Color.2-2 秋祭り(下)
◇◇◇
縁日の会場の前。
想像より大きく、賑わっていた。
会場に入る前に、道の脇に寄って、村尾さんにまた下駄を履かせる。
足元が変わっただけだが、風情はやはり段違いに上がった。
「ゆっくり行こう」
「はい」
改めて、2人で縁日の会場へと進んでいった。
急に人混みが濃くなる。
道の両脇にズラリと並ぶ露店。
この奥に神社の境内があるとのことだが、人混みで見えない。
「思ったより人が多いんだね」
「毎年こんな感じですよ」
居並ぶ露店はどれもよく見るものだが、賑やかな人混みと流れる祭囃子、漂ってくる何かを焼く匂い、灯篭の灯りに包まれた空間は、縁日らしい非日常感を作り出している。
そんな中を、2人で並んで歩く。
彼女の下駄がコロンと、控えめに響く。
村尾さんは頬を紅潮させて、視線をあちこちに向けている。
「村尾さん、お祭り好きだよね」
「え? どうかな……。普通だと思いますけど」
楽しくて仕方ないという表情。
思わず苦笑いしてしまう。
なぜか本人は認めないのだが、お祭り大好きなのをよく知っている。
「何か食べる?」
そう聞いてみる。
だがこの人混み、食べ歩きはちょっと難しいかもしれない。
「そうですね……先にお参りしませんか? 境内にたぶん、休憩スペースがあると思います」
「うん。分かった」
濃くなっていく人混みを避けながら、奥へと進む。
村尾さんとはぐれないようにしないと——
どこかで覚えがあるこの感覚。
歩くうち、意識がだんだんとこの場所から離れて行く。
目に映る景色も、ぼんやりした灯りと、その灯りに包まれた人混みだけに変わっていった。
やがて、ここがどの世界なのか、はっきりしなくなる。
あの街の、収穫祭前の宿場通り。
見物人たちのさざめき声。
居並ぶ露店と、肉を焼く匂い。
自分たちの部屋があった、宿屋の前。
その先の、中央広場の薬草市、そして苗屋の露店。
あの祭りの記憶が次々と浮かぶ。
まるで今そこを歩いているかのように。
このまま中央広場を右に行って、ギルドを過ぎれば街のゲート。
そしてゲートを抜けて西の林へ向かえば、村尾さんと暮らす借家がある。
思わず、そこへ引き込まれそうになる。
——一瞬、ハッとした。
左手が柔らかい、少し冷たい感触に包まれた。
村尾さんが手を繋いできたのだ。
その横顔を見る。
気が付けば彼女も、しばらく無言だった。
繋いでくる彼女の右手を、左手で軽く握り返した。
相良くん——
村尾さんの口がそう動いた。
その口元に、少し耳を寄せる。
「戻りたい、ですか?」
ドキリとした。
もちろん戻れないし、戻ってはいけない場所だ。
でも。
見つめてくる若草混じりの淡い瞳は、何もかも見透かしているような気がした。
「戻りたい気持ちは……ある、かな」
正直に答えた。
すると村尾さんは、しばらく自分を見つめてから、
「よかった。——同じで」
そう言って、安心したような、しかし静かな笑顔を自分に向ける。
そして
「なら来年、もう一度2人で来ないとダメですね」
そう言って、少し作ったような真面目な顔で、うんうん頷いている。
来年もう一度、このお祭りに。
それは2人が、来年の今も、同じ未来を見ているということだ。
「……そうだね。そうかもしれない」
村尾さんはクスッと笑ってから視線を前に向けた。
「もうすぐお宮様ですよ」
前を見ると、小さな神社がすぐそこに見えた。
◇◇◇
神社の拝殿前はすいていた。
2人で小さな階段を上がって、向拝に並んで立った。
一瞬顔を見合わせて、頷き合う。
そして一緒に鈴縄を掴み、静かに振った。
ガラン——
下がって礼をして、手を合わせる。
「——」
「——」
やがて顔を上げ、階段を下りた。
何を祈ったかは、お互いに聞かなかった。
今はその必要もないだろう。
縁日の人出の割には、少し静かな境内。
また手を繋いで、ふたりでゆっくり、来た道を戻って歩いた。
村尾さんが言う通り、境内には椅子とテーブルが並んだ休憩スペースが用意されていた。空いている場所を見つけて、2人で隣り合って座る。
「お腹すいたよね?」
「はい」
こういうことは正直に言ってくれるので助かる。
欲しいものを打ち合わせて、自分が買ってくることにする。
「帰ってからも食べるので、ここは少しだけ」
村尾さんはそう言って、かき氷と、ベビーカステラを希望してきた。
なるほど、浴衣を汚す心配がなさそうなチョイスだ。
近い屋台を探して、目的の物を買って戻ってくると、座って待っていた村尾さんはスマートフォンを何やら忙しく操作していた。メッセージをやりとりしているようだ。
自分が戻ると、少し慌てたようにスマートフォンを帯に差して、自分を見てきた。
「どうかした?」
そう言いながらミルク味のかき氷と、ベビーカステラをテーブルに置く。
「あ、いえ。……ありがとうございます」
そしてカステラを1個口に入れて、
「おいしいです」
そう言って笑顔を見せてくる。
それは何よりだが……。
自分もカステラを1個、そしてイチゴシロップのかき氷を口に入れる。
村尾さんもかき氷を食べながら、やがて口を開いた。
「あの」
「うん?」
「帰りに、屋台で食べ物買って、持って帰るんですけど」
先ほどから見ていると、多めの分量をテイクアウトして帰る人が結構目につく。この辺りの住人なのだろう。
「うん。わかったよ。自分が持つし」
「あ。ありがとうございます。帰りは朋ちゃんも合流するので」
「そうなんだ。家でみんなで食べるの?」
「え? ええ。そうなんですけど」
しかし村尾さんは、まだ何か言いたげだ。
「え〜と……どうかした?」
村尾さんの、少し申し訳なさそうな、しかし何かを窺うような表情。
「あの。母が、サラダをたくさん作ってるから、相良くんも家で一緒にって」
「……」
う〜む。
そういうことか。
もちろん、朋香さんを含め2人を家までは送るので、マンションまで行くことにはなるが。
「でもなあ。……先週も夕飯ごちそうになってるし、さすがに迷惑じゃない?」
「それは大丈夫です。むしろ、是非って言ってます」
そう言われると、強く遠慮するのはかえって角が立つ気もする。
「うん……なら、お邪魔させてもらおうかな。少しだけ」
「はい!」
村尾さんは嬉しそうに言うと、スマートフォンでメッセージを打ち始めた。お母さんへの返信だろう。
自分もあとで親に連絡しとかなきゃ。
メッセージを打ち終えた村尾さんは安心したのか、美味しそうにカステラを摘んでいる。美味しいものを食べるときの、ちょっと無防備な表情。
正直なところお母さんまで交えてのお宅訪問は、まだ少ししんどいものがあるが、彼女が喜んでくれているなら何よりだろう。
……って、あれ?
ちょっと待てよ。
村尾家には、まだお目に掛かったことのない方が1人いる。
「村尾さん、今日はお父さんは?」
「あ。いますよ。いま家に」
「そうなの?!」
「はい。是非って言ってるのは、父です」
「……」
彼氏彼女の間柄になってから、3週間ほど。
あの、村尾さん。
自分に課す試練、ちょっとペースが早過ぎませんか——
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