第7話-2 花壇
◇◇◇
村尾さんは、渡したストローハットを持って家の中に戻ったあと、しばらく出てこなかった。
その間、ひとりで雑草取りを続けた。
少し無理をしたのでは、と気になりだした頃に、村尾さんがさっぱりした表情で出てきた。頭には、日よけ部分がゆったり広いストローハット。
広い日陰に守られた笑顔は、前より涼し気に見える。
足取りも元気そうだ。
改めて、本格的に花壇の整備を始める。
まずは、全体的に掘り起こす。
村尾さんが新品の鍬を、自分が家にあったスコップを使い、花壇の両端に分かれて、ザクザクと掘り返していく。
どれくらい掘り続けただろうか。
やっと終わったとき、二人で道具を放り出して、その場に座り込んだ。
そのまま、秋の空気を繰り返し吸い込みながら、一緒に高い青空をしばらく見上げた。
「ホントに、農家になったみたいですね」
村尾さんは息を切らしながら、楽しそうに言った。
やがて林の方から、ガラガラと馬車の音が聞こえだした。
堆肥の到着だ。
配達に来た男性に手伝ってもらいながら、4袋の堆肥を荷台から下し、花壇の脇に次々とぶちまけていく。
やがて腰の高さまでの、堆肥の山ができた。
最初は警戒して遠くから見ていた村尾さんだが、ゆっくり堆肥の山に近づいて、その傍にしゃがみ込む。
想像していたものとは違っていたのだろう。
「深い森の、土……みたいな匂いですね」
そう言ってしばらく眺め続けていた。
この後、サマーキッチンで昼食を済ませると、今日2台目の馬車がやってきた。
苗の到着だ。
馬車には、サマーキッチンのさらに奥にある納屋の前まで入ってもらう。
自分と村尾さんは苗を1本ずつ、交互に荷台から受け取って納屋の中へと運んだ。
そして壁に立てかけるように置いておく。
苗の植え付けは明日の予定だ。
届けてくれた苗屋の主人は、掘り返された花壇に入ると、土を手に取り、そして堆肥の山にも触れて、頷く。
「悪くない」
そして花壇の地面を指差して、掘ってみるように言う。
言われるがままに、スコップで穴を1つ掘る。
バラ用の穴は、思った以上に大きく、深かった。
苗屋の主人は、自分の手からスコップを取ると、堆肥の山から何杯かを穴の中に投入して、
「こうやるんだ」
そう言って、穴の中で土と堆肥を混ぜ合わせる。
村尾さんは中腰になって顔を近づけ、その様子を真剣に見ていた。
苗屋の馬車が、林の方へと去っていった。
ここから先はもう、二人だけで作業だ。
自分がスコップで穴を掘り、村尾さんが掘り出された土を鍬で細かく砕く。
掘った穴に、堆肥と砕いた土を放り込んで、丁寧に混ぜ合わせる。
2つ目の苗床ができた。
これをあと8回だ。
村尾さんも掘ってみたそうだったので、
「替わる?」
すると村尾さんは、凛とした表情で
「はい」
と頷くと、ストローハットの紐を結び直し、スコップを手にした。
半分の5個目ができたところで、休憩のティータイムにする。
顔と手を洗って、サマーキッチンで一休みだ。
村尾さんがたくさん用意していた、冷ましたハーブティー。
リラックスできて、水分も補給される。
「クッキー、たくさんありますよ」
緩んだ顔で、ゆっくりお茶を飲みながら食べている。
うん。
このオンオフは大事だ。
たぶん。
その後、5個が2列、計10個のバラの苗床が完成。
花壇の東側、いずれバラ園になる土地ができあがった。
昼下がりから夕方へと移りはじめている。
もうひと頑張りだ。
ここからは花壇の西側、ラベンダーの苗床を掘っていく。
バラよりはかなり小さい穴でいい。
掘り終わったら、穴の底に村尾さんが拾い集めてあった小石を敷く。
少しずつ土を入れながら、これも村尾さんがサマーキッチンの暖炉からかき集めた木灰を、サラサラと振り入れていく。
これを中で混ぜ合わせれば完成だ。
