第5話-2 始まりのとき
◇◇◇
まずは衣類店に入った。
予想通り、店の中に入った途端、店主らしき人の視線は村尾さんに釘付けになっている。
そうなるよな。やっぱり。
ここに着くまでも、道で会った人たちは例外なく二度見してる感じだったし。
衣類を自分たちで選ぶことは初めからあきらめていたので、生活に必要な衣類一式と、街を歩くのに自然な外装を、と伝えて、ほとんど店の人に選んでもらった。中古品だったが靴も揃えてくれた。
教わっていた通りギルド証を見せると、その場での支払いはなく、スムーズに購入ができた。
衣類店の店主は村尾さんの制服がかなり気になるようで、いろんな角度から眺めては、これはどこのものかとしきりに聞いてきた。
生まれ故郷の正装だと伝えて、また来るからと、今日のところは勘弁してもらった。
続いて雑貨屋に向かう。
ここでは、昨日宿屋で暮らしてみて必要性を感じたものを選ぶ。
これについては村尾さんが率先して店の男性と会話し、タオルに使える布を多数、石鹸、歯磨き用の粉末とブラシ、あと、照明代わりのロウソクと燭台……と次々決めていく。
持ち帰れないものはあとで部屋まで届けてくれるというので、片手で扱える桶と、床で使える寝具として、旅人が野宿で使うという分厚いウールのブランケットの購入を決めた。
買ったものの届け先を伝えると、店の男性は「ああ、あの宿か」と言ったあと、足りないものがあったらまたいらっしゃい、と柔らかい表情で言った。
次に薬屋に寄って、ハーブティーを買った。
これは、この土地に慣れていないならしばらく冷水は飲まない方がいい、と教わったためだ。
薬屋の男性は、村尾さんの肌が綺麗であることに感心し、ローズウォーターをしきりに勧めてきた。
自分は知らなかったが、肌荒れを防ぐ効果があるものらしい。
それなりに高価だったこともあって村尾さんは断っていたが、なんとなく欲しそうに見えたので、試しに1瓶だけ、ということにして、ハーブティーと一緒に貰うことにした。
そして最後に、寝坊したため宿の朝食を食べ損ねていた自分たちは、パイを買って公園で食べることにした。
パイ屋の店先には何種類かのパイが並んでいたが、自分たちにも正体が分かったレーズンパイを選んだ。
公園の縁石に並んで座って食べることにする。
この日は幸いにいい陽気で、公園を歩く人も多くはなかったので、少し落ち着くことができた。
食べはじめると、思っていた以上に空腹だったことに気付く。
おいしい、あまり甘さがない、レーズンがありえないくらい入ってる、などと言い合いながら食べているうち、自分も村尾さんもあっという間に食べ終わる。
何もなくなって顔を見合わせて、どうしてか思わず声を出して笑ってしまった。
そういえば、自分も村尾さんも、声を立てて笑うのは久しぶりな気がした。
◇◇◇
買い物を終えて、宿に戻ってきた。
購入したものでパンパンになったリュックを背負った自分と、制服姿の村尾さん。
カウンターに声をかけてから、階段を上がって部屋に向かう。
二階の奥から3番目、村尾さんが使っていた部屋はそのまま通り過ぎて、その隣、奥から2番目の、自分の部屋の扉を開ける。
先に村尾さんを入れて、その後ろを自分が付いていくように入る。
扉を閉める。
先に入っていた村尾さんが、
「あの……」
と自分に向き直る。
少し制服を直すような仕草。
そしてスッと居住まいを正すと、
「今日から、よろしくお願いします」
そう言って、やや緊張気味の笑顔を見せる。
少し視線を伏せた。
「……」
もう決めていたことだが、今さらになって緊張する。
でもちゃんと答えなきゃ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
緊張で、村尾さんのような笑顔は出せなかった。
これが、自分と村尾さんの共同生活が始まった瞬間だった。
◇◇◇
あれから4ヵ月が経ってる。
収穫祭前の宿場通り。
自分と村尾さんは、通りからあの部屋を並んで見上げていた。
「フフッ」
繋いでいない方の手を口元に当てて、村尾さんが笑う。
さっきからずっとこんな感じだ。
「え。また?」
「だって……思い出すと可笑しくて」
「……」
「私、顔が引きつるっていうのを本当に見たのは、あの時の相良くんだけだと思います」
そう言ってまた笑っている。
引きつってたんじゃなくて、笑顔を見せようとしてたんだし。精一杯。
「村尾さんだって、かなり緊張してたよ」
負け惜しみと分かっていて、そう言ってみる。
「それはそうですよ」
真面目な表情だが、目は楽しそうだ。
「あんな時でしたけど、それでも男子と同じ部屋なんて、誰だって大事件です」
「でも言い出したときは、全然そんな風じゃなかったし」
「そうでしたっけ」
村尾さんはサラリと言う。
「そうだよ。今大事なのはそういう事じゃない、何があるか分からないから、少しでもお金を残すことが第一だって」
今になってみれば、いかにも村尾さんらしいなとは思う。
「そう言ったと思います」
「最後なんか、私と一緒はそんなに嫌ですかって悲しい顔になるし。あれはずるいと思う」
「それは……あんまり相良くんが反対するから、さすがに、本当に悲しくなってきて」
村尾さんは少し顔を曇らせる。
ずるいは言い過ぎだったか。
「え~と、それはごめん」
「半分は、ですけど」
「半分だったの?!」
村尾さんはまたクスクス笑っている。
村尾さん、楽しそうだなぁ。
もう自分たちがいないあの部屋を見るのがちょっと寂しくて、引っ越してからはここに来るのがなんとなく嫌だった。
でも、今日来てみてよかったな。
改めて、二階の端から2番目の、あの窓を見上げる。
「相良くん、少し寂しい、ですか?」
一緒に窓を見上げて、村尾さんが言う。
「うん……そうだね。思い出すことがたくさんあって」
「私もです――」
村尾さんがすぐに言う。
「――でも、寂しくなくなったら、それはもっと寂しいかも」
「……」
言われてみれば、それはそうかもしれない。
「それに、相良くんがそうしたいなら、いつでも私はここに戻りますよ」
村尾さんは窓を見上げたまま、そう言った。
「ありがとう……でも」
繋いだ手に少し力を入れる。
「それは、今の家で、もう入らないくらい思い出を作ってから、かな」
村尾さんが頷く。
「……それなら……まだまだ戻れませんね」
また黙って見上げる。
やがて、村尾さんはゆっくり自分の手を引いた。
今日は、この場所はここまでにしましょう、というように。
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