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第10話-3 おこげの香り



 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 やがて、米を火にかける時間になった。

 暖炉の前で屈んで、薪を動かして火勢を整える村尾さん。

 立ち上がるとミトンをはめて、1回目、先発の1合が入れられた鉄鍋を掴んだ。

 

 村尾さんの頼みは、お菓子作りで使い慣れたこの鉄鍋、ダッチオーブンだ。

 底部が三脚になっていて、火の上に直に置ける。

 

 「いきます」

 

 村尾さんは緊張した表情で言うと、鉄鍋を暖炉に入れる。

 慎重に位置決めしている。

 火が強くなく、しかししっかり加熱される場所がいいらしい。

 位置決めすると立ち上がって、少し暖炉から離れた。

 

 腕を組んで様子を見ている。

 

 「たぶん、10分くらいで沸騰すると思います」

 

 村尾さんの計画では、沸騰したら火のない周辺部へ移動して5分、その後一瞬だけ強火を当ててすぐ暖炉から出し、15分待機する、らしい。

 分刻みの工程だ。

 しかし、時計類は一切ない。

 

 最後の「15分待機」は少しでも正確にしたい、という村尾さんの意向で、彼女オリジナルの裏技、「決まった距離を一定速度で歩く」を使うことになった。

 家から街道まで、自分の足で推定で7~8分。

 自分が行って帰ってくると、およそ15分、という作戦だ。

 

 やがて、鉄鍋の蓋の隙間から蒸気が上がりだした。

 沸騰したサインだ。

 村尾さんは鉄鍋を暖炉の端、わずかに熱が当たるであろう場所に置き直す。

 

 「ご飯を炊いた匂い、してきてるよ」

 

 自分は、少し感動して言った。

 村尾さんも頷いたが、

 

 「ちょっと、焦げが強いかも」

 

 そう言って厳しい表情を崩さない。

 鉄鍋の傍に屈んで、じっと見つめている。匂いを確認しているのかもしれない。

 やがて、取っ手をガツと掴んで鉄鍋を持ち上げ、暖炉の中央で炙るようにして、すぐに

 

 「相良くん、お願いします」

 

 そう言って、鉄鍋を暖炉から出し、食卓に上げた。

 

 「分かった!」

 

 自分はすぐ、サマーキッチンを出る。

 街道まで行って帰ってくる、約15分の道のりへ向かった。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 サマーキッチンへ戻ってきた。

 しゃぶしゃぶ用の大鍋にブイヨンを仕込んでいた村尾さんは、

 

 「ありがとうございました。助かります」

 

 そう言って暖炉から離れ、木ベラを手に、食卓に置かれた鉄鍋の前に立つ。

 ゆっくりと蓋を開ける。

 ボワッと湯気が立ち、中を覗くと、白飯が炊き上がっていた。

 

 「すごい。ご飯できてる……」

 

 自然と口から出た。

 村尾さんは小さく笑って、すぐ真顔に戻ると、鍋の中を木ベラでかき混ぜる。

 確かに、おこげが多めだ。

 

 村尾さんは愛用の箸でご飯を一口分だけ掬い、何度か吹いて冷ましてから、口に入れた。

 確認するように噛む。

 

 「……芯がありますね」

 

 表情が曇る。

 

 すぐに箸でご飯をもう一口掬い、丁寧に吹いて冷ましてから、左手を下に添えつつ、スッと出してきた。

 自分の目の前に。

 動作を見て予感はしていたが、来てしまったか。

 これ。

 

 今は感慨はあとだ。

 パクッと行く。

 

 知ってるお米とは違って細い形状だが、ご飯の味だ。それは間違いない。

 しかし、確かにはっきりと芯がある。

 おいしくないわけではないが、この芯のせいで、食感は別のものになっている。

 

 「どうでしょうか」

 

 「結構おいしい。……でも、ご飯ではない、かな」

 

 「ですよね……」

 

 村尾さんは少し考えてから

 

 「追い炊きしてみましょう。……おこげが増えてしまうと思うけど」

 

 「うん。いいと思う」

 

 彼女がそう言うのであれば、是非もない。

 村尾さんはカップに少し水を入れ、しばらくその分量を調整して

 

 「このくらいで……いってみます」

 