バラと同じく、これも5個を2列、計10個作る。
二人で分担を入れ替えながら、1個、また1個と作っていく。
ラベンダーの土地ができあがったとき、花壇には夕日が差し始めていた。
さて、今日の締めだ。
木桶に溜めた水を柄杓ですくい、畑に撒いていく。
村尾さんが水を撒いて、自分がその間にもう1個の木桶に水を張って運ぶ。
何度か水を運ぶと、花壇の土は、全体が潤いと濃い夕日に覆われた。
花壇の外に出て、できあがった土地をしばらく眺めた。
村尾さんは、ストローハットを外して、背中に下げる。
平坦に整備された地面が、夕日を照り返して、きれいだ。
「今日はここまでだね」
「そうですね」
自分は、小さく右手を上げる。
それを見て、村尾さんも笑顔で小さく右手を上げる。
そして軽いハイタッチ。
いつもの、ミッション終了の合図だ。
そして、明日もがんばろう、はい、と話しながら、並んで勝手口へと向かった。
◇◇◇
古い花壇を整備して、一夜明けた。
ありがたいことに、今日もいい天気だ。
自分と村尾さんは、いよいよバラの苗植えに取り組んでいる。
いったん掘り起こした苗床に、林から調達してきた木の枝をしっかりと、深く突き立てておく。
掘り起こした穴の中に、十分に水を吸わせたバラの大苗を自分がゆっくり入れ込み、いい位置で村尾さんがキープする。そして自分が、土を穴へ戻すように、被せていく。
「もうちょっと持っててね」
「はい」
ゆったりとワイドなストローハットが、頷いた。
木桶の水をゆっくりと流し込む。
水が苗床にスーッと吸い込まれていく。
次第に土が締まり、バラの苗が少し固定されたところで、今度は村尾さんだ。
苗の前にスッとかがむと、革手袋を地面に置いて素手になった。
カーゴパンツの左ポケットから、木管に巻き付けられた麻紐を取り出し、右手で紐をスルスルと引いて伸ばす。
胸幅くらいまで伸ばしたころで、先端をクッと噛み、自由になった右手で腰のホルダーからナイフを抜く。
顔を少し横にそむけて張りをもたせてから、紐の木管側をナイフでプツッと切る。
切り離されて緩んだ紐を唇で咥えながら、ナイフと麻紐の木管をそれぞれ収納した。
きびきびとした動作と真剣な眼差しが、なんだかとても凛々しい。
中腰になった村尾さんは、切り取った麻紐で、支柱となる木の枝にバラの苗を結わえ付ける。解けないように、しっかり。しかし成長を妨げないように、優しく。
立ち上がって苗を少し揺らし、しっかり固定されたことを確認する。
「どうでしょう?」
村尾さんが振り向いて言う。
自分も固定された苗を少し揺らして、
「いいと思う」
頷いてそう言った。
村尾さんの表情がフッと緩み、控えめな笑顔を見せた。
あとは仕上げの水やりだ。
二人とも屈んで、水が広がらないように、苗の周囲に、手で土の土手を作っていく。
そして土手に囲まれた苗床に、木桶の水をゆっくりと流し入れた。
最後に、余った土と堆肥で苗床の表面を薄く覆う。
ここで立ち上がって、しばらく苗を眺めた。
一つ完成だ。
まだ花どころか葉もないバラだが、この花壇に、久しぶりに花が植えられた。
途中にお茶の休憩を挟んで作業を続け、バラの植え付けは昼を待たずに全部終わった。
少し早いが、サマーキッチンで昼食を取る。
野菜とベーコンのカンパーニュのサンドと、温かいハーブティ。
「思ったより、早く終わりそうですね」
村尾さんはストローハットとジャケットを脱いで、涼し気な黒の半袖シャツ姿だ。
「うん。たぶん、夕方になる前には終わりそうだ」
昨日より作業に余裕があるので、二人とも少しのんびりしている。
「終わったら、今日はどうしようか? のんびり休む?」
村尾さんはクスッと笑って
「いいですね」
そう言った後
「それもいいですけど……」
