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第5話 始まりの場所

 

 薬草市を出た自分と村尾さんは、露店が並ぶ『宿場通り』を歩いていた。

 普段から宿場や食堂、酒場が軒を連ねる繁華街だ。

 

 まだ収穫祭の本番前なのだが、普段は見ない露店がもうかなり出ている。

 中央広場からの混雑は、ここでも変わらない。

 離れてしまわないように、また手を繋いで歩いていた。

 

 討伐ミッションで山岳エリアを歩くときを別として、日常でこんなに彼女の手に触れるのは初めてだと思う。

 ドキドキしないと言えば嘘になるのだが、今はなんというか、こうすることで彼女と離れてしまう心配がなくて落ち着く、そういう感覚も強い。

 村尾さんは、自分が手を出すとすぐ、自然に握ってくるし、だからといって気にする様子もないので、同じような感覚なのかもしれない。

 

 

 食欲を刺激する匂いと、混雑ながらも食べ歩きをする周囲の様子を見て、自分たちも何か買って食べ歩きしてみよう、ということになった。

 ふたりで色々選んだ結果、『ホーンラビットのミートパイ』に決まった。

 パイの食感と香ばしさは当然だが、ホーンラビットの挽肉をタマネギで炒めた具がとてもよくできており、村尾さんも、うんうん頷きながらいい表情で食べていたので、満足してもらえたようだ。

 

 「まずパイを焼けるようにならないと……」

 

 そんな呟きが聞こえたので、自家製も視野にあるようだ。

 そして、大勢に混じって村尾さんと歩きながら食べるという体験は、予想外に非日常的で新鮮だった。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 露店と人出で盛り上がる『宿場通り』の、ある場所まで来たとき、自分と村尾さんは道の脇へと寄って、足を止めた。

 そしてそこにある建物を、並んで見上げる。

 離していた手を、このとき村尾さんの方から繋いできた。

 少し驚いたが、彼女は気にしていない感じだった。

 

 しばらく黙って見上げてから

 

 「懐かしいですね……」

 

 村尾さんがそう言った。

 

 「うん」

 

 自分は頷く。

 たった1ヵ月前のことなのに、その通りだったからだ。

 

 ここは商人や冒険者がよく利用する宿屋だ。

 そしてこの世界での、自分と村尾さんの生活が始まった場所。

 つい1ヵ月前まで、その生活を二人で続けていた場所だった。

 

 「あそこ……ですよね」

 

 村尾さんが2階の、端から2番目の窓を指さす。

 

 「うん……」

 

 つい先月まで、あそこで自分と村尾さんが、毎日バタバタやってたんだな……

 

 「フフ……」

 

 不意に村尾さんが笑う。

 

 「何?」

 

 自分が聞くと

 

 「思い出しちゃいます。最初の頃のこと」

 

 あの窓を見上げながら、村尾さんが言う。

 

 「え~と、初めてここに来た時、とか?」

 

 「……それもですけど――」

 

 村尾さんは足元に視線を落として少し考えてから

 

 「やっぱり、その次の日のこと、ですね」

 

 自分を見て言った。

 

 「……次の日、か」

 

 それはよくわかる気がする。

 

 この世界に転移した2日後、山岳エリアでほとんど遭難しかけていた自分と村尾さんは、運よく冒険者パーティに見つけられて、この街の、この宿に送られてきた。

 その日は自分も村尾さんも疲労困憊で、そして無事に生き残ったという安堵感でいっぱいだった。

 そんな状態でも、これからどうするか、という話だけはちゃんとした気がする。

 

 そしてその次の日。

 

 その日から、自分と村尾さんの生活が始まった。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 その日。

 朝、というか、もう昼も過ぎていたと思う。

 宿で目覚めてから、それなりに時間をかけて、これまで起こったことへの気持ちの整理をした。

 ベッドで眠れたことで、疲れもかなり取れた気がする。

 そしてひとつ腹が据わってみると、気になるのはやはり隣の部屋の、村尾さんのことだった。

 

 しかし……そうは言っても、まずはどうしたらいいか。

 とりあえず、隣の部屋から物音らしきものは一切ない。

 寝てるなら、ゆっくり寝かせておいてあげたい。

 あるいは、まだ放心状態ということも十分ある。

 

 一方で、今日は当面必要なものを調達に行く約束もしていた。

 いま何時くらいだろう。

 この世界のお店って、どのくらいまで開いてるのかな。

 

 そう逡巡していたときだ。

 壁の向こうから微かにミシミシと、ゆっくり人が歩くような音が聞こえた。

 ああ。

 今起きたか、あるいはやっと動けるようになったか。

 やはり声をかけなくてよかった。

 

