第19話 この世界で
次の土曜日。
早朝から乗馬クラブを訪れた。
家から電車で通える場所にあるクラブだった。
目的は、体験コースに参加して騎乗の感覚を確認すること。
そしてもうひとつ、予め応募していた、このクラブでのバイトの面接だった。異世界での経験から、できるだけ多く馬の世話をすることが上達の早道だと感じていた。馬の運動として騎乗の機会も得られる。
体験コースは、費用は痛かったが、この世界でも変わらず騎乗できることが分かり、大きな安心になった。
バイトの方は、高校生であることが不安に思われたようだったが、半年くらい馬の牧場でバイトしたことがあること、キャンター騎乗ができることを伝えると、希望通り、土曜・日曜の勤務で採用してもらえた。経験については、多少の脚色とサバ読みが入っていたが……
そしてこのあとは両親の許可だ。
居合道場はやめて、土日は乗馬クラブでバイトしたいこと、それとは別にクラブに入会して、騎乗のレッスンを受けたいこと、これをそのまま両親に伝えた。
乗馬ということに最初はかなり驚かれたが、夏にライセンスを取るまで、という目標を伝えると、意外とすぐ了解してくれた。
費用の方は、居合道場の代わりだからと言って、月謝は親が払ってくれることになった。入会金は貯めていた貯金で、レッスン料はバイト代でなんとかなりそうだった。
翌週からすぐに始める。
目標は、ウエスタン3級のライセンス。
ただ乗れるようになった、というだけではダメだと思った。
あの世界では、まだ不完全だった騎乗。
それをこの世界で完全なものにしたという、はっきりした証が欲しかったのだ。
もう6月の中旬。
時間は無駄にできない。
◇◇◇
それから1カ月ほど経った、ある日。
放課後、いつものコーヒーショップ。
村尾さんとはあれから、朝のアイコンタクトだけの日が続いていた。
乗馬クラブの話はしていなかった。
言い出しにくい理由があり、先延ばしにしていたのだ。1学期の期末テストの時期が来ていて、慌ただしかったのもある。
しかしテストも明けて、夏休みが目前に迫っていた。
このままいくと、彼女とはしばらく顔を合わせることがなくなる。
話しておこう
そう考えて、メッセージで村尾さんを誘って、待ち合わせていた。
対面で会うのは、あの日の、学校の廊下のとき以来だった。
「乗馬クラブ……ですか?」
「うん」
驚く村尾さんに、この1ヵ月のことを打ち明けた。
異世界で鍛えていた騎乗技術が帰還後も生きていること、そしてそれをライセンスという形で、この世界で完成させようと考えていること。
村尾さんは驚いたり、感心したり、詳しく尋ねてきたりと、仕草や表情を豊かに変えながら、話を聞いていた。
そしてひとしきり話を聞いたあと、
「――素敵ですね」
そう言って、カウンター席の窓越しに視線を向けた。
何かに思いを馳せるように。
そしてそのあと、自分に顔を向けて
「それは、あの世界と今とが、ちゃんと繋がるってことですね」
頬を紅潮させて、そう言った。
そうか。
言葉にすると、そういうことになるか。
たったひとつ、騎乗というだけの話でも。
でも、もうひとつ――
「……検定の日はもう決まってて、たぶん、合格できると思う」
「そうなんですね!……相良くん、さすがです」
村尾さんは表情豊かに言う。
信用されているのか、そこは疑うことなく受け入れている。
本当は経験者であったとしても異例の速さなのだが、そこは分からないだろう。
でも、伝えたいのはここからだ。
「……で、もしよかったらその日――来られないかな。クラブに」
村尾さんは、え? と不思議そうな表情になった。
「この日なんだけど」
自分はそう言って、スマートフォンのカレンダーを見せて、8月中旬のある日を指した。
言われるがままにカレンダーを覗いた村尾さんは
「大丈夫、と思います……」
そう言うと、不思議そうな表情のまま、自分を見上げなおす。
「よかった……じゃあ、体験を申し込んでおくから、一緒に乗ろう」
村尾さんは、少し目を見開く。
「あの……遅くなってごめん。約束、やっと守れそうだ」
村尾さんは表情を変えず、不思議そうなまま小さく頷く。
「で、ここからが本当にごめんなんだけど……安全基準というのがあって、この世界では大人の二人乗りはできないみたいなんだ。……何度か、短い時間だけでもって、お願いはしてみたんだけど」
村尾さんは頷く。
「だから、村尾さんが乗って、その馬を自分が引いて、という感じになるんだけど――」
村尾さんは、不思議そうにじっと自分を見つめたまま。
「一人は怖いと思うかもしれないけど、初心者でもインストラクターの人がちゃんと――」
村尾さんの反応がないような気がする。
「あの……村尾さん聞いてる?」
村尾さんは頷くと、
「聞いてます。相良くんが引いて、私が乗る」
「うんそう。……ごめんね。話と違ってて」
村尾さんは、いえ、と首を振った。
そして俯いて、そのまま無言になった。
がっかりさせてしまっただろうか。
やはり。
村尾さんは俯いたまま、
「……どんな格好で行けばいいですか?」
小さい声でそう言う。
普通に動きやすい格好で、と答えると、静かに頷く。
「あの……」
「楽しみです――」
村尾さんは顔を上げる。
よかった。笑顔だ。
「楽しみに、待ってます」
村尾さんは笑顔で、言葉を重ねる。
「あ……うん」
そして
「相良くん。ありがとう――」
目を細めて、少しだけ首を傾けて、そう言った。
いや、そう言ってくれた。
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