視線を外して少し考えてから
「……」
何か言いたげな顔で自分を見た。
しかし何も言わず
「……あとで言います」
ちょっと居心地が悪そうに、ハーブティーを口に運んだ。
何だろう?これ。
◇◇◇
ここまで来たらあと一息だ。
残るはラベンダー。
灰色混じりの苗床を小さく掘り返し、緑の葉に覆われたラベンダーの苗を入れ込むと、また埋め戻す。背が低いラベンダーは、これだけで固定される。
自分が次々とラベンダーを植えてゆき、それにつれて花壇が緑で覆われていく。
村尾さんは追いかけるように、植えられたラベンダーの根元に少し土を盛ってから、柄杓でサッと水をかけて、仕上げていく。
こうして、ラベンダーはすぐに植え終わった。
そして、花壇がついに完成した。
自分と村尾さんは、できあがった花壇を並んで眺めた。
東側のバラ園は、今は10本の武骨な枝がただ並んで立っているだけ。
しかし苦労して地中に埋め込んだ堆肥と水が、目に見えない生命力をまもなく蓄え始めるのを知っている。
西側のラベンダー園は、10個分の緑の葉が並び、風が吹くと一斉にそよいで、早くも生命力を花壇に蘇らせたように見える。
「終わったね」
バラとラベンダーが勢揃いした花壇を見ながら、呟くように言う。
「そうですね……」
村尾さんは、自分の手で作った花壇を満足そうに眺めている。
そしてやがて、凛とした表情に戻り、
「がんばらないと。春まで」
そう言って、ゆっくりまた、花壇に入っていく。
そして1つ1つ、挨拶するように、屈んで苗に触れて回る。
その光景を見ながら、何とかして、花が咲く庭を彼女に見せてあげたいと、そう思った。
◇◇◇
後片付けを終えて、家の中に戻った。
まだ夕方というには早い時間。
勝手口からキッチン部屋に入るとすぐ、
「……で、どうしようか? 今日は」
そう切り出す。
村尾さんはその場にピタッと止まると、また居心地が悪そうな様子になった。
そして自分の方に向き直る。
しかし視線は落としたままだ。
「え~と……村尾さん、何かしたいこと、あるの?」
そう聞いてみる。
「あの……」
「ん?」
村尾さんは胸で両手を組んで、少し赤い顔で横を向きながら、
「……また、お祭り、行きたいです」
やや抑揚のない口調で言った。
え?
お祭り?
お祭りなら、おととい、行ったばかりだけど。
言った村尾さんは、決まりが悪そうに横を向いているが、視線はチラチラ自分を覗き見るような感じだ。
ああ。
そういうことか。
なるほど。
なんか、楽しそうだったもんな。
すごく。
「そんな、すぐ言えばいいのに」
自分が笑って言うと、村尾さんは少し紅潮した微妙な表情で
「でも……相良くんはいいですか? 行ったばかりなのに」
そう返してくる。
「全然いいよ。……あ」
自分はそこまで言ってから
「なら、今日の夕食は、露店でいろいろ食べてみる、ということにする?」
村尾さんの表情がパッと明るくなった。
「いいんですか?!」
「うん。……おとといも、香草焼きとか、レーズンパイとか、食べたいなと思ってたし」
「私もです!」
村尾さん、そんなうれしそうに。
少し考えて、
「何かちょっと変だけど……花壇ができた、お疲れさま会、ということで」
そう言ってみた。
「そうですね! いいですね!」
村尾さんは胸で両手を組んだまま、コクコクと頷く。
そしてハッとしたように
「私、急いでお風呂入って、着替えてきます」
そう言うと、二階の彼女の部屋へ、駆け上がるように去って行った。
今から体も洗うのか。
そうだよな。
確かに、たぶん土まみれだし。
……じゃあ自分も急がなきゃ。
でも村尾さん、やっぱり、お祭り大好きだよね。
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