 ――と思った途端、ドタドタと、慌てて部屋の中を走り回っているような音が聞こえ出した。

 かなり慌てているようだ。

 やがて音は止まり、落ち着いたか?というところで、自分が耳を澄ませていたからだろう、微かにパシャパシャと、水を使う音が聞こえてきた。

 確かに昨日、自分も村尾さんも、宿の人に水を多めに貰ってあった。

 うん、これはもう少し待った方がいい。

 自分も、いつでも出られる準備をしておこう。

 

 

 しばらくして外出の準備を整えた自分は、部屋を出ると、隣の扉の前で止まり、ひとつ深呼吸する。

 そして控えめにノックした。

 

 「相良です。……大丈夫?」

 

 声もかける。

 

 「あ。はい!」

 

 すぐに返事があった。

 トタトタと足音が近づいてきて、扉が開かれた。30度くらい。

 隙間から、村尾さんが顔を出す。

 

 「おはようございます……」

 

 自分もあいさつを返すが、村尾さんは困ったように、しきりに片手で髪を直している。

 そりゃそうだよな。2夜も野宿させちゃったわけだし。

 

 そして

 

 「ごめんなさい、こんな格好で……まだ靴も履いてなくて」

 

 申し訳なさそうにそう言った。

 

 紺のブレザーに、膝丈のスカート。

 首元のリボンとスカートはお揃いで、白が目立つチェック柄だ。

 黒のストッキングで、床に直接立っている。

 

 まあ、見慣れている姿ではある。確かに。

 それに、この2日間で、学校ジャージはかなり汚れただろう。

 たぶん、無傷ではあるまい。

 そういう自分はいま、薄汚れてところどころに裂け目もできている学校ジャージを平気で着ている。

 

 やや久しぶりに見る村尾さんの制服姿は、とても凛々しい。

 

 でも。

 かなり目立つんじゃないかな……これ。

 ここでは。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 その後、二人で宿を出て、並んで街を歩いた。

 当面生活していくために必要なものを揃えるためだ。

 

 すでに、教えられた通りの作業は済ませている。

 

 まずギルドへ行き、メンバー登録をする。

 そして持っていた魔石と素材を換金。

 現金にせず、そのまま『ギルド預かり』にしておく。

 そうすると、街での買い物は『ギルド払い』が利く。

 不慣れならこれが安全、ということだった。

 

 自分と村尾さんを救出してくれた冒険者パーティの人たちは、何も知らない自分たちを心配して、色々なことを教えてくれた。

 特に、自分が持っている魔石と素材に予想外の価値があることが分かったのは、とてもありがたかった。

 ただ、自分たちのような迷い人については全く知らないようだったので、色々考えて、今は深くは話さなかった。

 

 

 「え~と、あの広場を右、って言ってましたよね」

 

 「あ。うん、確か」

 

 あのブルーベア襲撃の夜から、もう丸2日を過ぎた。

 それ以来ずっと、こうして村尾さんと二人、一緒にいる。

 だが、危機を逃れて平和な環境にいる今、二人でいるのは、そのときとはかなり気分が違った。

 

 簡単に言うと、すごく緊張する。

 昨日まではこんな、何というか、どう振る舞っていいか分からない感じはなかったんだけど。

 

 「あの……私、歩くの遅いですよね。ごめんなさい」

 

 つい歩調が速くなって前に出て、ふと気づいて村尾さんを待つようにペースを落とす、そんな動作を繰り返していた。

 

 「いや全然だよ。こっちこそごめん。考え事しててつい」

 

 なんか早口になってしまった。

 それに何より、昨日の今日だ。

 村尾さんのコンディションに合わせて歩かなくてどうする。

 

 そんな風に自分を戒めていると、フフッと村尾さんが笑った。

 

 「ん? 何?」

 

 村尾さんは自分を見ると

 

 「いえ。あの……相良くん、普通の高校生みたいだなって」

 

 不思議なことを言った。

 

 「……」

 

 いや。

 そうなんだけど。

 

 「昨日まで、すごく大人に見えてたです」

 

 「……そうなの?」

 

 自然に言ってはみたが、たぶん、あの夜から昨日までは常に、意識して自分を鼓舞して、演じていた部分はある。

 何をするにも、少しでも村尾さんを安心させないと、と。

 そういうことだろうなと思った。

 

 「はい。……でも今は、とても身近な感じです」

 

 「……そうなんだ」

 

 なんか、反応に困る。

 

 村尾さんは、視線を少し先の路面あたりに向けると

 

 「ちょっとうれしいかも」

 

 そう言ってクスッと笑った。

 

 「……」

 

 え~と。

 どう反応したらいいの? これ。

 

 すぐ広場に着くと村尾さんは、

 

 「ここを右ですね」

 

 小さく指差しながらそう言って進む。

 挙動も、制服姿も、いつもの彼女と何も変わるところはない。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 


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