第12話-3 お土産
◇◇◇
再びキッチン部屋。
エミさんと村尾さん、そして自分も入浴を終えている。
エミさんの前にはワイン、自分たちの前にはりんごジュースのコップ。
「何年前かな……温泉街に旅行に行ったことがあるんだけど――」
入浴の余韻に浸っているのだろう、椅子に背を預けてぼうっと座ってエミさんが言う。
クリーム色の、少しだけ飾りのあるナイトワンピース。
「それより、ずっと心地いいよ。この家のお風呂」
そう言って、ワインを口につけ、ふうっと息をつく。
村尾さんはふふっと笑うと
「気に入ってもらえたなら、よかったです」
満足そうに言う。
こちらはいつもの、白いリネンの、ダホッとした飾り気のないナイトワンピース。
「気に入ったも何も。……石鹸とバームもすごくいいけど、フミカのハーブのケアも、ひっくりするくらい心地よかった。丁寧で」
どうやら村尾さん、いっさい手を抜かなかったようだ。
本人は恥ずかしそうに笑っているが、目の輝きを見れば嬉しいのがすぐ分かる。
そんな村尾さんを、エミさんは少し優しい目で見つめる。
そして、
「さて。じゃあ私のお土産も、そろそろ」
そう言って、椅子から立ち上がった。
うん?
お土産なら、さっきもう貰ったけど……
「私、持っていくから、フミカは部屋行って待ってて」
「え? 今からですか?」
村尾さんはそう言って、一瞬自分を見る。
ん?
何だ?
エミさんは客間の方へ歩き出しながら
「いいもの、見せてあげるよ」
自分に、意味ありげな笑顔を向けた。
二人が消えてしばらく、キッチン部屋で自分ひとり。
二階の村尾さんの部屋で、二人の話し声が続いた。
やがて部屋から出たらしく、会話が急にクリアに聞こえた。
「え~と、これで下りるんですか?」
「そうだよ、サガラくんに見せないと」
「え?……でも……」
階段を下りてくる二人分の足音。
これはこれで新鮮だ。
そしてやがてキッチン部屋に、二人がふわりと現れた。
先を歩くエミさんが自分の前まで来て、止まる。
「どうだい? これ」
そう言って、後ろから付いてきた村尾さんを、紹介でもするかのように、手で示す。
「――!」
村尾さんは、見たことのない装いになっていた。
首元の左右が両肩近くまで開いた、白のブラウス。
ウエスト部分を引き締める、太い革のコルセット。
足首までのフレアスカートは明るさを落とした上品な水色で、裾周りの黄色の刺繍が優雅だ。
そして印象を大きく変えているのが、頭のスカーフだ。
彼女の髪はもともと色味が薄くて幻想的なのだが、後ろ側が白の木綿で包まれたことで、何とも例えようのない、何と言ったらいいか……急に地上に降りてきたというか――
いやもう、語彙が思い浮かばないので言葉を選ばず言ってしまうと、とても可愛らしいのだ。
言葉に詰まる自分。
村尾さんは恥ずかしいのか俯き気味だが、上目遣いにそっと視線を送ってくる。
そんな自分たちの様子を見てエミさんは
「ほら。何か言ってあげないと」
そう自分に急かしてくる。
どうする?
何と言えばいい?
そうしているうちにも、村尾さんの表情が不安げなものに変わっているような気がする。
いや大丈夫だから。
すごく可愛いから。
そう思うと頭が真っ白になって
「……すごく似合ってる……と思う」
……。
ありきたりの感想になってしまった。
しかも、思う、ってなんだよ。
思うって。
「えー」
エミさんが、物足りなさそうな表情。
しかし村尾さんは、ちょっとホッとしたように見えた。
エミさんによると、彼女の10代の頃のお気に入りらしい。
もう着ないので、村尾さんにあげる、ということだった。
「おさがりでごめんね。でも、あんまり着てないから、結構きれいだと思う」
村尾さんは軽く握った右手を胸に当てて、ありがとうございます、と素直にお礼を言った。
たぶん、かなり気に入っているのだろう。
とても似合っているし、それに彼女は、今のところ実用的な服しか持っていないのだ。
少し所在なさげにしていた村尾さんは、右手を胸に当てたままエミさんを向いて
「あの……そろそろ、いいですか?」
照れが限界に来たようだ。
このとき見えた、スカーフを付けた横顔に、またドキリとする。
そう? と言って、エミさんは村尾さんを連れるようにキッチン部屋から出ていく。
村尾さんは後を追って付いていく。
一瞬だけ自分を振り向いて、ニコッと、少し不器用な笑顔を見せた。
ん?
あわてて笑い返しながら、なぜか少しだけホッとした。
やがて二人の姿は見えなくなったが、階段を上がりながら
あと、あれも着て見せてよ。あの、元の国の制服――
え?……え~と……いいですけど――
そんな会話が聞こえた。
エミさんに制服も見せるのか。
やがて二人は部屋に入ったようだ。
静かになる。
ふーっ。
少し落ち着こう。
……それにしても。
びっくりしたな。
色々と。
「あの。これは別に相良くんに見せなくても!」
「だって、ずっと見せてないんでしょ?」
「いえ、ずっと着てないって言っただけで……」
突然そんな声が二階から聞こえてきた。
え?
制服姿も見せに来るの?
やがて二人はまたキッチン部屋に現れた。
村尾さんは、紺のブレザーに膝上丈のスカート。
首元のリボンとスカートはお揃いで、白が多めのチェック柄。
膝下の足は黒のストッキングが覆っている。
元の世界では毎日見ていた、制服姿。
しかし村尾さんは、むしろ先刻より恥ずかしそうに俯いている。
スカートの裾を両手でしきりに下に引いている。
あの……
そんな風にされると、こっちも照れるんだけど。
「いや。すごく可愛いよね。これ」
エミさんは感心したように言って、村尾さんの制服姿に見入っている。
この世界の人には、かなり印象的なフォルムだろう。
自分でさえ異世界の服装に慣れた目で見ると、特異な装いに感じる。
でも――
何だろう。
「……」
エミさんに眺められて照れている、目の前の彼女の制服姿を見ていると、少しずつ、感覚が引き戻されていくようだ。
宿屋で暮らし始めた日の、彼女の姿。
それ以前、学校で毎日あいさつを交わしていた頃の、彼女の姿。
そして、保健室に付き添ってくれたときの、彼女の姿。
――本来の日常の、彼女の姿。
気がつくと、
「うん。やっぱりよく似合うね。それ」
自然に、そんな言葉が出た。
村尾さんは不思議そうな顔をしたが、やがて落ち着いたように
「……そうかな」
そう言って、両腕を軽く開いて、自分で制服を見渡すようにした。
目の前の光景から感じる空気。
懐かしさに似ているが、スッと落ち着く感じが強い。
少し、胸が切なくなった。
迷っている場合ではない――
そう自分に伝えてきているような気がした。
「ごめんね。ちょっと……いたずらが過ぎかな」
空気が変わったのを感じたらしいエミさんが、そう言って村尾さんを二階へと促す。
二人はまた連れ立って、キッチン部屋を出て行った。
自分は、次はいつ見ることになるか分からない、制服の後ろ姿を目で追った。
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