Color.1 彼女の能力
「私、新しいスキルを……覚えたみたいなんです」
異世界の冬、『西の林』の借家。
早朝から討伐ミッションに向かい、今はそれを終えて帰宅している。
部屋着に着替えて、キッチン部屋の食卓。
二人で温かいハーブティーを飲んでいるとき、村尾さんがそう言った。
紺のワンピースに、いつものキャンバス地の、ベージュのエプロン。
「そうなの? すごいね!」
自分は村尾さんよりレベルがだいぶ上だが、初期に1つ、その後もう1つを覚えて、しかし今でもその2つだけ。スキルの獲得はなかなかレアなことだ。
「……でも『魔法』じゃなくて『スキル』なんだね」
「そうなんですよ。私もびっくりしちゃって」
村尾さんは少し戸惑っているようだ。
お茶に合わせて出してくれたレーズンのクッキーにも、まだ手が付いていない。
スキルの獲得は、何が契機になるのかはっきりしていないらしい。しかし自分の場合は、初戦で瀕死のブルーベアの首を斬り落としたときに『スマッシュ』、その『スマッシュ』を何度も使用しているうちに『ダブル・スマッシュ』を得たので、戦闘時の行動と何かしら関係がある気がする。
「……で、何ていうスキルなの?」
「はい。え~と……」
村尾さんは眼前に焦点を合わせて、ステータス画面を確認する。
「『魔力吸収』っていうものです」
おお。
何だかすごそうだ。
そして聞いたことがないスキルだ。
「ええとですね――」
村尾さんはスキルについて説明を始めた。
スキルを獲得すると、獲得と同時に、どういう行動で何が起きるかも自然に理解する。
「相手のMPを、無限に吸い取る……みたいな?」
「無限に?!」
「そうみたいです」
「……」
MPはスキルがなくても、手を固く握り合うなど、体の特定の部位を接触させることで多い方から少ない方へ自然に移動する。しかしそれは、双方のMPが均衡するか、受け側のMPが満タンになると止まってしまう。
それを考えると『魔力吸収』はかなり強力なスキルに思える。
で、肝心の発動方法だ。
一度お茶を飲んで、気持ちを落ち着かせてから聞いてみる。
「……で、それってどうやるの?」
村尾さんはちょっと戸惑ったような表情になって、こちらもお茶を一口飲んだ。
「それが……」
何かを考えるように、ぼんやりした視線を少し高く上げた。
夕日に変わりつつある日差しが、静かに差し込むキッチン部屋。
やがて村尾さんはポツポツと、発動方法について話し始めた。
「!――」
驚愕の内容。
そして聞いて理解した。
このスキルは、単なるMPの吸収回復といった守備的なものではない。MPの枯渇で行動不能になるという現象を逆用した、攻撃系スキルだ。
しかし――
いつ使えるんだ?
これ。
村尾さんがこれを発動する姿は、ちょっと想像ができなかった。
しかしその機会は、意外に早くやって来た。
◇◇◇
数日後の討伐エリア。
自分が前、村尾さんが後という隊形でビッグファングの群れと交戦していた。
得意の連撃で、群れの最後の1体を斬り捨てた、そのとき。
「相良くん!」
背後から、新手のもう1体が現れた。
草陰に隠れていたか、あるいははぐれファングか。
ガウッ!――
無防備な自分の背中に飛び掛かってきた。
村尾さんの咄嗟の投げナイフが敵の腹部を捉えたが、勢いは止められない。
「うわっ!」
背後から不意を突かれて、ドサッとうつ伏せに倒れる。
ビッグファングは背中から圧し掛かってきた。
「相良くんっ!!――」
もう一度、村尾さんが叫ぶ。
ガウッ!――
ビッグファングは自分の首元を狙って噛みついてくるが、肩を持ち上げてブロックする。革ジャケットの固い襟首にも守られ、右肩を噛まれただけで済んだ。
伏兵とはいえ、油断だった。
しかし、所詮は手負いのビッグファング1頭。
振りほどいて立ち上がり、剣で一刀――
そう思ったとき。
背中のビッグファングが急に、ズンと重くなった。
何だ?
体を捻って振り向くと――
自分の背に圧し掛かっているビッグファングのその背に、さらに村尾さんが馬乗りになっていた。
「村尾さん!?」
どうするつもりか?
そう問う間もなく、村尾さんは左手でビッグファングの鼻面を背後から掴み、自身の胸の方にグイッと引き寄せた。同時に、口を使って右手の革手袋を脱ぎ捨てて、素手を出す。
え?
何と村尾さんは、わずかに開いたビッグファングの口の中にズブッと、素手の右手を突っ込んだのだ。
そして中で何かを探るようにしてから、右手にグッと力を込めた。
グア――
ビッグファングが妙な唸り声を出す。
村尾さんは手を突っ込んだまま、中で何かを握り締めているようだ。その淡い瞳には、洞窟の奥の地底湖のような、冷たいサファイア色が差している。
まさか。
『素手で、相手の舌を握り締めるんです』
数日前に会話した、『魔力吸収』の発動方法。
グア グア――
ビッグファングは必死に首を振って喘いているが、鼻面と口内を村尾さんの両手に固定されて、振りほどけない。
グルル――
ビッグファングの動きは次第に弱くなり、眼から光が消えていく。
村尾さんの右手は口内から動かない。
最後の1滴まで、MPを吸い尽くすつもりのようだ。
やがてビッグファングはぐったりと動かなくなった。
村尾さんはズルリと右手を抜き取る。
そしてゆっくりとした動作で、ビッグファングの背から降りた。
ドサリ――
ビッグファングは自分の背から地面へ倒れ落ちた。
白目を剥いて、ピクリとも動かない。
シャラン
軽やかな音を響かせて、村尾さんが背中の剣を抜刀した。
ビッグファングにゆっくり近づき、冷たい目で一瞬それを見下ろすと、片手でズブリと、無造作にとどめを刺す。
ビッグファングのHPゲージがスーッと下がり、そして消えた。
その場に立ち尽くす自分。
納刀した村尾さんは、カーゴパンツのポケットからタオルを出すと、右手を丁寧に拭く。
そしてタオルを戻しながら、近づいてきた。
目の前で止まり、心配そうに自分を見上げる。
「大丈夫ですか?」
「うん。ありがとう」
そう答える間もなく、村尾さんは胸の前で両手を組んで、目を閉じる。
魔法『回復』を発動するときの動き。
しかし普段ならゆっくり俯くところ、今日は顔をやや上げて天に向けた。
「――」
すぐにHPが回復した。
ゆっくり目を開けた村尾さんは、何事もなかったような明るい顔で、しかし瞳には冷たいサファイア色を帯びたまま
「安心してください。相良くんのことは、私が守るので」
そう言って、ニッコリ微笑んだ。
いつもの、屈託のない笑顔。
本当にありがとう、助かった、そう答えながら、油断大敵だ、もうこんな危ないことを彼女にさせてはいけない、と肝に銘じる。
そしてもうひとつ、肝に銘じた。
瞳に青みが差したときの彼女は、要注意だ――
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