↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
41/43

Color.3 看病(上)

 

 異世界の借家の朝。

 朝とは言ってももう日はかなり高いと思うが、自分はまだベッドの中だ。

 

 コンコン――

 

 ドアをノックする音。

 

 「相良くん?」

 

 外から村尾さんの声がする。

 

 「はい」

 

 答えながら、少し体を起こそうとしたが、すぐには動けない。

 頭がひどく重い。

 

 「入りますね」

 

 村尾さんはそう言うと、ゆっくりとドアを開けて、部屋の中へ入ってきた。

 紺のワンピースに、いつもの、キャンバス地のベージュのエプロン。コップが乗ったお盆を持っている。

 ベッド脇に静かに近づいてきた村尾さんは、自分の横で床に屈むと、お盆を静かに床に置いた。

 

 「体調、どうですか?」

 

 自分の額の濡れタオルに手を乗せながら、もう片方の手で、自分の頬と、そして首筋を軽く抑えるように触れる。

 少しひんやりした感触。

 

 「……まだ、熱があると思う」

 

 そう答えると

 

 「……ですね。だいぶ熱いです」

 

 村尾さんは自分の額のタオルをスッと手に取ると、それをベッド脇の水桶にゆっくりと浸けた。さらさらと静かに洗い、柔らかく水を絞る。

 少し冷たくなったタオルが、再び自分の額に置かれた。

 

 「ありがとう。気持ちいい」

 

 そう言うと、村尾さんは耳元に口を寄せて、

 

 「お茶、飲めますか?」

 

 囁くような声で聞いてきた。

 おそらく、リンデンとセージを煮出したハーブティー。準備してくれた薬湯だ。

 喉も渇いていた。

 

 「うん」

 

 そう答えると、村尾さんは布団の上からトントンと、胸のところを軽く叩いてから、床のお盆のコップを手に取る。

 自分が体を起こそうしたとき、

 

 「大丈夫ですよ」

 

 そう言って、右腕を自分の肩の下に差し込むと、膝立ちになって、ぐっと胸に抱き寄せるように、自分を半分ほど起こした。

 そして木製のコップを、自分の口元にゆっくり当てる。

 

 「熱くないですから」

 

 そう言ってゆっくり、コップを傾けてきた。

 村尾さんの胸に抱かれるような姿勢で、自分は唇を開いて、流れ込んでくるお茶を受け入れ、飲み込む。

 味はあまり分からないが、渇きが癒されて心地よい。

 

 「まだ飲めますか?」

 

 頷いて答えると、

 

 「飲んじゃいましょうか」

 

 そう言って、残りのお茶を少しずつ、自分に飲ませてくれた。

 全部飲み終わると村尾さんはコップを置いて、額のタオルで自分の口元を軽く拭いてから、ゆっくりとベッドへ下ろした。

 お茶を飲んで喉の痛みが楽になり、気分も少しはっきりした。

 

 「ごめん。何から何まで」

 

 村尾さんはタオルを自分の額に戻しながら

 

 「いえ。全然です」

 

 そして

 

 「……私のせいですし」

 

 そう言って、自分の脇に静かに屈んでいる。

 見つめてくる若草混じりの淡い瞳に、いつもの明るさがない。

 

 「いや、そんなことないから」

 

 体調が悪くなったのは昨日の夕刻あたりだった。

 喉が痛み、頭が重くなった。

 そして、心当たりもあった。

 五日ほど前、村尾さんが同じ症状になったのだ。

 医者がおらず、効果的な薬もないこの世界。

 かなり心配したのだが、村尾さんは特に寝込むわけでもなく、二日ほどミッションを休んで、それですっかり元気になった。たぶん軽い風邪だったのだろう。

 安心して油断した、というわけではなかったのだが、自分はその風邪を貰ってしまったようだ。

 そして症状は、村尾さんよりかなり重いようだった。

  

 「あの、何か食べられそうですか?」

 

 村尾さんが耳元で言う。

 

 「うん……。どうかな……」

 

 早く治すために少しでも食べないといけないだろう。

 ただ、今は食欲は全然ない。

 村尾さんは自分の様子を見て、少し考えてから、

 

 「リンゴは? どうですか?」

 

 リンゴか。

 それなら何とか喉を通りそうだ。

 

 「うん、ありがとう」

 

 村尾さんの表情が少し和んだ。

 

 「じゃあ、用意して来ますね」

 

 また自分の胸のあたりをトントンと叩いて、

 

 「少し休んでてください」

 

 そう言って立ち上がって、静かに部屋を出ていった。

 ドアが閉まる音のあと、部屋から物音が消える。

 

 ここは元の世界とは違う。風邪とはいえ、油断は厳禁だ。

 しかし。

 これはいくら何でも、村尾さんに世話を掛け過ぎだ。

 少しでも早く元気にならないと。

 

 

 そうは言っても、気持ちだけですぐに良くなるものでもない。

 熱は下がる様子はなく、喉の痛みも続き、この日はずっとベッドの中で過ごした。

 熱のせいなのか、ハーブの効果なのか、よく眠れたのには助かったが、夕方を過ぎ夜になっても、たまに目を覚ますだけでほとんど眠り続けることになってしまった。村尾さんには心配をかけてしまったと思う。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 眠っているときに、顔や首筋に触れられる感触で目覚めた。

 目を開けると、燭台の暗い灯りの中、村尾さんの顔が近くに見えた。

 

 ごめんなさい。起こしちゃって――

 

 村尾さんは、囁くような声で言った。

 そして、今日何度もしてくれたように、自分を抱き起してお茶を飲ませる。

 そのあと、ベッド脇の水桶でタオルを洗いはじめた。

 もう夜も更けている気がする。

 するとなぜか

 

 「……村尾さん、ご飯食べた?」

 

 そんな言葉が出た。

 村尾さんはタオルを絞ると、ベッド脇から自分の上に乗り出すようにして、自分の顔と、そして首元を拭いていく。

 

 「はい。だいぶ前に」

 

 拭き終わったタオルを畳むと、自分の額にスッと乗せて、軽く抑える。

 

 「もう夜中ですから」

 

 そうだよな。そんな感じがした。

 そして、一人で食事をする村尾さんの姿が頭に浮かんだとき、

 

 「ごめんね。一人にして」

 

 ついそんな言葉が出た。

 村尾さんは少し驚いたように、自分の顔を見つめる。

 そしてクスッと笑うと

 

 「ホントですよ。すごく寂しかった」

 

 少しいたずらっぽい声。

 そして

 

 「だから、早く元気になってください」

 

 そう言って自分の頭を、控えめに撫でた。

 ゆっくりと頭を撫でられるうち、自分はまた、眠りに落ちた。

 

 

 そして、翌朝目覚めたとき、喉も熱も、かなり楽になっていた。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

お読み頂きありがとうございました。

興味を持って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆からご評価頂けますと、今後の参考になります。

あわせてブックマーク、感想の方頂けますと非常にうれしいです。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。