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第8話-2 君と森へ

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 左に深い森、右に断崖を見ながら進む。

 やがて小径らしいものも無くなり、広い岩場に変わっていく。

 この辺りは、魔獣は出ないとされている。

 しかし足場が険しい。

 大きな段差では、自分が先に上がり、村尾さんの手を掴んで引き上げる。

 

 「ありがとうございます」

 

 上って、息を切らしながら、村尾さんが笑顔で言う。

 

 「もう少しだ」

 

 「はい」

 

 そうやって声を掛け合いながら上り、やがて平坦な場所に出た。

 『見晴らし台』だ。

 振り向くと、街道と、その先の街が一望できる。

 目的の場所はすぐ近いが、この先はまた魔獣も出はじめるので、いったんここで、街を遠くに見下ろしながら、少し息を整える。

 

 最初は、ここで休憩のティータイムでもいいかなと思っていたのだが。

 うん。

 ここまで待たせるのは、可哀そうだったよな。

 やっぱり。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 息を整えて、装備をチェックし、『見晴らし台』から右手に見える森へと向かった。

 ここにはエッジホーンという、シカ型の魔獣が出る。

 村尾さんと相対させるのは危険な魔獣なので、慎重に進む。

 やがて森に踏み入った。

 

 運よくエッジホーンは現れない。

 が、かわりにというか、ホーンラビットがひょっこり現れた。

 

 「……」

 

 これは別の意味で、あまり会いたくなかった魔獣だ。

 流通するその肉に、いつも大変お世話になっている。

 見た目も、元の世界の野ウサギに小さな角が生えた感じで、可愛いといえば可愛い。

 

 でも……仕方ないよね。

 だって、襲ってくるんだから。

 

 キーッ!――

 

 前衛に立つ自分の首元を狙ってか、地上から驚異的な跳躍で飛び掛かってきた。

 

 そして、空中でザクッと、体のど真ん中をナイフで串刺しにされて、一瞬の静止のあと、ボトリと地面に落ちた。

 

 後ろでは村尾さんが、ナイフを投げ終わった姿勢のまま、俯き気味に固まっている。

 

 村尾さんにゆっくりと近づくと、姿勢は固まったまま顔を上げ、切なそうな表情で自分を見つめてきた。

 

 うん。

 すごく分かる。

 ……でも仕方ないよ。

 だって。

 死ぬまで襲ってくるんだから。

 

 左手の革手袋を外して素手になり、切なげに固まっている村尾さんの頭を、ポンポンと軽く抑えて、その神速の決断を讃えた。

 

 

 自分たちはさらに進み、いよいよ目的の場所、以前『白魔想花』を目撃した場所に辿り着く。

 

 しかし、確かに見覚えがある木の根元付近には、それらしき物は見当たらなかった。

 

 まあ、そうだよな。

 そんな甘くはないだろう。

 

 少し落胆しながら、さてどうするか、と考えていると、村尾さんが視線を上げて、どこを見るともない感じで、じっと立っている。

 何かを感じている雰囲気だ。

 

 「……近くに、ある気がします」

 

 そう言って、道を外れて、胸ほどもある草をかき分けるように、草むらにためらいなく入り込んでいった。

 自分もついていく。

 

 そしてすぐだった。

 少し空気がひんやりするのを感じた瞬間、村尾さんが

 

 「相良くん! 見てください!」

 

 そう言って、スッとしゃがみ込んだ。

 村尾さんの後ろから、頭越しに覗くと――

 

 かなり目立つ花が、ポツンと咲いている。

 透き通った感じの、銀色の花。

 『白魔想花』に間違いない。

 

 「あった……」

 

 「ありましたね!」

 

 村尾さんは立ち上がって、胸の前で手を組んで自分を見ると、

 

 「見つけちゃった!」

 

 そう言いながら、軽やかに、何度か小さく飛び跳ねた。

 

 すごくうれしそうだ。

 もちろん自分もだ。

 そうそう達成できない、レアで難度の高いミッション。

 

 でも、村尾さんがうれしそうなのが、何よりうれしかった。

 

 あまり騒ぐと魔獣が出てきそうだが、今はいいだろう。

 そのときは、自分が何とかすればいいことだ。

 

 自分はしゃがんで、白魔想花に顔を近づけてみる。

 かなり印象に残る、透き通った銀色。

 やはり、気のせいじゃなかった。

 花の周囲が、ひんやりと涼しい。

 それとともに、よく研いだ剣が放つのに似た空気。

 

 村尾さんが言っていた、冷たい匂い、というのはこういうことだったのだろう。

 単なる、嗅覚だけによるものではなかったということだ。

 

 

 やがて落ち着いたらしい村尾さんは、花の傍にしゃがむと、腰からナイフを抜く。

 

 「……行きますよ」

 

 そう言って、振り向いて自分を見上げる。

 黙って頷く。

 

