第13話-2 夜の会話
◇◇◇
村尾さんが眠るのを見届けて、自分はそっと部屋を出た。
目が冴えてしまったので、キッチン部屋で何か飲んで、少し落ち着こうと。
暗い階段を下りて、暖炉の火でほのかに明るいキッチン部屋に入ると、エミさんが夜着のまま食卓に座っていた。
ひとり、ワインを飲んでいるようだ。
自分を見てエミさんは、お、と少し驚いた様子の後、
「まだ寝てなかったんだ。……ごめん、勝手に飲んでて」
少しばつが悪そうに笑って、静かに言った。
「いえ。……すいません、客間、寒かったですか?」
「いや大丈夫だよ。……ちょっとロウソクが勿体なくて、ここに居座っちゃった。貧乏性だね」
食卓に、火の消された燭台が置いてある。
そして
「フミカは寝たの?」
と続ける。
「はい、眠ってます。自分は、少しお茶飲んでから寝ようかなと」
エミさんはフーンといった表情で、
「……やっぱり、一緒に寝てるんだね」
ニヤリと笑う。
しまった。
聞こえなかったふりをしながら、食卓に置かれたティーポットを傾けて、残っていたお茶を自分のカップに注ぐ。
そのまま立っているのも何なので、カップを持ってエミさんの正面の椅子に座った。
エミさんは気にしていないようにワインを口に運び、ふうっと息をつく。
自分も黙って、冷めたハーブティーを飲んだ。
やがてエミさんが
「……いい家だね。ここ」
ポツリと言う。
「……そうですか?」
エミさんは頷いて、
「最初、家を借りるって聞いたとき、少し心配したんだけどね。……いや、実際、色々大変なんだと思うけど――」
エミさんはワインに口をつけてから
「二人の暮らしが本当に楽しそうで、よかった」
そう言って、静かな笑顔を向けた。
「……」
エミさんはワイン、自分はハーブティーを飲む。
しばらく、暖炉の火を見ながら。
やがて
「でさ……」
エミさんはそう言うと顔を上げて、
「やっぱり、この街を出るの?」
自分を見ると、そう口を開いた。
エミさんには、ある程度の事情を話している。
自分と村尾さんが、別の国からここに迷い込んだこと。他にも同じように迷い込んだ人間が、この国のどこかにいるということ。中には、ここから元の国に帰った人間もいたはずだということ。
自分と村尾さんは、エミさんや親しい冒険者仲間の力も借りて、今日まで情報を探してきた。
しかし、自分たちのような迷い人の話は、全く得られていない。
「……そうですね。そうなると思います」
この街を出るのか、の問いにそう答える。
エミさんは、そう、と言ったあと
「……いつごろ?」
真剣な表情で聞いてくる。
「馬で外乗りができるようになってから……なので、夏になるまでには、と」
本当は、春が来る頃にはもう外乗りは習得できそうだったが、少しあいまいに答えた。
「……意外と、もうすぐなんだね」
エミさんは視線を外して、ワインを口に運んだ。
「フミカは? 連れて行くの?」
「……行くと、村尾さんは言ってます」
自分はそう言ってから、エミさんを見つめた。
たぶん、エミさんの意見を聞きたかったのだ。
正直、迷うところがある。
この街を離れて情報探しの旅に出れば、今のような落ち着いた暮らしはもう無理だ。この世界での旅は、危険も大きい。
彼女をこの街に置いて、自分だけで情報収集の旅に出ることも、選択としてあり得るだろう。街の人たちとの人間関係も、彼女自身の冒険者としての能力も、独力で生活していくのに十分なものになっていると思う。
自分の思いを察したのか、エミさんは話し始めた。
「この街ってさ、この地方では、人がたくさん行き来する場所なんだよね。……討伐エリアが近くにあるから」
自分が頷くのを見て、エミさんは続ける。
「それでも、君たちが知りたい情報が全然ないということは……この辺り、隣の街や、その周辺ぐらいだと、行っても何も得られないかもしれない」
