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第16話 登校、下校

 

 合宿休み明けの、火曜日。

 色々考えたが、いつもの時間に登校した。

 クラスがどんな状況か分からず、あまり早く行って喧騒に巻き込まれるのは避けたかった。

 

 しかし、着いた2階の教室は、思ったより静かだった。

 というより、人が少なかった。

 欠席が多いのかもしれない。

 

 教室に入り、周囲を見ないようにしながら、まず自分の席に向かう。

 それでも目が合ったクラスメイトに、何でもないように挨拶を返す。

 そして廊下側の、自分の席に着いた。

 机に鞄を置いて、立ったままゆっくりと、窓際のやや後ろに目をやった。

 村尾さんの席がある場所。

 

 彼女は登校していた。

 前と横をクラスメイトの女子に囲まれる感じで、席についていた。

 

 そしてじっと、窺うようにこちらを見ていた。

 

 偶然じゃないだろう。

 自分が来るのを待っていた、そういう感じだ。

 胸がドキリとした。

 

 軽く会釈をする。

 すると、ハッとした表情で、かすかに会釈を返してきた。

 だが表情は不安そうだ。

 

 左手で自分の後ろを示して、廊下に出ようと、合図した。

 村尾さんは少し目を見開いた。

 そして頷くと、周りにいるクラスメイトに何か言って、立ち上がった。

 少しだけ、周囲から注目された気がするが、今は仕方ないだろう。

 自分は視線を切って、廊下へと出た。

 そのまま、廊下を進む。

 隣の教室を通り過ぎたあたりで振り返ると、村尾さんが追ってくるのが見えた。

 そのまま、廊下の突き当り、窓から自転車置き場が見える場所まで歩いて、彼女を待った。

 人目につかない場所とはとても言えないが、誰にも聞かれずに話すことはできそうだった。

 

 小走りで近づいてくる村尾さん。

 自分の目の前で止まると、握った右手を制服の胸に当てて、自分を見上げた。

 

 「相良くん――」

 

 そう言ったその目には、もう涙が少し浮かんでいた。

 

 「……覚えてるんですね」

 

 あの世界を暮らした彼女であることは、ここにすぐ来てくれた時点で、もう十分わかった。

 

 「うん。……覚えてる」

 

 頷いて、そう答える。

 村尾さんは、そんな自分の応答をしっかり確認するように見てから、

 

 「よかった……」

 

 そう言って、表情を隠すように俯く。

 そして、ポケットからハンカチを出して、軽く交互に目に当てた。

 

 大げさには感じなかった。

 むしろ無理もない、と思った。

 

 あの世界は、自分だけが見た夢だったのではないか――

 おそらく彼女も、自分と同じ不安に苛まれただろう。

 

 「村尾さん、大丈夫?」

 

 そう声をかける。

 

 「はい。……いえ、まだよく分からない、かな」

 

 村尾さんは俯いたまま、

 

 「……でも、よかった」

 

 そしてスッと顔を上げると、

 

 「相良くんが、ちゃんと覚えていてくれて」

 

 少し目が赤いが、今日初めて、彼女らしい明るい表情を見せた。

 自然に言葉が出る。

 

 「自分も、同じだよ」

 

 ここでやっと、不安から解放されたように感じた。

 

 

 そろそろ、少し人目につく感じになってきた。

 ホームルームも始まる時間だ。

 

 放課後、一緒に下校する約束をして、自分と村尾さんは教室に戻った。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 その日の授業は、なんとなく締まりのないものだった。

 欠席が多いこともあったし、教師も生徒も、少しうわの空なところが感じられた。

 休憩時間も、いつもより静かだった。

 たぶんここの全員が経験したはずの異世界転移については、表立って話す人はいないようだった。

 考えてみれば、あの世界で落ち着いた時間を過ごせた人など、多くないだろう。それに自分が認識する限り、自分と村尾さんを除いた全員が、少なくとも一度『死の消滅』を経験している筈だ。

 話したくないだろうし、だから聞きにくくなる。

 自分も特に何も聞かれることなく、この日の時間割は終わった。

 

 

 一緒に下校する約束はしたが、特に何の段取りもできていなかったので、先に教室を出て、廊下で村尾さんを待つ形になった。

 少し待っていると、村尾さんが教室の出口で数人のクラスメイトと別れて、廊下へ出てきた。一瞬自分を探すようにしてから、目線が合うと表情を明るくして、走り寄ってきた。

 残ったクラスメイト達が、こちらをなんとなく見ている。

 まあそうなるだろう。

 不思議な組み合わせの2人の、不自然な動き。

 この先お互い、少し気を付けた方がいい。

 

