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第6話 花の苗

 

 収穫祭を控えたこの街の繁華街・宿場通り。

 露店と人出で賑わっていた。

 自分と村尾さんは、前に住んでいた宿を二人で見た後、また人混みの流れに混ざるように歩いていた。

 離れないようにと繋いだ手も、あまり気にならなくなっていた。

 

 居並ぶ露店の中に、工芸品を並べている小さな露店を見つけると、村尾さんが足を止めた。

 屈むような姿勢で眺めているのは、ガラス製の砂時計だった。大きいものから小さいものまで、5~6個のバリエーションがある。

 村尾さんは繋いだ手をゆっくり離して砂時計の前にしゃがみ込むと、ちょっと触ってもいいかと、露店の店主に尋ねている。

 笑顔の承諾をもらうと、砂時計を手に取って見つめ始めた。

 次々と手に取っては、ひっくり返したり、戻したりを繰り返している。

 

 なるほど。

 その砂時計たちはどれも、夕日に映えて幻想的な美しさを放ってはいるものの、村尾さんの興味はそこではないようだ。

 

 時間を測るのが大変だって言ってたよな。

 クッキー焼くとき。

 今後はパイを焼くプランもあるようだし……

 

 そんな様子を見ていると、

 

 ポン

 

 と後ろから肩を叩かれる。

 振り向くと、大柄の男性が自分に笑顔を見せる。

 

 「あ……こんばんは」

 

 自分が声を出すと、砂時計を吟味していた村尾さんも気付いて立ち上がる。

 

 「ああ、いいから」

 

 大柄の男性は、気にしなくていいという風に村尾さんに向かって手を上げる。

 村尾さんは申し訳なさそうな笑顔の後、小さく会釈して、また砂時計の鑑定に戻った。

 

 男性は自分たちを交互に見るようにしてから

 

 「二人で祭り見物か」

 

 そう言ってから、

 

 「何か面白いものはあったか?」

 

 と言った。

 この男性はダンさんという、いつも色々と助けてもらっている、冒険者パーティのメンバーだ。命の恩人の一人でもある。

 自分と村尾さんの関係をよく知っている人なので、その点は気楽だ。

 今日は、自分の知らない男性たちと3人連れだ。


 

 「はい。初めてなので、色々見てます」

 

 「色々っていうか、お前、リュックがパンパンだぞ」

 

 そう言って面白そうに笑い始めた。

 自分も連れ笑いするしかない。

 

 笑った後、ダンさんは少し真面目な表情に戻り、

 

 「……で、こっちの方はどうだ? うまく行ってるか?」

 

 そう言って両手で手綱を持つポーズをする。

 実は、自分は1ヵ月前から合間を見て、馬に乗る、つまり騎乗の練習をさせてもらっている。街に隣接している馬場で、貸出用の馬の運動を兼ねて、という名目だ。

 その紹介をしてくれたのもダンさんだ。

 ホントに感謝しかない。

 

 「え~と……なんとか。一人だとまだ、ゆっくり歩くくらいですけど」

 

 ダンさんは少し安心したように頷く。

 

 「そうか。ちゃんと続けられてるなら、お前ならすぐだよ」

 

 すぐ、とは言うが、外乗りできるようになるには半年でも足りないくらいらしい。

 

 「はい。もっと上達したら、外乗りを教えてください」

 

 ダンさんはおう、と頷く。

 上達具合ではなく、続けられているかどうかを気にしていたようだ。

 

 「じゃあ、またな」

 

 そう言ったあと、

 

 「お嬢ちゃんも、またな。邪魔して悪かったね」

 

 村尾さんは立ち上がって、笑顔で小さく手を振った。

 ダンさんも手を上げると、仲間と連れ立って、人混みに消えていった。

 

 馬に乗れるようになりたい。

 そうすれば行動範囲が大きく広がる。

 隣の街くらいなら手軽に行けそうだ。

 本格的な旅は単騎では難しいだろうが、商隊や冒険者パーティの移動に混ぜてもらうことはできそうだ。

 

 この街では、元の世界への帰還の情報は手に入らない。

 

 それは、宿で暮らしているときに気付き始めていた。

 手がかりを集めるには、もっと広く移動できないとだめだ。

 

 そのために始めた騎乗訓練であり、その習得期間を考えて、宿住まいから今の借家に引っ越すことにしたのだった。

 

 いつの間にか村尾さんが隣に立っていることに気付く。

 

 「え~と、どうだった?」

 

 砂時計の査定結果だ。

 村尾さんが首を振る。

 

 「なくても……なんとかします」

 

 どうしたんだろう。

 使い勝手が悪かったか。あるいは高額過ぎたか。

 

 「あれは、その……ぼったくり、です」

 

 少しためらいがちに言葉を発したが、ちょっと怒っているようだ。

 後者だったようだ。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 二人で露店を眺めながら歩いて、ほぼ全体を見終わった頃、

 

 「そろそろ……帰る時間、ですね」

 

 村尾さんが、夕暮れの色を帯び始めた空を見ながら言った。

 まだ5時になっていないくらいだと思うので、ゲートの門限は大丈夫そうだが、いい時間だろう。

 自分がうん、と頷いたとき、

 

 「あれって……」

 

 村尾さんが前方の露店を見て言った。

 少しだけ人が多い。

 近づいてみると、作物の苗を売っている露店のようだ。

 

 村尾さんが見てもいいか、という表情で自分を見上げるので、

 

 「見てみようよ」

 

 頷いてそう言った。

 

 二人で露店に近づいて、並んでいる作物を見渡す。

 う~ん。

 さっぱり分からない。

 全部同じものに見える……

 

 だが、村尾さんは片手で髪を抑えながら、ある作物に顔を少し近づけている。どうやら香りを感じているようだ。

 そして、横から見上げるような角度で自分を向くと、

 

 「これって、ラベンダーじゃないですか?」

 

 そう言った。

 村尾さんが顔を寄せている作物を見てみる。

 ただの緑の草だ。

 しかし、意識的に匂いに集中してみると、確かにラベンダーのような香りがする。

 

 「そうだよ。それはラベンダー」

 

 たぶん自分たちの様子を見ていたのだろう、露店の、かなり年配の店主が教えてくれた。

 

 やっぱり、という顔になった村尾さんは、何か考えている。

 そして店主に

 

 「これって、家の庭でも育てられますか?」

 

 そう尋ねた。

 店主は、あまりに素朴な問いに戸惑った様子だったが、すぐ

 

 「大丈夫だよ。ラベンダーなら、放っておいても育つから」

 

 柔らかい口調でそう言った。

 それを聞いて、村尾さんは少し興奮したように自分に話し始めた。

 

 今の家は、正面玄関の20メートルくらい先に、ちょっとかわいい感じの木の柵が地面に並んで差してあるのだが、その内側には、かつては花壇だったと思われる空間がある。

 そこでラベンダーを育てるのはどうか、ということだった。

 

 「自分で育てられたら、乾燥ラベンダーを買わずに済みますし」

 

 村尾さんはそう言った後、ふと思いついたように

 

 「あの……」

 

 と店主に尋ねる。

 

 「バラの苗も、ありますか?」

 

 店主は面白くなってきたのか、明るい口調で

 

 「あるよ。ほら、それだ」

 

 示されたのは、ただの枯れ枝のようなものだった。

 しかしその枝には、確かに見慣れた棘がいくつも突き出ていた。

 

 「バラの苗……こんな感じなんですね」

 

 間違いない。

 ローズウォーターも自作するつもりだ。

 この村尾さんの目の輝き。

 たぶん、もう未来は決まったようだ。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 


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