの……いいんですか?」
そう聞くと、男性はそのままの姿勢で片目を一瞬閉じて見せた。
「あ……ありがとうございます!」
そう言って右手で男性の手を握った。
村尾さんもサッと立ち上がり、
「あの、ありがとうございます!」
少し裏返った声で、彼女にしては大きな声で言った。
男性はそんな村尾さんを少し見てから、自分に言った。
「まあ。驚いたけど、分からないでもないね。これなら」
◇◇◇
次のお目当ての商品は、そのあとすぐに見つかった。
石鹸だ。
元の世界の感覚で言えば、ただの石鹸だ。
この世界では『白石鹸』というらしい。
この世界で普通に使われている石鹸は、申し訳ないがひどいものだ。泡立ちがないし、何より使ったあと、肌がつっぱる。
髪を洗うのにも使うのだが、洗ったあと髪が、何というか、キシキシになる。
自分でさえそう感じるのだから、ここは絶対何とかしたい。
少し話が逸れてしまうが、このイケてない石鹸の対策として、自分たち、というか主に村尾さんだが、ラベンダーを漬けたオイルとラベンダーを煮出したお湯で、体と髪の違和感を緩和している。
効果の方はどっちも、まあないよりはマシ、という程度だ。
村尾さんは、白石鹸を手に取って少し顔を近づけると、
「柔らかい、オリーブオイルの匂いです」
うっとりした目でそう言った。
よし。
来た。
ここで店の男性が、こういうのもある、と別の石鹸を出してくる。
少し緑がかった色で、ところどころに緑色の粒も見える。
「髪を洗うのにいいらしい」
店の男性はそう言った。
「そうなんですか?」
言うなり村尾さんは手に取っている。
表面を軽くなでてから、顔に近付けて目を閉じた。
「ミントの匂いです!」
目を開いてそう言ってから
「あと、もうちょっとキリッとした……」
緑の石鹸を見つめて考えてから、もう一回鼻を近づけている。
「それはたぶん、ローズマリーだろう」
男性の言葉に、村尾さんは一瞬目を見開き、それから石鹸を見つめて
「ローズマリーも……。すごいですこれ」
もはや目が恍惚としてきているように見える。
自分は店の男性に、小声で値段を聞く。
恍惚と石鹸に見入る村尾さんをチラと見て、男性も小声で値段を自分に伝えてきた。
「……」
だ、大丈夫なんじゃないかな。
たぶん。
元の世界で考えると、石鹸1個にあり得ない価格だが、蜜蝋バームの価格を知った後では、それほどのインパクトは感じない。
どちらの石鹸もブルーベアまでは必要なく、ビッグファング数体で事足りる感じだ。
自分はまた村尾さんの横にしゃがむ。
その耳元で話す。
村尾さんはうんうんと聞いている。
いつものコストパフォーマンスへの厳しい目は、今はお休みしているようだ。
蜜蝋バームのパンチ力で相場感が麻痺している面もあるだろう。
最後に真面目な表情で、
「貰いましょう。それで」
頷いてそう言った。
結局、白石鹸と緑の『ハーブ石鹸』をそれぞれ20個ずつ購入。
数量を言ったとき、男性は吹き出してから大笑いした。
お礼を言って店を出るとき、
「お代は、今日でいいのかい? 市場が閉まってから冒険者ギルドに行くけど」
はい、と答える。
でもなあ。
今日エミさんいたよね。
この金額見たら、絶対大笑いされるな……
最後に、
「たぶん来年も来るから、そのときはまたぜひ」
そう言ってくれた男性にもう一度お礼を言って、自分と村尾さんは薬草市を後にした。
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