 とりあえず昇降口までは自分が前を歩き、村尾さんが付いてくる。

 校舎を出てからは、もう開き直って、隣り合って歩いた。

 どこにどう向かえばいいのか、分からなかったからだ。

 自分は村尾さんの帰宅方向を知らない。村尾さんも同じだろう。

 

 校門を出たところでやっと、同じ電車通学で、しかし電車の方向は逆、ということが分かった。

 

 「じゃあ、駅前で、どこかに入って話す?」

 

 「そうですね」

 

 「時間は、大丈夫?」

 

 「はい」

 

 彼女と二人きりになることも、自然に会話することも、この世界ではこれまでほとんどなかったことなのに、不思議と自然でもある。

 

 「門限とかは?」

 

 「あ。ないですよ」

 

 全く知らない、彼女の暮らし。

 しかし、

 

 「確か、4月から塾に通ってたよね。週2で。……それは平気?」

 

 なぜか、よく知っていることがあることに気づく。

 村尾さんは、今日は大丈夫、と言ってから、ふふっと笑った。

 

 「相良くん、なんでそれ、知ってるんですか?」

 

 「村尾さんが言ったんだよ」

 

 あの世界で。

 

 「そうでしたっけ?」

 

 村尾さんはそう言って、いたずらっぽく笑う。

 そして

 

 「相良くんは、第3土曜日が、居合道場、でしたよね」

 

 嬉しそうに言った。

 合っている。

 そもそも、居合を習っているということ自体、この世界では両親と道場の人しか知らないのに。

 

 「詳しいね」

 

 少し笑って言った。

 

 何か習い事はしていた?――

 そんな会話を、あの世界でしたことがあるのだ。

 

 「相良くんが、そう言ってましたから」

 

 村尾さんは、楽しそうに答える。

 かなり気持ちが明るくなったようだ。

 自分にもよく分かる。

 こうやってひとつひとつ、あの世界が本当にあったということが、確かになっていく。

 

 ――でも。

 

 そうなることで、心の中にある、冷たくて重い石のようなものが、顔を出してくる。

 そしてそれは、村尾さんの方にこそ、より冷たく、重いはずだった。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 駅前と言っても、自分にはあまり知っている店はない。

 村尾さんがいいと言うので、チェーンのコーヒーショップに入ることにした。

 やや割高だが、同じ学校の生徒ができるだけ来なさそうな店。

 自分はコーヒー、村尾さんは紅茶を買って、窓側のカウンター席に並んで座った。

 自分の右に村尾さん。

 

 砂糖を入れてかき混ぜながら、口を開いた。

 

 「村尾さんは、コーヒーはあまり飲まないんだっけ」

 

 「はい。外ではいつも紅茶です。家では、ハーブティーも」

 

 柔らかい表情で、村尾さんは言った。

 あの世界では一日に何度も、こうして二人でお茶を飲んでいた。

 そのはずなのに今は、かなり落ち着かない。

 

 

 会話の始まりは、キャンプ合宿から戻ってからの時間のことだった。

 

 「最初はわけが分からなくて。相良くんの連絡先は分からないし……」

 

 自分と同じだった。

 ごめん、と反射的に謝ると、

 

 「あ、いえ、そういう意味じゃないです」

 

 少し慌てたように左手を振って言った。

 

 「でも……聞いておけばよかったと、すごく思いました」

 

 それも自分と同じだ。

 でも、異世界転移が起こる前は、連絡先を交換するような仲ではなかった。

 

 「で、クラスの友達が何人か、メッセージをくれて……それで、そういうことかな、と」

 

 そう言って、紅茶のカップに視線を落とした。

 

 「でも……相良くんに会うまで不安でした。……覚えてなかったら、どうしようって」

 

 そのまま紅茶のカップを見つめている。

 やがて顔を上げると

 

 「だから今朝、廊下に呼んでくれたとき、すごく嬉しかったです」

 

 そう言って、笑顔を見せた。

 少しだけ、作ったような。

 

 「うん。なら、よかった」

 

 そう答える。

 答えながら、これから話すことになる話題に、気持ちは向いていた。

 心は、重かった。

 

 

 

  ※※※

 

 

 



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