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第8話 君と山へ

 

 山岳エリアの小径。

 村尾さんと2人で歩いている。

 

 周囲は森と断崖だが、冒険者たちが歩いてできた小径があり、その小径を自分と村尾さんは、討伐装備で進んでいた。

 自分が前、村尾さんが後。

 

 「そろそろ……来るかも」


 自分が声をかける。


 「はい」


 そう答えた村尾さんが、背負った剣の柄をグッと握る気配がした。

 実際のところ、腕力と握力が十分でない村尾さんには、剣は実戦的な武器とは言い難い。

 女性の冒険者のアドバイスで使用するようになった、両腰の投げナイフが主力だ。

 

 ガサッ――

 

 小径の左の草むらが揺れると同時に、黒い塊が2つ、自分たちの行く手を遮るように飛び出してきた。

 

 グルルル――

 

 大型のオオカミのような体躯と、口から覗く長い牙。

 ビッグファングだ。

 なら、まだ何頭かいるはずだ。

 

 「下がって」


 「はい!」


 囲まれないように、自分と村尾さんは5メートルほど後退する。

 そして隊形を立て直す。

 自分が前。2メートルくらい空けて村尾さん。


 すると思った通り、草むらから続けて、3頭が現れる。

 

 グルル――

 グルルル――

 

 先に現れた2頭が合流する。

 5頭のビッグファングの群れが、前方に並んだ。

 唸り声で威嚇しながら、ジリジリと近付いてくる。

 取り囲む方法を探っているようだ。

 

 ここで考える時間を与えない。

 自分が無造作に、敵の隊列のど真ん中にズンと進む。

 グッと腰を落とし、右腰の剣の柄を握る。

 

 ガウッ!――

 

 正面のビッグファングが飛びかかってきた。

 左翼と右翼も動き出す。

 

 狙いすまして、抜きざまの居合斬り、一閃――


 正面のビッグファングを斬り飛ばした。

 斬撃を浴びて横転するビッグファング。

 

 そこへ、左右から別のビッグファングが飛びかかってくる。

 が――

 

 1頭は顔面、もう1頭は首筋に、ビシッビシッとナイフが突き刺さる。

 後方の、村尾さんの投げナイフだ。

 地面に倒れ、悶絶する2頭。

 

 こうなれば、もう勝負はついている。

 後方の、無傷の2頭を斬りに自分が動こうとしたとき、


 「しゃがんでください!」


 その声に慌ててしゃがむと、3本目の投げナイフが頭上を飛び、最初に横転していたビッグファングの喉元に突き刺さる。

 視界に表示されていたHPゲージが消滅した。

 とどめを刺してくれたようだ。

 

 一瞬振り向いて笑顔を送ると、村尾さんはまだ緊張した面持ちで少しぎこちなく笑い、すぐ真顔に戻って背中の剣を抜刀した。

 

 村尾さんが装備する投げナイフは4本。

 しかし最後の1本はできるだけ使わず、護身用に温存することにしている。

 

 投げナイフで手負いになっている2頭なら、もう任せて大丈夫だ。

 前方の2頭に駆け足で接近し、抜きざまの横なぎで1頭、続けて上段からの斬り下ろしでもう1頭を斬り伏せる。

 得意の連撃。

 2頭のHPゲージが消えたことを確認して振り向くと、立ち上がるのがやっとという手負いの2頭に、剣を構えた村尾さんがじりじり近付いている。

 

 「こっちは任せて」

 

 そう言って、片方のビッグファングの背後に駆け寄る。

 

 「分かりました!」


 村尾さんはそう答えながらもう一方に、中段に構えた剣を見せつけるようにして慎重に近付く。

 自分が1頭を斬り捨てるのと、村尾さんが1頭に剣を突き入れるのは、ほぼ同時だった。

 HPゲージの消滅を確認。

 村尾さんの方も、フーッと額の汗を拭っているところを見ると、終わったようだ。

 