 村尾さんはナイフを白魔想花の根元に当て、サクッと切り取った。

 

 彼女の左手に取り上げられた白魔想花は、すぐに銀色の粒子に変わり、やがて何もなくなった。

 

 しばらく前方に視線を合わせる村尾さん。

 視界のステータス画面の、コンテナを確認しているのだ。

 

 「うん……あります。ちゃんと」

 

 そう言うと、しばらく視界の先を見つめていた。

 

 やがて、村尾さんに手を貸して、立ち上がらせる。

 村尾さんは、静かな笑顔を返した。

 

 「そろそろ行こうか」

 

 「そうですね」

 

 こうして、自分たちは白魔想花の森を後にした。

 

 『白魔想花の採取』、ミッション完了だ。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 途中で村尾さんと別れて、自分だけギルドに寄ってから帰宅したとき、太陽はもうかなり西に傾いていた。

 

 勝手口のドアをノックして

 

 「ただいま」

 

 と声を掛けておく。

 返事はない。

 体を洗ってると思う、と言われていたので、これは予想通りだ。

 

 念のためドアを少し開けて中を覗き、キッチン部屋に誰もいないことを確認してから、中に入った。

 奥から水を使う音がした。

 そのまま2階の自分の部屋に行こうとすると、

 

 カチャ

 

 1階の奥の部屋のドアが軽く開く音がして

 

 「相良くん?」

 

 奥の方、遠間から村尾さんの声がした。

 

 「あ、うん。ただいま~」

 

 出てこないので、まだ入浴中なのだろう。

 呼びかけるように言った。

 

 「お先にごめんなさ~い。お水、お部屋の前に置いてあるので~」

 

 遠間から、声だけ。

 

 「ありがとう~。村尾さんも、ゆっくりね~」

 

 声だけで返す。

 

 「は~い。もうすぐ出ますから~」

 

 カチャと、ドアが軽く閉じる音がした。

 

 ゆっくりでいいんだけどな。

 かなり疲れただろうから。

 

 

 いつも夕食後に入浴する自分は、今は部屋に用意された水で体を拭いて、一息つかせてもらった。

 やがて階下に下りてキッチン部屋に出ると、入浴を終えた村尾さんが、ティーポットにお茶を用意中だった。

 

 濃いグレーのワンピースは長めだが、浴後らしい素の足元は風通しが良さそう。解いた髪はまだ少し濡れているが、夕刻という時間帯では、それがかえって涼やかだ。

 討伐姿も凛々しいが、こっちの方がやはり彼女らしい。

 

 やがて二人で食卓に着いて、ゆっくりお茶を飲んだ。

 

 「ギルド、どうでした?」

 

 村尾さんが聞いてくる。

 

 「報告してきたよ。白魔想花は、エミさんすごく驚いてたよ」

 

 「え? どんな風に?」

 

 キラキラした目でそう聞いてくる。

 

 「え~と、これを1日で見つけるなんて、すごいねって」

 

 「そうですか!」

 

 やっぱり、反応も楽しみだったようだ。

 一緒に行けばよかったかな。

 

 「あ。村尾さんが見つけたんだって言ったら、『フミカはやっぱりただものじゃない』って」

 

 「本当に?」

 

 目を見開いて、言う。

 

 「うん。そう言ってたよ」

 

 村尾さんは、少し照れくさそうな笑顔になる。

 しかしすぐに表情を少し引き締めて、

 

 「……でも、見つけられたのは相良くんのおかげですから」

 

 そう言って、しかしおいしそうにお茶を飲んだ。

 実際、ほぼ村尾さんの手柄と言っていいのだが。

 

 自分もお茶で少しゆっくりしてから、話を変える。

 

 「あと、ブルーベアの討伐依頼が出てたから、受託してきた」

 

 「そうですか。明日?」

 

 フッと真面目な表情になる。

 

 「うん。そのつもりだけど、村尾さんは、明日は無理しなくていいよ」

 

 「いえ。絶対行きます」

 

 「え~と、でも今日だいぶ疲れたでしょ?」

 

 「ブルーベアが相手なら、私の『回復』がないと危険です」

 

 「それは、いてくれたら、確かに安心だけど……」

 

 「はい。私、全然いけますし」

 

 「なら……いんだけど」

 

 村尾さんは笑顔で頷くと、席を立ちながら、

 

 「夕食の準備、始めますね」

 

 そう言って、素足をサンダルに乗せると、勝手口のドアを開けてサマーキッチンへと向かっていった。

 自分も、お茶を飲み干すと、カップを持って、後を追う。

 

 勝手口から出ると、外の空気が思ったより涼しかった。

 

 このキッチン部屋の暖炉にも、そろそろ火を入れる頃かもしれない。

 

 そう考えながら、ドアを閉めた。

 

 

 

  ※※※

 

 

 


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