第9話-2 格調高く
◇◇◇
納屋に戻った自分は、先ほど見た細い木の板を、地面に置く。
これを切断していくのだ。
欲しいのは、小さい木の札。小型の消しゴムくらいの大きさがいい。
かなり細かい作業だ。
適当な工具がないので、自分の剣を使う。
剣を鋸のように使って切れ目を入れてから、裏返してまた切れ目を入れる。
やがて、パキという音とともに、木の板から小さな片が切り離された。
よし。できそうだ。
これをひたすら繰り返していく。
一心不乱に。
――
「相良くん、お昼、できましたけど」
村尾さんが、納屋の入り口にひょっこり現れて声を掛けてきた。
ハッと我に返る。
「あ!ごめん!」
慌てて立ち上がった。
昼食の準備、全部やらせてしまった?
「あ。大丈夫ですよ。全然」
村尾さんは両の手のひらを、自分に向けて小さく振る。
そして手を後ろに組んで、ゆっくり近づきながら
「何作ってるんですか?」
と覗き込むような仕草をする。
そこには、地面に大量にばらまかれた、40枚近い木片。
「これ、何ですか?」
不思議そうに聞いてくる。
うん。もういいだろう。
「ちょっと、将棋の駒を作ってみようかと」
「え? 将棋、ですか?」
村尾さんは驚いて自分を見る。
「うん。将棋。……村尾さん、できる?」
村尾さんは両手を胸の前で組んで
「できると思います!」
意外と反応がいい。
「やったことはないけど、動かし方は分かるので」
「そうなんだ」
そんな感じだろう。想像通りだ。
「でもやりたいです。相良くん、教えてください!」
目がキラキラしている。
よかった。
想像よりかなり好評のようだ。
このあとサマーキッチンで昼食を取りながら、二人で将棋セット完成に向けての計画を話し合った。
まず、駒の文字は、ナイフで刻み込むことにした。
漢字は無理なので、『玉』以外はひらがなや記号を使うことにする。『飛車』は「ひ」、『香車』は「↑」など。
そして刻んだ文字の上に、サマーキッチンの暖炉にある炭で上書きして、埋め込むように黒く着色する。
裏面は逆にそれをしないことで、成り駒と分かるようにする。
「盤はどうしようかな」
「盤ですか」
「食卓に線を引いちゃう、はマズいよね?」
「そうですね……それはあんまり……」
村尾さんは少し考えてから
「なら、布はどうですか?」
村尾さんは言うなり立ち上がって、棚の中から、何枚かある掃除用の布を取り出すと、
「これなんか……どうでしょう?」
一枚を選んで、両端をつまんで広げて見せた。
白っぽい、亜麻の布。
大きさはちょうど将棋盤くらいだ。
「なるほど。それを食卓に置くのか」
「線は炭で引いて……あと定規があれば……」
そこで村尾さんは室内をぐるりと見まわしてから
「あ。あれでできそうです」
指差したのは、暖炉の脇に掛けてある、鉄製の火混ぜ棒だ。
「なるほど。いいね」
このあと、昼食を終え、分担も決まる。
盤は村尾さん、駒の彫り込みは自分、炭入れは共同で。
こうして、将棋セット製作は開始された。
◇◇◇
やがて、即席の将棋セットが完成した。
亜麻布の将棋盤は、村尾さんの丁寧な線引きと、白い背景に黒の盤目がくっきりとして、とてもいい感じだ。
駒の方は、形が不揃いで文字もガタガタだが、自作であるせいかそれがむしろ味わい深い。
自分が作業の後片付けをしている間、村尾さんは早速、対局に向けてお茶を準備し始めた。
そして、サマーキッチンの食卓で、将棋セットを挟んで向かい合って座った。
お茶も配置済みだ。
「じゃあやってみようか」
「はい」
村尾さんは少し興奮気味に言ったあと、少し居住まいを正したように見えた。
ふたりで駒を探しながら、コツ、コツと並べていく。
手に取った駒から並べていく自分と違い、村尾さんは中心から左右対称に、丁寧に並べていく。
ふふっ……と笑いながら、なんだかすでに楽しそうだ。
並べること自体が楽しい、そんな感じに見えた。
丁寧に切り揃えられた爪と、丁寧な所作。
並べ終わった陣形は自分と同じものなのに、村尾さんの陣にはなぜか、高い格調が漂っているような気がする。
「じゃあ、村尾さんからでいいよ」
「分かりました。……よろしくお願いします」
村尾さんは、きちんと頭を下げる。
「あ。よろしくお願いします」
そうだね。礼は大事だ。
注目の初手。
――と思ったら、村尾さんはまず、左手でカップを取り、軽く目を閉じてお茶を一杯飲んだ。
そして目を開くと、カップをゆっくり置く。
若草混じりの淡い瞳が、盤面を見渡す。
村尾さんは、歩をスッと押し出して、角道を開いた。
ふむ。
思ったより、ちゃんとしてる。
ならばと、自分は飛車先の歩を摘んで、コトリと1つ進める。
それを見た村尾さんはためらいなく、飛車をスイと6筋に回した。
え?
どういうこと?
……とりあえず、歩をもう一つ進める。
村尾さんは角が1つ上がった。
まあ、このくらいは……あるのか。
そう思いながら自分も角道を開くと、村尾さんは6筋の歩できっちり押さえる。
「え~と、村尾さん……将棋、詳しいの?」
手を進めながら聞くと、村尾さんは視線を上げないまま
「どうでしょう? 父は強いみたいです」
そして
「子供のころ、将棋教えてって言ったら、本を貸してくれて。それで駒の動かし方を覚えました」
そう話しながら、澱みない指し筋で玉を右に運び、やがて美しい美濃囲いが組み上げられている。
「『大山康晴名局集』っていう本でした」
「……それで、駒の動かし方を?」
「はい」
お父さん。
娘に何て本貸してるんだ。
そして村尾さんも、疑問に感じなかったのだろうか。
「……そうなんだ。ずいぶん難しい本で覚えたんだね」
村尾さんは顔を上げて、少し残念そうな表情で
「そうなんですよ。たぶん100局以上載ってたんですけど……半分くらいまでしか覚えられませんでした」
と言い、すぐに笑顔になって、
「でも人とちゃんと指すのは初めてなので、何だかドキドキします!」
興奮した様子で言った。
「そうなんだ」
急激に不安になってきた。
自分、ちゃんと相手してあげられるのだろうか――
局面は中盤まで進み、村尾陣はバランスの取れた品のある構えに仕上がった。
が、そこからは
「う~ん……どうしよう」
と考え出すことが多くなり、攻防に未経験者らしい甘さが目立ってきた。
それでも、丁寧な受け手は変わらない。
村尾さんの人柄と、大山十五世の棋譜の成せる業なのだろう。
しかし、最終的には自分が勝ち切った。
やはり実戦経験ゼロは大きかったようだ。
「フフ……負けちゃいました」
しかし村尾さんは、詰まされた自分の玉を指で小さく動かしながら、むしろ楽しそうに言う。
顔を上げて
「すごく楽しいです。これ。あとでまたしましょう!」
自分を見て笑顔になった。
勝ち負けはどうでもよく、将棋そのものを楽しんでくれたようだ。
よかった。
色んな意味で。
しかしこんなことなら、もっとちゃんと将棋を勉強しておくんだった……。
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