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第11話 MP補給

 

 討伐エリアの、深い森。

 目の前に迫ってくる、4メートルの青黒い巨体。

 

 自分と村尾さんは、ブルーベアに遭遇していた。

 

 今日の目標ミッションは、『ブルーベアの討伐』。

 つまりこの遭遇は、狙い通りのものだ。

 

 

 「下がって」

 

 「はい」

 

 村尾さんは自分から3メートルほど下がる。

 自分は敢えて、ブルーベアの視界の真ん中の位置に構える。

 

 ブルーベアの視線が自分にフォーカスした。

 すぐに丸太のような右腕を振り上げる。

 

 グオォォ!――

 

 雄叫びを上げて、その腕を自分に向かって振り下ろしてきた。

 

 予想通りだ。

 これをかわして『ダブル・スマッシュ』で――

 

 いつもの攻撃パターンに入ろうとしたとき。

 ステップする足が、小径の草に取られた。

 

 「あ――」

 

 よろめいてしまった。

 

 うわ

 かわせない――

 

 とっさに剣を抜いて、向かってくるブルーベアの右腕を斬り飛ばしにいく。

 

 バシッ――

 

 下段からの斬り上げで、右手を斬り飛ばした。

 しかし狙いが粗く、斬り飛ばせたのは手首から先の部分だけだった。

 

 ドカッ――

 

 手を失いながら、ブルーベアの腕が、自分の首の付け根に激突した。

 

 1メートル半ほど吹き飛ばされた。

 激痛が走る。

 衝撃で、視界が回る。

 HPは3分の1ほどが消失した。

 

 しかし、何とか倒れず踏ん張る。

 痛みに耐えて、態勢を立て直す。

 

 

 そのとき。

 フッと痛みが和らぎ、体が軽くなった。

 HPも少しずつ回復を始めている。

 

 「――」

 

 振り向くと村尾さんが、片ひざをついて屈み、両手を胸の前で組んで目を閉じていた。

 

 魔法『回復』を連続使用しているようだ。

 

 ありがたい

 でも、急がないと――

 

 軽くなった体で、右手を失って動きが鈍いブルーベアに逆襲する。

 そしてこのあとは難なく、標的の討伐に成功した。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 自分は村尾さんの手を引いて、途の脇の草むらへと入った。

 そして村尾さんを、奥にあった大きな樹の前に立たせて、自分がその前に、彼女を隠すように立った。

 

 樹を背にした村尾さんは、左手の革手袋を外すと、

 

 「……お願いします」

 

 そう言いながら、左手をスッと胸の前に上げた。

 軽く開いた手のひらを、自分に向ける。

 

 「ちょっと待って」

 

 自分も右手の革手袋を外す。

 そして

 

 「……握るよ」

 

 「はい」

 

 彼女の左手を、素手になった右手でゆっくりと掴んだ。

 そのまま、慎重に指を絡めていく。

 指が絡み合うと、村尾さんが一瞬、う……と小さく反応した。

 

 ここでお互い視線を外し、それぞれのステータス画面に目線を移す。

 

 MPのゲージが少しずつ、下がっていく。

 彼女の方では、逆のことが起きているはずだ。

 

 徐々に強く、やがてがっちりと握り合う。

 

 「ん!――」

 

 村尾さんは一瞬目を閉じて、強い流入の衝撃に耐える。

 

 「大丈夫?」

 

 「……はい」

 

 目を開いて、

 

 「……大丈夫です。続けてください」

 

 そう言った。

 お互い視線を外したまま、しばらくじっと握り合う。

 

 自分から彼女への、MPの供給。

 おそらくこのまま、30秒間くらいだろう。

 

 だいぶ慣れてきたが、何倍にも、ひょっとすると10倍くらいにも長く感じられる、30秒間だ。

 

 そしてこうしている時間、いつも思い出す場面があった。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 半年以上前の、まだ初夏の頃。

 

 宿の部屋の、あとはもう眠るだけという、夜。

 

 すでに着替えて、二人とも就寝の態勢だった。

 村尾さんはパジャマ代わりになっている、えんじ色の学校ジャージ姿。布団に入るときはいつも素足のようだが、今はまだ、この世界で購入した亜麻の靴下をつけている。

 

 「え~と、実験?」

 

 自分が村尾さんに聞き返す。

 

 「はい」

 

 「今から?」

 

 「あの……疲れてますか? ……なら無理には」

 

 「いや、そんなことはないけど」

 

 MP補給の実験をしたい――

 

 村尾さんがそう言い出したのだ。

 

 

 