「……そうですね」
エミさんは柔らかく話しているが、たぶん、近辺を回るぐらいだと何も分からないだろうと、そういう意味だ。
「そうなると、もっとずっと遠い所、例えば東の、王都の方とかまで、行く必要があるかもしれない」
王都。
その場所は、何度も地図で見た。
ここから北上して、『西の都』と呼ばれる都市まで行って、そこから東へ遥かに行った先。
「王都は、かなり遠い、ですよね」
エミさんは、私も行ったことはないけど、と前置きして、
「サガラくんが一人で馬で行くとしても、着くのに半月くらいかかると思う」
「……」
「それだけじゃなくて、途中であちこち滞在して、王都にも滞在して情報を集めるわけでしょ。それで何ヵ月になるか」
確かに、そうだ。
「そうなると、何か情報があっても無くても、無事に行って帰ってくるのに……そうだね、3ヵ月とか、かかるかも」
「……そうですね」
想像は何度もしていた。
しかし改めて言葉にされると、その期間の長さを実感する。
この世界に転移してからもうかなりの時間が経っている感覚だが、数えればまだ半年を過ぎたくらいだ。
「だから、もしフミカをここに置いていきたいのなら――」
エミさんが、話の核心に入る。
「まずこれを、ちゃんと納得させないとね。……もちろん、フミカのことは周りが支えると思うよ。何なら私が、ここに一緒に住んだっていいと思う。……でもね」
「……」
「あの子がそれだけの間、君と離れていられるのかな……」
エミさんは、複雑な表情でそう言った。
いつ旅立つか、そしてそのとき村尾さんをどうするのがいいのか。
自分はまだ決め切れないままだ。
◇◇◇
朝、キッチン部屋の食卓。
朝ごはんは、普段と同じ、パンとチーズに、スープ。
ただ、早起きした村尾さんが準備したスープは、昨日の野菜ブイヨンベースで、味わいが深い。
あと、これも昨夜の残りのご飯を使った小さいおにぎりが1個ずつ。
これも村尾さんが握ってくれた。
ほんのり温かいごはんと、ほどよい塩味。
「これ、おいしいよ。……こんな風にもできるんだね」
おにぎりを頬張りながら、エミさんが言う。
「フフ……実は私たちも、久しぶりなんです。……ね?」
村尾さんが自分に話を向ける。
「うん。この味、すごく懐かしくて、おいしい」
味わいはもちろんだが、不思議なものだ。
村尾さんが握ったおにぎりを、この世界で食べることになろうとは。
「……このスープもすごくいいね。羊肉の風味が利いてる」
エミさんは、昨夜の会話の気配もなく、おもてなしを楽しんでくれている。
このあと、昼食まで滞在してくれるらしい。
食後のお茶まで終えた後、
「ちょっとだけ、寝かせて。あの部屋、もっと堪能したくてさ」
エミさんは笑って、客間に下がっていった。
自由そのものだ。
だが、滞在を楽しんでくれているようで、嬉しいものだ。
二人になると自分と村尾さんは、どちらからともなく顔を見合わせて、笑顔を交わした。
エミさんとはこのあと、家の中やサマーキッチン、庭の花壇を案内したり、クッキーでティータイムをとったりして午前を過ごし、その後昼食を終えて、訪問の終わりとなった。
一人で帰れるからと送りを断ったエミさんは、また泊まりに来ると言った後、
「また、ギルドでね」
そう言って、何度か手を振りながら、林の向こうへと帰っていった。
エミさんの姿が見えなくなると、村尾さんが、
「楽しんでもらえて……ましたよね?」
そう言って自分を見上げる。
「うん。たぶん」
そう答えると、村尾さんは安心したような笑顔になって、林の方をしばらく見ていた。
初めての来客。
なんとか無事、おもてなしできたようだ。
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