Color.2 秋祭り(上)
『お祭りに行きたいです!』
へ?
金曜の夕方。
学校から帰宅して、自分の部屋で着替えながらのんびりしていると、スマートフォンにメッセージが入った。
村尾さんからだ。
「……」
唐突な内容。
学校ではそんな話題は全然なかったが。
とりあえず、確認だ。
『お祭りって、いつ?』
『明日です』
む。
案外急な話だ。
しかし明日は土曜日。都合は悪くはない。
村尾さんとお祭り。
一瞬、胸がドキリと高揚する。
こう言ってくるからには、自分と一緒に行きたい、ということだろうから、え~と自分と? などと確認を入れるのはここは悪手だろう。なので
『どこのお祭り?』
そう自然に返信する。
村尾さんからの返事によると、彼女の家から歩いて20分くらいの神社ということだった。なるほど、地元系の神社の縁日のようだ。
もちろんOKの返事を入れてから、このあと電話での会話に変わり、細かな段取りを打ち合わせた。
『楽しみにしてますね』
心地よくもくすぐったいような、スマートフォン越しの村尾さんの声。
その嬉しそうな響きで、通話は終わった。
◇◇◇
翌日の土曜日。夕刻。
村尾さんの自宅の最寄り駅で電車を降り、もう覚えてしまった彼女の自宅マンションまで歩く。着いたとメッセージを入れて、言われていた通り、エントランスで彼女を待った。
ここを訪れるのは3度目。慣れた、とは到底言えない。場違い感が拭えず、少し落ち着かない。
やがて、自動ドアの向こうに村尾さんが現れた。
――!
ドアが開いて、浴衣姿の彼女がクリアになる。
落ち着いた濃紺の地色に、白で全体に描かれた大輪の椿のコントラスト。低めにまとめた淡い色の髪には銀の髪飾り。足元の下駄は素足を涼やかに受け止めている。
彼女らしい清楚さと、高校生らしい愛らしさ。そして物静かで丁寧な村尾さんと和装との、言い知れない相性の良さ。
その姿に、ただ目が眩んだ。
彼女が浴衣で来る可能性は、考慮していた。
だとすれば似合うだろうなと確信していたし、心の準備もしていた。しかし現物の佇まいは、そんな小細工を易々と飲み込んでしまった。
村尾さんは照れくさそうに小さく会釈して、近づいてきた。
そして目の前で止まる。
「……どうかな?」
そう言って両手を少し開いた。
ちょっと不安そうな視線で、自分を見ている。
きたか。これ。
――よし。
「うん。とても似合っていて、可愛いと思う」
頷いて、スムーズに返答する。
ポンコツ対策として事前に準備していた応答だ。それに決して嘘ではない。
しかし村尾さんは、これに拍子抜けしたような表情を見せた。
やがて微妙な、やや不満げな表情に変わる。
「……」
――スムーズ過ぎて、見透かされた?
自分は慌ててコクコクと、何度か頷く。
村尾さんの瞳に懐疑の色が浮かぶ。
「……どういうところが?」
う。
浅はかだったか。
こんな小技は通してもらえないようだ。
それに。
この世界で村尾さんと彼氏彼女の間柄になってから、3週間ほど。
村尾さんは最近、思ったことをストレートに投じてくるようになった気がする。
「あ。え~と……」
言葉に詰まる。
村尾さんは続きを要求するかのように、少し首を傾げる。
どういうところって?
そんなの決まってる。
「……すごくその……色っぽい?」
うわ。
何言った? いま。
自分の言葉に動揺する。
村尾さんが目を見開いている。
「あ。いや――」
慌てて何か言い直そうとしたとき、村尾さんの表情がフッと和らぐのが見えた。
満足げな笑顔になる。
そして両手を後ろに組んで、
「フフ……ありがとうございます」
嬉しそうに、そう言った。
あれ?
これ、大丈夫なの?