 討伐エリアで行動するとき、村尾さんの持つ『回復』は、HPを回復させて危険を回避できる重要な能力だ。


 当然、無尽蔵に使えるわけではない。

 MPがある限り、となる。

 加えて、MPの減少に伴い、術者は体調が悪化していく。

 乱用は禁物だ。

 

 一方でMPには、自然回復のほか、急速に補給する手段がある。

 どの程度の量が、どのくらいの速さで補給できるのか。

 それが分かれば、貴重な『回復』を

 

 どのくらい使っていいのか、分かるようになります――

 

 そう彼女が言ったのだった。

 

 

 

 あとは眠るだけだし、そんなに時間がかかる作業でもないだろう。

 実は以前から、確認しておきたいと、そう言われてもいた。

 

 「わかった。なら、やってみようか」

 

 「はい。お願いします」

 

 村尾さんは明るく頷いた。

 

 

 「で、じゃあ……どうしようか」

 

 MPを補給する方法はいくつかあるようなのだが、選択肢は実質、

 

 手の接触

 

 だけだ。

 これ以外の方法は、自分と村尾さんには到底できないものばかりだった。

 

 さて、と部屋を見回す。

 

 部屋の中は、村尾さんが使うベッドが1つ。

 床には自分が使う、野宿用のウールのブランケットが敷いてある。

 あとはテーブルと椅子が一組。

 

 どういう態勢で取り掛かるか。

 思案していると、

 

 「ベッドでしましょう」

 

 村尾さんはそう言って、ベッドにギシと腰掛けた。

 そして彼女の左側を、手で軽く叩く。

 ここに座れということだろう。

 

 ……

 

 改まると、かなり緊張するものだ。

 しかし不自然になれば、却って村尾さんを困らせるだろう。

 

 スイッとベッドに近づき、何事もないように、村尾さんの隣にトンと腰掛けた。

 

 じゃあ、手を……と右の村尾さんを見ると

 

 あれ?

 なんか、硬くなってない?

 

 俯き気味の姿勢で固まっている。

 両手は握って、膝の上に置いたまま。

 

 「え~と……」

 

 ハッとしたように村尾さんが

 

 「ご、ごめんなさい。……改まると、緊張しちゃいますね。フフ」

 

 強張った笑顔でそう言った。

 

 「……そうだね」

 

 「そうですね。……フフ」

 

 村尾さんは、強張った笑顔が固定されている。

 自分は何の動きもなく、ただ腰掛けているだけ。

 

 ……。

 

 え~と。

 どうなっちゃうの?

 これ。

 

 

 「お、お茶でも飲みましょうか? まだ残ってましたし」

 

 村尾さんは急にそう言うと、自分の返事も待たずに立ち上がって、お茶の用意を始めてしまった。

 

 パジャマ代わりのジャージ姿で立ち働く姿は、それはそれで魅力的だが、今どういう状況になっているのか、正直全然分からない。

 

 「手伝うよ」

 

 反射的に、作業を手伝ってしまった。

 あっという間に、ベッド前に移動されたテーブルの上に、お茶の準備ができてしまった。

 

 ふたりで、カップを持って、お茶をすする。

 ほどよく冷めて、飲みやすくなったハーブティー。

 

 「……おいしいですね」

 

 「うん。ホントに」

 

 おいしいのは事実だ。

 あまり味はしないが。

 

 「……」

 

 「……」

 

 隣り合ってベッドに座り、無言で、速いピッチでお茶を飲み続ける、自分と村尾さん。

 謎の時間が経過していく。

 

 やがて、

 

 「早くしないと、遅くなっちゃいますね」

 

 何やら決然とした表情になった村尾さんは、両手でクイッと飲んでカップを空にして、コトリとテーブルに置いた。

 あわてて自分も、まだお茶が少し残るカップを置く。

 

 村尾さんは座ったまま、ふーっと息を吐いた。

 そして少しジャージを直すようにしてから、

 

 「じゃあその……お願いします」

 

 そう言うと、左手をベッドに下ろし、控えめにスッと、自分の方に近づけた。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 隣り合ってベッドに座る、自分と村尾さん。

 自分の右側に、村尾さんの左手が置かれている。

 

 えんじ色の学校ジャージの袖から延びる、白くて華奢な手。

 

 いや。触れたことはある。

 というか、討伐エリアでは手を引くこともよくある。

 

 しかし、こういう平時に触れることには、何とも言えない罪悪感がある。

 いやそもそも、今のこの状況、これは平時なのだろうか。

 そうかと言ってここで、いいの?などと確認を入れるのは相当な悪手だろう。

 

 彼女が手を差し出しているのだ。

 

 「じゃあ……」

 

 右手を動かして、ゆっくり村尾さんの手に近づける。

 そして。

 自分の右手が、彼女の左手の甲に触れたとき――

 