 5頭の掃討完了。

 自分のスキルも、村尾さんの魔法も使うことなく、まずは万全と言っていいだろう。

 

 ここで自分と村尾さんはゆっくり近付く。

 村尾さんが右手の革手袋を外すのが見えたので、自分もそうする。

 右手と右手で、音がするかしないかの、軽いハイタッチ。

 笑顔でお互いの健闘を讃え合った。

 ほんの一瞬だが相手の体温を感じて、高ぶっていた精神がスッと落ち着いた。

 

 なんだか、しっくりこないです――

 彼女のこの言葉で通例になった、直接の触れ合い。

 確かに武骨な手袋越しのそれとは、安心感も喜びも、全く別物だった。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 再び小径を進み出す。

 早朝に家を出て、1時間くらいかけて山岳エリアの入口、そこからさらに1時間以上は進んでいるが、まだまだエリアの、ごく周辺部分だ。

 

 「……休憩には、まだ早いです?」


 歩きながら、村尾さんがそう言った。

 村尾さんが言うこの休憩とは、単に休むのではなく、野外でのティータイム的なものを表している。

 それにこのあたりのタイミングで、彼女はこう言うことがよくある。

 

 初戦を迎えるまでの緊張感と、その後の安堵感。

 それに、朝ごはんを食べてからそろそろ3時間くらい。


 お腹空くよね。

 実はこれ、早いかどうかを確認しているわけではなく、お腹空いたという村尾さんのアピールなのだと、自分は受け取るようにしている。

 

 「……そうだね。この先の『庭』まで行ったら、ひと休みしようか」

 

 村尾さんは足取り軽く自分の横に並ぶと、少し顔を近づけて

 

 「はい。そうしましょう」

 

 笑顔でそう言って、逆に先導するように進み出した。

 うん。

 元気が出たようだ。

 

 かつてこのエリアに、冒険者が滞在できる小屋があったらしい。

 冒険者による希少種の乱獲を防ぐため今は潰されているが、その敷地は広場のようになって残っており、『庭』と呼ばれていた。

 

 

 

 やがて前方、小径の脇に、平坦な草場が見えてくる。『庭』だ。

 着いて目の前で見ると、小さな公園くらいの広場になっているのが分かる。

 見通しがよく、仮に魔獣が出ても、ある程度余裕をもって対応できるだろう。

 

 自分と村尾さんは足首ほどの草をかき分けながら、中心部分にある石積みへ進む。

 かつては小屋があった場所だが、今はこの石の土台だけが残っている。

 

 剣と荷物を降ろして、階段状になっている石積みの手前部分に並んで腰掛けた。

 

 村尾さんがフーッと、一息つく声を出した。

 

 「大丈夫? 重いよね」

 

 村尾さんは小さく手を振りながら

 

 「いえ、大丈夫です。……いつも相良くんにたくさん持ってもらって、助かってます」

 

 少し申し訳なさそうに言う。

 

 村尾さんは体力的に、剣は背中に背負うことになるので、自分のようにリュックサックを使うことができず、腰に付けるポーチを使っている。

 そのため、共用の荷物は容量が断然大きい自分のリュックに入れてある。

 

 実を言うと、自分と村尾さんの初期装備の剣は、出したり消したりすることができる。

 この剣に限ってのことなので、転移時の特例なのだろう。

 しかし、人に見られたときのリスクを考えて、自分たちは討伐時は必ず顕現させて持ち運ぶことにしている。

 

 村尾さんが自分のリュックサックを取って、開けますね、と確認してから、中から木製の小型のコップを2つ、ハーブティーが入っている革袋、そしてクッキーがいくつか包まれているとおぼしき布を取り出した。

 コップを置いて、革袋のハーブティーを注ぐ。

 そして布も解いて、10枚以上はありそうなクッキーを広げた。

 

 「どうぞ」

 

 嬉しそうに言う。

 

 「ずいぶんあるね」

 

 自分が言うと

 

 「これは、全部食べても大丈夫です」

 

