第10話-2 やるなら今
◇◇◇
サマーキッチンからキッチン部屋に戻ってきている。
口直しに、と村尾さんが用意したハーブティーを飲みながら、買い物が必要なものを話し合う。
「まずは肉、だよね。……あとは?」
「玉ねぎとニンジンはあるので、何か青いもの……今ならたぶん、カブの葉がいいと思います」
さすが村尾さんだ。野菜の店もよく観察している。
そして、これは言ってはいけないかなと思いながらも
「あと……ホントは、ご飯があると完璧だったんだけどね」
そう言って苦笑いした。
「……」
村尾さんの表情が複雑なものに変わった。
あれ。
やっぱりダメだった? これ。
しかし村尾さんは少し言いづらそうにしてから
「あの……できるかもしれないです」
そう言った。
え?
ご飯が?
「できるの?」
「はい。たぶん、ですけど」
「ホントに?」
村尾さんは一度視線を外して考えてから
「相良くんも、食べてますよ。宿で」
「宿で?」
宿屋時代に、食事に付いていたということか。
全く覚えがない。
「お料理に、パラパラしてて、バターの味がするおかず、ときどき付いてましたよね?」
「え~と……」
思い出してみる。
……ああ、あれか。
「あの、パスタをこま切れにしたみたいなやつ、かな」
村尾さんは頷いて
「あれ、バターライスです」
そう言った。
「あれ、お米だったの?」
「そうです。……そもそも、この世界にパスタはないですよ」
「……言われてみれば……」
全く迂闊だった。
知らずにお米を食べていたとは。
「ただ……」
村尾さんが少し言い淀む。
「薬屋に置いてあるの見たんですけど……」
視線を上げ、自分を正面から見た。
「ご飯にしようとすると、ものすごく高いと思います」
「……そうなの?」
村尾さんが深刻そうに頷く。
「1合くらい買うと、元の世界ならお米10キロ買えるくらい、かな」
「……それは相当だね」
具体的な価格は、実はよく知らない。
しかし体積比を考えると、べらぼうな価格である想像はつく。
そして、だから今まで、ご飯に挑戦、とはいかなかったのだと分かった。
「それに、日本のお米と違うし、コンロもないし、私にうまく炊けるかどうか……」
村尾さんはそう言ったあと、元の世界で、土鍋でご飯を炊いたことはあるが、それがここでどれだけ役に立つかは分からない、と続けた。
二人でお腹いっぱい食べようとするなら、2合は欲しいだろう。
コストパフォーマンスは相当悪い。
しかし。
家計が悪化するとか、そういう話でもない。
毎日食べようと言っているわけでもない。
しゃぶしゃぶの味わいを大きく左右する部分でもある。
「お金はまあ、ここは目をつぶっていいかなと思うんだけど」
「そうですか……」
ここはある程度予想していたようだ。
「自分は手伝うしかできないから、あとは、村尾さんがやってみたいかどうか、だと思う」
「そうですね……」
村尾さんは少し考えてから、
「いつかやってみたい、と思ってましたから――」
吹っ切れたように視線を上げて、
「なら、今しかない、ですね」
胸の前で両手を軽く握って、笑顔でそう言った。
これで、街で買うものリストが決定した。
◇◇◇
二人で街へ出掛け、必要なものを買い揃えて、帰宅してきた。
肉屋では、薄切りにしやすい部位、という注文に不思議がられたが、無事に良い部分を購入できた。
薬屋では、米は薬膳のようで、カップ2杯分という大買いに驚かれたが、ハーブやローズウォーターのお得意様ということで、多少の値引きで購入させてもらえた。
サマーキッチンで昼食を取りながら、計画を話し合う。
「お米は、どう?」
「そうですね……割れやすそうなので、軽く洗うだけにして、少し長めに水に浸けて……」
村尾さんは、手に持ったままのティーカップの中をいっとき見つめてから、
「……うまくできるかな……」
やはり、かなり心配そうだ。
もともと高2の女子だ。決して手慣れてはいないだろう。
しかし、気分転換が目的の新メニュー挑戦。
できれば楽しんでもらいたい。
「1合ずつ、2回に分けて炊いてみる、というのはどう?」
少し気楽に取り組めるかと、提案してみる。
「2回、ですか?」
「うん。1回目は、一度様子を見る感じで」
そう言うと、村尾さんの表情がはっきりと和らいだ。
「そうですね!……確かに、それがいいです」
ちょっと落ち着いたようだ。
サンドイッチを口に入れて、お茶を飲んで一息ついている。
やがて、少し申し訳なさそうに
「肉の薄切り、相良くんにお願いしたいんですけど……いいですか?」
そう言った。
これは、自分からそう言おうと思っていた。
「分かった。やってみるよ」
あのグニャグニャした塊を、しゃぶしゃぶに耐えられる薄さに切り分けるのだ。
力に頼らない刃捌きと、集中力が必要だろう。
やや複雑な心境だが、自分に向いている気もする。
「よかった……ありがとうございます」
さらに安心してもらえたようだ。
このあと、花壇を見回ったり、対局したりと、休日をのんびり過ごして、やがて夕食の準備の時間となった。
◇◇◇
サマーキッチンの食卓。
まな板に置かれた、羊肉の塊。
ベージュの光沢が張りを感じさせ、確かに、悪くない部位のようだ。
右手の包丁は、すでに研ぎ込んである。
後ろから、すでにお米を洗って水に浸し終えた村尾さんが、まるで応援するように見ている。
「じゃあ」
そう言ってから、まず肉塊の右端をサクッと落とし、断面を作った。
左手で肉を押さえて、右端、数ミリのところに包丁を当てる。
スッと刃を入れる。
断面がグニャリとたわんで、刃が中に入らない。
刃は右端を軽くかすめただけで、ストンとまな板に落ちた。
「……」
「……難しいですか?」
村尾さんが心配そうに声を掛けてくる。
まだ力が入っている。
刃をもっと大きく使い、スーッと入れてスイと引く、そういうイメージ。
「いや、できると思う」
一度、深呼吸する。
また包丁を当てる。右端、数ミリの位置。
呼吸を止めた。
軽く、大きく、スーッといく。
……入った。
もう少しいく。
――そしてスイと引く。
あくまで軽く。
ただ真っすぐに。
トン、と刃がまな板に落ちる。
ハラリと、薄肉が倒れた。
摘まみ上げて、村尾さんに見えるようにする。
「どうかな」
「相良くん、すごいです!」
村尾さんが胸の前で手を組んで、瞳を輝かせて叫ぶ。
頷いて、すぐ肉塊に向き直る。
どうやら、期待に応えられそうだ。
彼女の。
◇◇◇
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