第18話 理由
あの世界のことを、いつでも二人で話そう――
そう決めてから。
何度か一緒に下校して、話をした。
2度ほど、休日に二人で会って、ゆっくり話した。
約8ヵ月間、目まぐるしく過ごしたあの世界のこと。
自分にも村尾さんにも、話したいことはたくさんあったし、聞きたいことも同じくらいあった。
一緒に話すことで寂しさに向き合い、それが前を向く力になる。
それは確かにそうだった。
でも。
何か、大事なものがなくなっていた。
今の自分たちが、耳に心地の良い言葉をかけ合って、慰め合っているだけに思えてくる。
こんな、薄い関係じゃなかった。
あの世界では。
二人で会うたびに、失くした何かへの喪失感は増した。
自分はやがて気づいた。
おそらく村尾さんも。
本当に失ったのは、異世界の場所でも時間でも、暮らしでもなかった。
この世界に戻って、普通の高校生として、家族に支えられて生きている自分たち。
ここでは自分には、村尾さんにすべきことが、何もない。
だから村尾さんも、自分に応えるべきことが、何もない。
本当に失ったのは、二人で一緒にいるべき理由、だった。
◇◇◇
あるとき、クラスメイトに聞かれた。
村尾さんと、付き合ってないのか――
付き合ってない、すぐそう答えたとき、改めて思った。
仮に彼女と恋人同士になったとして、それでどうなるのか。
どうもならないだろう。
そんなことで、あの世界での彼女との日々に近付きもしないことを、ただ思い知るだけだ。
それからすぐの、ある日の帰り道。
言葉も少なく並んで歩いているとき、
「……相良くん、寂しそうです」
自分を見ずに、村尾さんがポツリと言った。
「いや――」
「私も」
顔を上げて、言葉を重ねてくる。
「私も、思い出し過ぎちゃうみたいです」
少し離れた方がいい。
自分と村尾さんはこの日から、会わなくなっていた。
◇◇◇
朝のホームルームが始まる前。
教室に入ると、いつもの通り、村尾さんの席に目をやった。
見ると、村尾さんも自分に目線を向けている。
一人でいるときも、クラスメイトと話しているときも、この時間だけは、村尾さんは自分を探す。
目が合うと、少し顔をほころばせる。
これが自分と村尾さんの、おはようのあいさつになっていた。
その日のコミュニケーションはこれだけ、という日がほとんどになっていた。
ただこの日は、見つめてくる時間が長い。何か言いたげな視線だ。
スマートフォンの時計を見ると、まだ少し時間がある。
村尾さんに向けて、左手で後ろの廊下を示すと、彼女が2度頷いた。
そして2階の廊下の突き当り。
窓から自転車置き場が見えるところ。
自分と村尾さんが向かい合った。
「おはよう。……何かあった?」
対面は少し久しぶりだが、あえて普通に話した。
「おはようございます……」
村尾さんは何だか緊張気味だ。
そしてスッと自分を見上げる。
久しぶりに近くで見る、村尾さんの表情。
やはり少し、いや、かなり硬い。
「あの」
「うん」
「……お昼を、一緒に食べられないかな、と。週に一度くらい」
胸がドキリとする。
「え~と、二人で?」
村尾さんは自分を見上げたまま、黙って頷いた。
そして
「その……よかったら私、お弁当作ってきます」
そう言うと、両手を胸で組んだ。
「……」
学校で、一緒にお昼を食べる。
彼女なりに、相手にしてあげられることを考えたのだと感じる。
そして自然に、またコミュニケーションを増やす、そういう意味だと思う。
村尾さんのお弁当は、あの世界ではよく作ってもらっていた。
かなり目立つ気がするし、村尾さんは普段一緒に食べる友人がいるはずだが、そこは、週に一度くらい、が村尾さんなりの苦慮の結果なのだろう。
「それは、すごくうれしい」
そう言ったが、でも、あまり気は進まなかった。
一緒に食事をすることは、あの世界では当たり前だった。
それをこの世界で、ごく部分的に真似るだけになるのでは。
だとするとそれは、余計に喪失感を増すように思えた。
自分以上に、村尾さんが。
自分が少し考えているのを見て
「お弁当は……重いですかね。なら一緒にお昼するだけ、とか」
もう一度自分を見上げて、言葉を重ねてくる。
何とか距離を詰め直そうという、村尾さんの意思が伝わる。
でも。
周囲のことも含めて考えると、村尾さんに無理が大きすぎる。
それに何より、きっと村尾さんは余計に傷つくことになる。
「うん。ありがとう……でも」
村尾さんが、少し目を見開く。
「それは、しない方がいいと思う」
「……」
村尾さんは自分を見つめてから、表情を緩めた。
「そうですよね……」
そう言って小さく笑顔を見せた。
「うん、ちょっとダメでした」
そして、うんうんと、何度か頷いた。
「ごめん、せっかく――」
そう言った自分に重ねるように
「無理言っちゃって、ごめんなさい」
「……」
「あの、私、行きますね」
最後に笑顔を見せると、身を回して、教室へと戻っていく。
小走りで離れていく背中を見ていると、胸が痛んだ。
これでよかったとは思う。
でも彼女は、新しく関係を作り直そうとしていることを感じる。
――自分には、できることは本当にもうないのか?
◇◇◇
家で、父親がテレビを見ていた。
自分もその画面を、なんとなく見ていた。
たぶん戦国時代のドラマの、合戦のシーン。
鎧武士を乗せた馬が、たくさん走っていた。
あれ?
――
そうだ。
乗れる。
自分も馬に乗れる。
なぜか、確信がある。
異世界で得たもの、剣スキルも、レベルもステータスも、今は消滅している。
でも。
自分の両手を、何度か握ってみて、頭の中で確認する。
騎乗技術は、ちゃんとある。大丈夫だ。
この世界に戻ってから、まだ1ヵ月も経っていない。
なら、自分には今すぐ、やるべきことがある。
村尾さんのために、できることがあったのだ。
だって、彼女との約束を、まだ果たしていないのだから。
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