 さらに嬉しそうに言った。

 非常時の保存食用は別にある、そういう意味だ。

 

 そして村尾さん自身のポーチから革袋を取り出して、彼女のコップにお茶を注ぐ。

 そこで、自分をじっと見つめてくる。

 

 いけない。

 所作に見入っている場合ではなかった。

 

 急いでお茶を一口、そしてクッキーを1枚とって、口に入れた。

 これを見届けた村尾さんはニッコリと笑うと、クッキーを摘まんで、口に運んだ。

 ゆっくり食べて飲み込んだあと、お茶を一口。

 やや目線を上げて、どこでもない、どこかを見ているような仕草。

 出来具合を判定しているのだろう。

 

 「……おいしい、ですか?」

 

 自分へ視線を向けてそう聞いてきた。

 

 「うん。すごくおいしいよ」

 

 いつも。は言わないでおいた。

 

 「よかったです! ……うん、これはうまく焼けてると思います」

 

 本当によかった。

 納得の出来映えだったようだ。

 

 自分が2枚目を食べ始めているのをしっかりと目視してから、村尾さんも満足そうに2枚目を摘まむ。

 

 「うん。おいしいです」

 

 「そうだね」

 

 気持ちの良い秋空と、森の木々のさざめき。

 おいしいお茶とクッキーと、幸せそうな村尾さん。

 

 いつ魔獣が出てもおかしくないのだと、つい緩む自分を戒めるのに必死だった。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 「『白魔想花』、見つかるといいですね」

 

 たぶん少しお腹が落ち着いたところで、村尾さんが言った。

 自分たちが今、ギルドから受託中の依頼は2つ。

 

 『ビッグファング10頭の討伐』と、『白魔想花の採取』だ。

 

 後者は初めてのミッションになる。

 

 白魔想花は、回復薬の材料になる貴重な花だ。

 普通の植物ではなく、採取すると魔石が手に入るし、本体はコンテナに収納する。

 魔獣が生息するエリアにしか発生しない『魔草』だ。

 

 「うん。……前に見かけた場所に、また咲いてるといいんだけど」

 

 自分と村尾さんは、以前この花を見かけたことがある。

 しかし白魔想花は、ギルドからの依頼がないと採取できないので、このときは見ただけだった。

 名前に白と付いているが、見た目は透き通った銀色、という感じだった。

 

 達成報酬は非常に高額なので、何とか発見して達成したい。

 一度目撃している、という点と、このとき村尾さんが

 

 「周りと違う、冷たい匂いがする」

 

 と言っていた、その嗅覚も当てにさせてもらっている。

 ちなみにだが、村尾さんには特殊能力のような嗅覚があるわけではない。

 匂い・香りによく気付き、それをよく覚えている、という感じだ。

 

 「そろそろ行こうか」

 

 「はい」

 

 村尾さんが使ったコップを布で拭きはじめたので、自分は少しだけ残ったクッキーを包みなおし、それぞれが自分のリュックに収納する。

 立ち上がり、自分は腰に、村尾さんは背中に剣を装着する。

 お互いに、相手の装備を一通り目視して、頷き合ってから『庭』を後にした。

 

 

 ふたたび小径を進んでいく。

 

 『庭』から少し進むと、小径が二つに分かれる。

 

 左に曲がると、森の奥へと続いてゆき、その先にブルーベアの生息域がある。

 さらにそのずっと奥、今でも行くのは大変な位置に、自分たちがクラスごと転移させられてきたポイントがある。

 そのときの脱出行で、途中で動けなくなった自分にすべてを託された村尾さんは、ただ一人でこの小径を抜け下りてきたのだ。そして『庭』で休憩中だったダンさんたちのパーティに会えたことが、自分たち二人の生還に繋がった。

 

 そういった場所である左の小径は、見るといつも、色々な意味で胸が痛む。

 

 自分も、おそらく村尾さんも、その小径を入り口から一瞬だけ見通し、そして今日はそちらではなく、真っすぐ登るルートへ進んだ。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 


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