 そう言ってカップの水を、鉄鍋の内壁に伝わせるように投入した。

 たぶんもう、アドリブだろう。

 何とかうまくいってほしい。

 

 再びミトンをはめた村尾さんは、鉄鍋を暖炉の中心部分で少し炙ってから、直火がない端の方に据える。

 そして自分を見て言った。

 

 「すいません。お願いします」

 

 「何分?」

 

 「10分で」

 

 「分かった」

 

 そう答えて、自分はサマーキッチンを出た。

 

 

 そして、自分の歩測による10分が経った後。

 追い炊き後の試食だ。

 

 おこげがさらに目立つ鉄鍋から、村尾さんがまず試食した。

 

 「あ……」

 

 今度は表情が少し明るい。

 そして、自分はまた、村尾さんの手から頂いた。

 

 「……うん」

 

 追い炊き前とは、かなり変わっている。

 芯は消えてはいないが、あまり気にならなくなった。

 

 「かなりいいんじゃない? これ」

 

 懐かしい、ご飯を食べている気分になる。

 

 「ですよね?……よかった」

 

 村尾さんはホッとした表情で言った。

 そして鉄鍋の中を覗いて、

 

 「このくらいですね。これ以上は、おこげだらけになりますし」

 

 表情が柔らかい。

 よかった……

 頑張りが形になって。

 

 「おこげも、食べてみます?」

 

 不安から解放された感じの村尾さん。

 楽しそうにそう言って、おこげの部分を箸で掴むと、左手を添えて自分の前に出した。

 自分はもうよく分からず、反射的に食いつく。

 

 「うん。おいしい」

 

 香ばしいおこげご飯を味わいながら、いたずらっぽく笑う村尾さんを見て、なんかもうこれでいいなと、そう思ってしまった。

 

 

 このあと、手順を見直して炊いた2合目のお米は、追い炊きすることなく白飯に仕上がり、二つは鉄鍋の中で混ぜ合わされて、2合分の白飯になった。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 夕食が終わったサマーキッチンの食卓。

 

 野菜が煮られていた大鍋の中は、今は残り湯だけ。

 ご飯が盛られた陶器のお椀も、おかわり分を残した鉄鍋も、薄切り肉を盛った平皿にも、今は何も残っていない。

 

 村尾さんと二人、食卓で向かい合って、食後のお茶を飲んでいる。

 

 「一瞬だったね。作るまでは大変だったけど」

 

 村尾さんは、はい、と頷いて、

  

 「……でも、ちょっと食べ過ぎました」

 

 先ほどから何度も、ふぅと呼吸している。

 そして

 

 「びっくりなくらい、止まりませんでした」

 

 少し目を見開いて言う。

 

 「たぶんあのポン酢だよね。肉につけて食べると、そのあとのご飯がすごいことになった」

 

 「そうなんですよ! たぶん、肉が薄切りだったのも大きいと思います」

 

 「ああ、そうか。……だからポン酢が」

 

 村尾さんは頷いて、

 

 「買ったお米、2合でよかったです」

 

 真面目な顔で言う。

 

 「ん?」

 

 「もし多めに買ってたら、私、また炊いてたと思います」

 

 「そんなに!」

 

 二人で顔を見合わせて笑う。

 街道まで歩くのがうまくなりそうだとか、私太っちゃいますねとか、軽口が続く。

 

 村尾さんは、お茶を一口飲んで、

 

 「また作れるといいですね、これ」

 

 そう言ったあと、

 

 「ご飯は、もう大丈夫です」

 

 そう続けて、両手を胸の前で軽く握る。

 身に付いた自信があるようだ。

 

 「うん。またやろう」

 

 そして続ける。

 

 「……まあ、しょっちゅうは無理だけど、何かのお祝いのとき、とか?」

 

 「あ。いいですね」

 

 村尾さんはそう言って

 

 「まず、何を祝います?」

 

 「……」

 

 村尾さん、意味分かってるかな……

 

 

 いつもより少しだけ賑やかなサマーキッチン。

 もう少しで、ここは閉じることになるだろう。

 

 そろそろ、キッチン部屋の暖炉に火を入れる頃だ。

 

 

 

  ※※※

 

 

 


 お読み頂きありがとうございました。

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