第7話 麦わら帽子
寝室で目覚めた。ゆっくり体を起こす。
木窓の隙間から、日差しが漏れている。
この明るさの感じ、いい時間だろう。
家の中をトタトタと動き回る足音が聞こえる。
村尾さんはもう起きているようだ。
ベッドから出て、木窓の戸をガラリと引き開ける。
いっぱいの日差しが部屋に入り込み、室内が一気に明るくなった。
天気はいい。
よかった。本当に。
今日は、村尾さんと花壇づくりだ。
着替えて階下に降り、奥の浴室で洗面を済ませると、キッチン部屋を通り過ぎて、勝手口から外へ出る。
うん、気候もよさそうだ。
すぐ脇にあるサマーキッチンへ向かう。
ドアをノックする。
「あ。どうぞ」
中から村尾さんの声がした。
ドアを開けると、スープのいい匂いが漂ってきた。
暖炉の前に中腰でかがんだ村尾さんが、吊るした鍋をかき回している。
昨日と同じ、紺のワンピースにキャンバス地のエプロン。
「おはようございます」
村尾さんが振り向いて、いい笑顔を見せた。
「おはよう。……天気良くてよかったね」
「はい。本当に」
自分は村尾さんに確認してからパンとチーズを取り出し、食卓の隅で二人分をナイフで切って木皿に乗せる。
暖炉の前の村尾さんは、鍋のスープを皿に盛っている。
やがてそれぞれ用意した皿を食卓に並べると、向かい合わせに座る。
一瞬目を合わせて
「いただきます」「いただきまーす」
今日の朝食が始まった。
◇◇◇
「帰りに、何を買ってきたらいい?」
朝食を取りながら、村尾さんに確認した。
自分はこの後、街道の反対側にある貸し馬の厩舎へ行く。
いつもならそこで騎乗の練習をさせてもらうのだが、今日はバラ植えのための堆肥を買い付ける。
その帰りに、街に入って必要なものを買い揃えてくる予定だ。
村尾さんは片手を口に当てて、モグモグとして飲み込んでから
「え~と、鍬は買うんでしたよね。なら、あとは……バラ用の麻紐があればいいと思います」
まず麻紐か。
「木桶は? いらない? あと、作業用のナイフ」
昨日苗を買ったとき、簡単な作業内容と、使う用具を教えてもらっていた。
「木桶は1個ありますけど……もう1個あった方がいいですかね? ナイフは私のでいいと思います」
私の、というのは、討伐ミッションで彼女が使っている『投げナイフ』のことだ。用途は違うが、確かに大丈夫そうだ。
「なら、鍬と麻紐と、あと木桶を買ってくるよ」
「……そんなに持てますか?」
「うん。大丈夫だと思う」
このあと、今日の段取りを確認し合ってから、朝食を兼ねた作戦会議は終わった。
部屋に戻って出発の準備をした。
今から自分だけ家を出るが、その間村尾さんは、花壇の石拾いと草むしりをしつつ、休憩用のハーブティーを準備することになっている。
クッキーはまだたくさんあってよかった、と言っていた。
大事なことらしい。
隣の村尾さんの部屋の前で
「じゃあ、行ってくるね」
そう声を掛けると、ガタッと部屋のドアが開き、村尾さんが出てきた。
黒の半袖シャツに厚い革ジャケット、オリーブ色のカーゴパンツに、足元はガッチリしたミドルブーツ。薄紫にも見える髪は後ろで縛っている。
完全にいつもの討伐スタイルだ。
なるほど。
言われてみれば、理に適っている気がする。
「私も、始めますね」
笑顔でそう言いながら、愛用の革手袋をつけ始める。
一緒に勝手口から外に出て、そこで手を振って別れると、自分だけ街道へ向かった。
「気を付けてー」
後ろから聞こえる村尾さんの声に、振り向いてもう一度手を振ると、ものものしい装いの彼女が小さく手を振り返した。
◇◇◇
街道に出て、そのまま渡るとすぐ、広々とした牧草地に出る。貸し馬用の馬場だ。
さらに数百メートル先、馬場の一角に厩舎がある。
厩舎に入り、馬の世話をする男性たちに挨拶しながら進むと、場長さんの姿が見えた。
