第12話 来客の日
「男女で布団の貸し借りは、あまりよくないと思います」
村尾さんが、そう言った。
「そう……なの?」
普段は使わない、1階奥の客間。
今日はこの部屋に、初めての来客がある予定だ。
冒険者ギルドのエミさんが、泊まりがけで遊びに来ることになっているのだ。
部屋を清掃して家の中も整えて、受け入れ態勢も万端かと思われたところで発生した、布団問題。
客間にはベッドはあるが、布団がない。
自分は、自分の布団を客間に運んでエミさんに貸し、自分は宿屋時代に使っていた、野宿用のウールのブランケットで一晩凌げばいい、くらいに思っていた。
紺のワンピースにエプロン姿の村尾さんは、両腰に手を当てて、
「よくないです」
改めてそう言って、自分を見上げた。
そうなのだろうか。
しかし。
言われてみると、男である自分の布団をエミさんに使わせるのは、何だか失礼な気もしてきた。
「私の布団を貸します」
当然、そうなるだろう。
それはいいとして、なら村尾さんはどうするのか、となる。
「私は、あのブランケットを使わせてください」
宿屋時代に使っていた、野宿用のブランケット。
いや……それは無理じゃないかな。
「村尾さんには寒いと思うよ。自分が宿で使っていた頃は、まだ夏だったし」
火の気のない私室は、朝晩はもうかなり冷えるのだ。
しかし、これに村尾さんが反応する。
「それなら、相良くんだって同じです」
しまった。
余計なことを言ったか。
「いや、自分は……その、慣れてるし、着込んで潜れば、一晩くらい」
「宿のときは相良くんが我慢したんだから、今日くらいは私が」
そして
「着込んで、潜ります」
そう続けた。
それはまあ、理屈はそうなのだが。
正直に言うと、村尾さんが寒さでふるえて寝てるかと思うと、気になって眠れる気がしないのだ。
「あの。嫌じゃなければだけど……自分の布団、使わない? 村尾さん、あれに慣れてないだろうし」
「え? でも……」
少し戸惑ったような仕草。
しまった。
これも村尾さんの常識に反する、男女の布団の貸し借りになるのか。
ちょっと悩んだ様子だった村尾さんは、視線を上げて
「あの……なら、交代にしませんか? 途中で代わることにして」
あれ?
気にしてるのはそっちか。
公平に行こうと。
でも……交代って、どうやって?
「今晩だけ、相良くんのお部屋で寝かせてもらって」
「……」
なるほど。
あのウールのブランケットは、ベッドが1つしかなかった宿屋時代に、自分が床で使うために買ったものだ。
今日も同じように、同じ部屋で使う、と。
で、いい時間でベッドとブランケットを入れ替わる、と。
……。
何だか、ちょっと緊張する光景だ。
しかし宿屋時代は同室で寝泊まりしていたわけだから、今さらといえば今さらな気もする。
村尾さんも折れそうにないし、そういうことで手を打つか。
そして何だかんだで、村尾さんをベッドに入れて眠らせてしまえばいいだろう。
「分かった。村尾さんがいいなら」
自分がそう言うと
「はい!」
村尾さんは満足そうに答えた。
このあと、2階の村尾さんの部屋の布団を、二人で1階の客間に運んで、ベッドに設置。
来客を迎える態勢が整った。
◇◇◇
態勢は整ったと言っても、中身はまだまだだ。
来客に備えたお菓子とお茶の準備、入浴用のお湯の用意、そして夕食の仕込みと、休む暇もない。
「相良くん、お湯が足りないです」
冬を迎えるにあたり、台所は離れのサマーキッチンから、このキッチン部屋へ移している。その暖炉はサマーキッチンより大きいのだが、それでも今は大小の鍋でいっぱいになってしまっている。
「わかった」
緊急ということで、既に閉じているサマーキッチンの暖炉へ、もう一度火を入れることになった。
こうして、忙しくも賑やかに午後は過ぎてゆき、
「……うん。何とか大丈夫と思います」
エプロン姿の村尾さんが両腰に手を当てて頷いたとき、ちょうどエミさんを迎えに行く時間になっていた。
まだ手が離せない村尾さんを残して、自分がエミさんを迎えに行く。街のゲートで待ち合わせだ。
ゲートに着くと、エミさんはもう待っていた。
生成り色のブラウスに、ノースリーブのつなぎになっている茶のジャンパースカート。茶色系の髪によく合う上品な装いだ。上体に纏うオフホワイトのストールが暖かそうで、これも品がいい。
普段の、ギルドの固い制服姿とは見違えるようだった。
「わざわざごめんねー」
自分を見つけたエミさんが手を上げて言う。
「いえ。すいません、遅くなりました」
そう言いながら、やけに大きいエミさんの荷物を受け取る。
並んで街道を歩き始めると
「どう? お姉さんもフミカに負けてないでしょ?」
体を少し捻りながらそう言って、ちょっと妖しげな笑顔を見せた。
答えに困っていると
「ん? ん?」
と感想を強要してくる。
困るんだよなぁ。
こういうところ。
初めてこの道を歩くというエミさんに色々と説明しながら、夕暮れの林を抜けて、やがて家に着いた。
いつもは使わない正面玄関から、屋内へ案内する。
重い扉を開くと、すぐに村尾さんが現れた。
「エミさん、いらっしゃい!」
濃いグレーのワンピースに、キャンバス地のベージュのエプロン。
仲のいいエミさんが来てくれて嬉しいのだろう。
瞳がキラキラ輝いている。
「お招きありがとうございます。今日はお世話になります」
エミさんは丁寧に自分たちに挨拶すると、すぐ村尾さんに見入るような視線を送った。
「いやー。部屋着もすごく可愛いねー」
そう言って村尾さんの全身を眺めている。
村尾さんは両手を後ろに組んで、ふふっと笑いながら
「エミさんも今日のその服、素敵です」
そう答える。
「そう? ありがとう。……サガラくん、何にも言ってくれないからさぁ」
エミさんが自分に目線も向けずに言う。
「相良くんは、そういうことは言わないですよ」
「ふーん。……サガラくんのこと、よく分かってるんだね」
「え? いえ、それは……もうだいぶ一緒にいますし……」
玄関で、いつ終わるとも知れないやり取り。
しかも危険な香りもしてきたので、
「エミさんあの、中へどうぞ」
この辺で割り込んで、エミさんを奥へと案内する。
エミさんは自分について廊下を歩きながら、へぇーなどと言って家の中を見回している。こっちがキッチンなんだね、ここは食堂? 2階も広いの? などと村尾さんに聞いている。
そして客間の前まで来て、扉を開けた。
村尾さんが、持ってきたロウソクと燭台で中を照らす。
「ここを使ってください」
そう言って、壁際にエミさんの荷物を置いた。
初めてお客を迎える客間。
清掃もベッドメイクも、万全にしたつもりだ。
「お部屋、すごくいいね。……いるだけでも楽しそう」
そう言って、感心したように客間を見渡している。
不思議と、それがとても嬉しく感じた。
村尾さんに目を向けると、自分を見て満足そうに頷いたので、同じなのだろう。
「少しお休みします? お茶持ってきますね」
村尾さんが言う。
「ありがとう。いや、そっちに行くからいいよ」
エミさんはそう言って、たぶんお土産なのだろう、カバンから何か取り出している。
そしていったん客間は閉じて、3人でキッチン部屋へ向かった。
◇◇◇
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