 「キャッ!」

 

 村尾さんはビクッと身を固めて、聞いたことのない声を出した。

 

 「あ!ごめん!」

 

 びっくりして手を引く。

 村尾さんは慌てたように一瞬、右手で口を塞いだ。

 そしてサッと自分の顔を見る。

 顔が真っ赤だ。

 

 「いえ!違うんです! ごめんなさい、変な声出して」

 

 「あ……うん。え~と……」

 

 「なんか緊張しちゃって……」

 

 村尾さんは真っ赤な顔のまま、もう一度、ふうっと息を吐いた。

 

 「大丈夫です……続けてください」

 

 そう言って、前を向いて目を閉じた。

 

 もうやめた方がいいのでは、とも思ったが、気まずい記憶になるのもよくないだろう。

 

 「……じゃあ」

 

 そう言ってもう一度、ベッドの上の彼女の左手に、自分の右手を重ねていく。

 彼女の手の甲に、かすかに触れた。

 村尾さんは一瞬、ビクと身を固くしたが、動かずに沈黙している。

 

 そのまま軽く、手を握った。

 

 「ん……」

 

 村尾さんが小さく声を出した。

 顔を少し逸らす。

 拳にした右手を、口元に当てた。

 ときおり、少し音の混じった息遣いが聞こえる。

 

 小さくて、少し冷たい彼女の手を、しばらく握る。

 たぶん数秒間だろうが、とても長く感じる数秒間の後、

 

 「どう?」

 

 そう聞いてみる。

 ちなみに自分のステータス画面では、MPの変動は無いように見える。

 

 村尾さんは顔を向こうに向けたまま、小声で

 

 「あ。はい……あの、ドキドキ、します……」

 

 そう言った。

 

 ん?

 

 「そうだね。……それで、MPは?」

 

 村尾さんはハッとしたような仕草のあと、あたふたとステータス画面に視線を合わせる。

 

 「動いて……ないみたいです」

 

 そう言った。

 普通に手を繋ぐぐらいだと、目に見えるMP移動は起こらない。

 先輩冒険者から聞いていた話とも、一致する結果だった。

 

 「そうか。やっぱり」

 

 納得して、そう言ったとき。

 

 「相良くん……」

 

 村尾さんが小さく声を出した。

 

 「ん? あ、ごめん」

 

 手を握ったままだったことに気づいて、あわてて放した。

 

 しかし村尾さんは、手を置いたままだ。

 そして、ベッドに置いた左手を支えのようにして、少し身を寄せてくる。

 若草色を含んだ淡い瞳が、揺れながら自分を見つめた。

 

 「あの……」

 

 ためらいがちに、口を開く彼女。

 

 自分はその瞳に魅入られたように、ただ見つめるだけしかできない。

 

 村尾さんが、言葉をつなぐ。

 

 「……MPを減らしておくのを……忘れてました」

 

 「……」

 

 「……」

 

 「え~と、満タンだった、とか?」

 

 彼女はまた俯いて、真っ赤な顔でゆっくりと頷いた。

 

 

 

 この日の実験は、ここまでにしておいた。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 相良くん――

 

 気のせいか、村尾さんの声がする。

 

 「相良くん」

 

 いや、気のせいじゃない。

 フッと意識を戻した。

 

 目の前に、少しだけ顔を赤くした村尾さん。

 自分と彼女は、大樹の前で、向かい合って立っていた。

 

 手を強く握り合っている。

 

 そうだ。

 MP補給の最中だった。

 

 「どうしたんです? 何だか、すごく楽しそうですけど」

 

 村尾さんは、やや問い質すような表情で言った。

 しまった。

 

 「いや……え~と……」

 

 言い淀んでいると

 

 「また、あれ、思い出してたんでしょ」

 

 図星だ。

 

 もう忘れてください――

 何度もそう言われている思い出だ。

 

 でも、絶対無理だ。

 村尾さんだって、そうだろう。

 

 「――」

 

 自分は何も言わず、目を逸らした。

 それを見た村尾さんは

 

 「やっぱり……」

 

 そう言って、少し怒った表情で自分を見上げる。

 顔が赤いのは、怒っているからか、照れているからか。

 

 やがて村尾さんは、ふんっ、とでも言いたげに視線を外すと――

 

 「うわっ」

 

 急にグッと、力いっぱい握られた。

 村尾さんは、驚く自分の様子をじっと横目で見ている。

 そしてやがて、クスクスッと、いたずらっぽく笑った。

 

 ステータス画面を見ると、MPの動きは止まっていた。

 

 

 村尾さん、もうMP、満タンになってるよね?

 

 

 

  ※※※

 

 

 


 お読み頂きありがとうございました。

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