いつも騎乗の指導をしてもらっている。
挨拶して、今日は騎乗ではなく堆肥を買いに来たと伝えると、意外そうな顔をされた。
厩舎の裏側に積み上げられている、麻袋に詰められた堆肥の前まで案内された。
「どのくらいいる?」
「木桶に10杯分なんですけど」
「案外多いな。……袋3つだと足りないか。4つかな」
さらに今日すぐ使いたいことを伝えると、急だなと笑った後
「分かったよ。でも昼までは待ってくれ」
そう言われた。
この貸し馬屋は、商売として荷物の配達もやっているので、こういうとき話が早い。
届け先を聞かれたので、昨日覚えた『西の林』とおそるおそる言ってみる。
「ああ。街道の向こうから来てるって言ってたよな」
そう言った後
「西の林に住んでたのか」
よかった。ちゃんと通じた。
しかし
「前に迎えに来てた、あの娘さんも一緒に?」
話が不穏な方向に行きかけている気がしたので、早々にお礼を言って退散した。
今度またなんか聞かれるな。これ。
……何はともあれ、堆肥の確保は完了だ。
続いて、ゲートから街に入る。
中央通り沿いの雑貨屋に着くと、ちょうど店が開こうとしているところだった。
少し早かったか。
店主が笑顔でどうぞ、というので入れてもらって、木桶と麻紐を購入。
予想はしていたが、鍬は置いていなかった。
雑貨屋の少し先にある金物屋に足を延ばし、鍬を購入する。
これで用具の調達も完了だ。
あとは家に戻るだけだが、思ったより早く済んだのと、ちょっと気になることがあったので、衣類店も覗いてみた。
片手に木桶を持ち、肩に鍬を担いだ格好で、ササッと帽子が並んでいる場所へ行く。
うん。あった。
日よけのツバがゆったり広いタイプのストローハット、麦わら帽子だ。
村尾さんはストローハットを持っているが、討伐ミッションで使うことを考えたもので、視野確保のため日よけ部分がかなり控えめなタイプだ。
今日もたぶん、それを使っているだろう。
しかし。
自分が思うに、日射しから彼女を守るには、こっちのワイドタイプが絶対的にいい。
今日の作業はもちろんだし、討伐エリアへの移動中なども。
……。
街を出て、家に帰る途中だ。
左手に木桶、右肩に鍬、そして背中にワイドタイプのストローハットを首から下げていた。
……
大丈夫かな……
勝手に買い物して、怒られちゃうだろうか。
しかも他人のものを。
でも、今日からすぐに使って欲しい。
自分用に買ったことにして、ちょっと取り替えない? とか?
逡巡しているうちに、家に帰り着いた。
視線を上げると、花壇にしゃがんで草むしりしている村尾さんの背中が見えた。
花壇の脇には拾い終わった石が、小山のように積み上がっている。
頭にはいつものストローハット。
近付いていくと、足音に気付いたらしい村尾さんが振り向きながら立ち上がった。
土を払うように両手を軽く叩きながら、おかえりなさい、と近付いてくる。
近くまで来ると、額の汗を腕で拭いながら、
「遠くまで、お疲れさまです」
そう言うと、荷物を受け取る仕草で両手を出した。
しかしすぐ、何かに気付いたように
「ん?」
と、体をずらして自分の背中側をのぞき込むような姿勢になる。
自分は木桶と鍬を地面に置くと、首の紐をほどいて、買ってきたストローハットを村尾さんに差し出した。
「これ……買ってきちゃった」
村尾さんはワイドタイプのストローハットを両手で受け取ると、じっと見つめている。
「……」
しばらく無言だ。
やっぱりダメだったかな……
村尾さんが俯く。
「……すごくうれしいです。これ」
そう言って、ストローハットを胸に引き寄せた。
うん。
とりあえず、怒られることはなかったみたいで、よかった……
◇◇◇
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