第4話 市場にて
討伐報告を終えてギルドを出た自分と村尾さんは、街のお店を見て回ろうという当初の目的に沿って、通りを中央広場へ向かって歩いていた。
「いつもより、人多いね」
「ホントですね……」
あまり見慣れない街の様子を、村尾さんは少し驚いた表情で見渡しながら言う。
聞いていた通り、収穫祭を控えて街には活気があるようだ。
時々、自分たちに気付いて笑顔になったり、目で挨拶してくる人とすれ違う。
自分たちも挨拶を返しながら、街の中央通りを並んで歩く。
自然と足取りが軽くなる。
「なんか、お祭りっていう感じがしますね!」
村尾さんは少し興奮気味に言った。
自分はそうだね、と頷いてから尋ねた。
「お祭りは、好きなの?」
「え~と……」
村尾さんは少し考えてから、何だかとても楽しそうな顔で
「普通ですよ?」
そう言って、いたずらっぽく笑った。
ダメだ。
村尾さんが楽しそう過ぎて、むしろプレッシャーを感じてきた。
普段から時々買い物に来ているパン屋や肉屋、衣類店などの前を通る。
いつもより来客が多いようだ。
衣類店は普段は無いワゴンを通りに出して、お祭り感を盛り上げている。
この中央通りは、他の都市や町へ通じる街道をそのまま街の中に通したような道で、沿道には常設の店が並んでいる。
薬屋の前を通ったとき、軽く指で差して聞いてみる。
「今日は買い物はいいの?」
この薬屋には、洗顔用のローズウォーターや、髪や体を洗う時に使う乾燥ラベンダーをよく買いに来ている。
「そうですね……今日は先に中央広場に行ってみましょう」
村尾さんが言った。
そうなのだ。
今日を街歩きの日にしたのは、収穫祭前にだけに開かれるという、特設の薬草市が目当てだったのだ。
中央広場が近づくにつれ、人の数がどんどん増えていき、露店で肉を焼いている香ばしい匂いが漂ってきた。
人混みが増し、並んで歩くのが難しくなる。
村尾さんが自分の後ろを付いてくる感じになった。
これじゃあちょっとな……
これは非常手段だからノーカウントということにして、後ろの村尾さんに左手を伸ばす。
村尾さんはすぐ、その手を握ってきた。
念のためスッと彼女の表情を確認するが、もうすぐ近くにあるはずの薬草市に夢中のようなので、気にする必要はなさそうだ。
人混みをすり抜ける感じで進む。
「あ。たぶんあれだよね」
手を引きながら、右手で指差した。
「はい。きっとそうです!」
中央広場の中心に近いところ。
そこにあったのは、高さ2メートルはありそうな大きな天幕で、薬草やハーブらしきものが天幕の外まで並べられていた。
◇◇◇
薬草市はどうやら人気の場所のようだ。
天幕前の人だかりが濃い。
天幕前の路面には、多彩な薬草やハーブが並べられていた。普段は手に入らないようなものが見られると聞いている。
顔を近づけて、薬草をじっと見る人。
手に取って、商人と会話している人。
自分たちはズラリと並ぶ薬草を軽く見渡しながらゆっくり進み、そして天幕の中を恐る恐る覗く。
「あそこ……かな?」
天幕の奥の方はすいていた。
奥は一面の棚になっていて、そこには様々な形状の瓶や壺、何かが入れられた木箱がいくつも置かれていた。
自分たちがここに来たのは、ある商品を探すためだった。
「そうですね……入ってみましょう」
自分が前になって、手を繋いだまま、薬草の束で足の踏み場もない天幕内を慎重に進んだ。
棚の前まで来て、ゆっくり手を離す。
そして、並べられた商品に顔を近づけた。
う~ん。
全然わからない。
隣の村尾さんも、困ったように自分を見上げている。
まあ、こうなるだろうな。
聞いてみよう。
見渡すと、店の人と思われる男性が、物珍しそうな顔でこっちを見ている。
少し浮いていただろうか。だよね……
でもちょうどよかった。
このあと、店の男性に探しているものを話した。
伝わらないようで、最初は変な顔をされた。
まあ、こうなるよな。
自分たちも実物を見たことがないのだ。
だが、自分と村尾さんとかわるがわるに知っている事を話しているうち、
「ああ。それはたぶん、蜜蝋バームだ」
男性はそう言って位置を移動し、棚に乗せてある木箱を両手で取って、ゆっくり地面に置く。
二人でしゃがんで中を覗く。
中には、ちょうど片手に収まるような、丸っこい木の器がたくさん詰められていた。
器には布が蓋として被せられていて、紐で縛り付けられている。
器に顔を近づけると、天幕の埃っぽい空気を消し去るような、甘い香りがした。
「はちみつの匂い、ですね」
目を輝かせて、村尾さんが言った。
なら、間違いないだろう。
元の世界でも販売されていたという、刺激や日差しから肌を守る商品。
値段を聞いてみる。
金額を聞いて、村尾さんの表情が曇った。
かなり高いものと聞いていたが、そう言われるだけのことはある金額だった。
1個で、今の借家の1ヵ月の家賃の半分くらいだ。
しかも。
1個あればずっと使えるというものではない。
いくつも欲しいのだ。
さらに言うと、今日欲しいのはこの商品だけではない。
「……」
しかし。
と考える。
ブルーベアを1体倒して、討伐報酬と魔石を合わせればちょうど買えるくらいの値段。状態にもよるが素材の売り上げも合わせれば、BB1体で2個いけそうだ。
これまで数え切れない数を討伐してきているのだから、ずっと大切に貯めてきてくれている村尾さんには悪いが、ドンと買っても大丈夫だと思うのだ。
いやむしろ、今こそ使い時ではないのか。
今までコツコツ頑張ってきたのは何のためだ。
この蜜蝋バームとやらのためだったとは言えないか。
色々な計算の結果、村尾さんに言ってみる。
「まず、1個は買うことにしよう。いい?」
村尾さんは、値段と憧れのはざまに揺れる複雑な表情を見せて
「……いいんですか?」
顔を紅潮させながら、しかし慎重に言う。
自分はゆっくりと頷く。
そして店の男性に、その旨を伝える。
驚いている。
ギルド証を見せて、ギルド払いの意思表示。
ああ、という表情になった。
少し納得してくれたようだ。
1個を購入した。
「それ開けて、ちょっと使ってみてくれる?」
その場で品質を確認しようというわけだ。
一応、店の男性を振り向くと、どうぞ、という感じで頷いた。
◇◇◇
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