村尾さんはここで表情を戻すと、
「ホントは着るつもりなかったんです。でも朋ちゃんが浴衣で行くって言って。そしたらお母さんが――」
そこまで言って苦笑いしながら
「あんたも、今着ないでいつ着るの? って」
なるほど。
あのお母さんなら言いそうだ。
そんな話をしていると、エントランスの奥から浴衣姿の女子がもう一人、小走りに現れた。
妹の朋香さんだ。
「間に合った~」
そう言いながら、スマートフォンを片手に近づいてくる。
朋香さんは自分を見ると、こんにちは、と挨拶してから、
「似合います?」
そう言って両袖を上げてポーズをとって見せてくる。
お姉さんとは対照的な、白地に赤い牡丹が鮮やかな浴衣。
「あ。うん。……その色、すごい似合うよ」
彼女には確かに、この明るい色合いがイメージに合っている気がする。
「へへー」
朋香さんはちょっとおどけて、少し照れくさそうに笑った。
そして、
「お母さんが、2人で写真撮ってあげたら? って」
そう言って、スマートフォンを前に出してきた。
ちょっと照れくさいが、村尾さんは
「じゃあ、撮ってもらいましょうか」
そう言って自分の横に並んでくる。
そして2人で朋香さんのスマートフォンに視線を向ける。
「はーい。もっとくっついてー」
朋香さんの声に合わせて、腕が触れ合うくらいまで近づく。
カシャ――
小さなシャッター音。
たぶん、初めてのツーショット写真だ。
朋香さんはスマートフォンを覗き込んで撮った写真を確認すると、
「じゃあ、後で送るね。――いってらっしゃい!」
そう言って、マンションの中へと戻って行った。
村尾さんがありがとう、またあとで、と声を掛けた。
朋香さんは一緒には行かないようだ。
このあと村尾さんは、
「すいません。靴、履き替えます」
そう言って、持ってきていた布の袋からスニーカーを出した。なるほど、道中はスニーカーで歩くようだ。
「肩、掴まっていいよ」
自分はそう言って、並べられたスニーカーの脇にしゃがむ。
「ありがとうございます」
村尾さんは自分の肩に片手を置くと、下駄から素足を抜いてスニーカーに履き替えていく。
下駄に入れ替えられた靴袋は、自分が持ってあげた。せっかくの浴衣姿だ。
出発の準備完了。
「じゃあ、行きましょうか」
普通の私服の自分と、浴衣姿の村尾さん。
なんだかアンバランスな気もするが、そんなものだろう。
2人でマンションを出ると、神社までの道を並んで歩きだした。
◇◇◇
「浴衣は、よく着るの?」
歩きながら聞いてみる。
「あ。いえ、全然です」
村尾さんは自身の浴衣を見下ろしながら
「これは去年買って、花火大会と……あと去年のここのお祭りで着ただけですね」
そう答える。
まあそんなものだろう。
ふと気づいて、
「今年の花火大会は?」
そう聞いてみる。
村尾さんは歩きながら、視線を前に戻した。
「今年は、行きませんでした。……相良くんが乗馬クラブで頑張ってたから、私もあまり遊びに行く気にはならなくて」
そうだったのか。
高校2年の夏。大事な思い出づくりだったろうに。
「ごめんね。気を遣わせちゃって」
「いえ。私が――」
村尾さんはそう言いかけて、隣の自分を見上げる。
「じゃあ、来年は連れて行ってください。花火大会」
ちょっといたずらっぽい笑顔。
それはもちろん、できるならそうするつもりだ。
ただ――
「え~と、成績の方が大丈夫なら」
来年は高校3年の夏。大学受験に向けて大事な時期だろう。
しかし村尾さんは、
「相良くんなら、大丈夫ですよ」
さらっと言う。
そして
「それに、私と付き合ってる限り、相良くんを不合格にはさせませんし」
ごく自然にそう言った。
おお。
何て男前な。
何度も言うが、自分は決して成績は悪くないと思っている。しかし、村尾さんの方が上なのだ。
「あの……そのときはよろしく」
つい冗談ではなくそう答えると、2人で一瞬顔を見合わせる。
そしてそれから、声を立てて笑った。
縁日の会場の、神社までの道のり。
遠くから小さく、祭囃子が聞こえてきていた。
しかし2人とも、これから行くお祭りについては、何も話さなかった。
◇◇◇
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