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【7】環境激変編:猛毒沼は、いいお湯でした

「……リリア、聞いてくれ。俺は、ずっとお前に嘘をついていた」


 魔の森に夕闇が迫る頃。ゼノスは、リリアを浄化された美しい泉のほとりに呼び出した。

 彼の呪いはリリアのドジによって完全に消え去り、かつて聖王国最強と謳われた近衛騎士団長の魔力が全身に満ち溢れている。今こそ、正体を明かす時だと彼は確信していた。


「嘘……? まさか管理人さん、本当はお芋が嫌いだったんですか!?」


「違う、そこではない。……俺の正体は、数年前にこの森へ消えた近衛騎士団長、ゼノス・エル・ルミナリスだ。もはや管理人などという仮の姿でいる必要はなくなった」


 ゼノスは凛とした騎士の礼を取り、真剣な眼差しでリリアを見つめた。

 だが、リリアは目をパチクリさせた後、パァァッ! と顔を輝かせた。


「わあ……! すごい、すごいです管理人さん! ついに『団長』さんになれたんですね!」


「……いや、もともと団長だったんだが」


「わかります! 今まではアルバイトさんみたいな感じだったけど、一生懸命頑張ったから、森の神様に認められて『正社員』に昇格したんですね! おめでとうございます、ゼノスさん!」


 リリアは感激のあまり、勢いよくゼノスの両手を握りしめた。

 その瞬間、彼女の祝福の聖力が炸裂し、周囲の泉から数メートルの高さの噴水が上がり、七色の虹が夜空に架かった。


「……正社員。……俺の騎士の誇りが、今、謎の雇用形態に上書きされた気がする」


「お祝いに、今夜はとっておきの光るお芋をたくさん焼きましょうね! 正社員パーティーですよ!」


 リリアは鼻歌まじりに調理場へ駆けていった。

 ゼノスは膝をつき、「俺の覚悟は何だったんだ……」と虚空を見つめた。


 その頃、教会の資料室では——。


「ギャァァァァァァ! ゼノス様の騎士団長告白を『正社員への昇格』で片付けたわよ、あの子!」

「リリア、ある意味最強だわ……。あんなに格好いい名乗りに、そんな世俗的なレスポンス返す奴いないわよ!」

「でも見て! 『ゼノスさん』って名前で呼ばれて、ゼノス様がちょっとだけ嬉しそうに口角を上げてる! リリア、無自覚にクリティカルヒット出してるわね!」


 女子たちは鏡越しに、格好がつかないのに幸せそうなゼノスの表情を拝み、一晩中大盛り上がりするのだった。


 魔の森の朝は、かつてのどす黒い霧に代わり、リリアが「お掃除」と称して振りまいた聖力の残光がキラキラと舞う幻想的な風景へと変わっていた。

 しかし、この日は少しだけ様子が違った。


「わあ……空が、とっても真っ暗です」


 リリアが小屋の窓から外を覗くと、上空には不自然なほど巨大な積乱雲が渦巻いていた。

 それはリリアが連日、無自覚に森を浄化し続けた結果、行き場を失った魔力と聖力が大気中でぶつかり合い、異常気象を引き起こしたものである。


「リリア、外に出るなと言っただろう。この嵐は普通ではない」


 背後から、ゼノスが重厚な足取りで近づき、彼女の肩に手を置いた。

 正体を明かして(リリアには正社員昇格と勘違いされたが)以来、彼の纏う空気は以前にも増して鋭く、そしてリリアを守るという独占欲に満ちている。


「でも管理人……いえ、ゼノスさん! あんなに大きな雲があると、お洗濯物が乾きません! 私、一生懸命なんとかしてきます!」


「待て、話を聞け——ッ!」


 ゼノスの制止も虚しく、リリアは「お天気にする魔法のポーズ(※教会の体操)」を披露しようと外へ飛び出した。

 案の定、雨でぬかるみ始めた地面に彼女の足が取られる。


「わわわっ! お空に向かって、えいっ!」


 派手に転んだリリアの掌が、地面を叩いた。

 その瞬間、彼女の中にあった「お洗濯物を干したい」という切実な願いが、純度百パーセントの聖力となって天を貫いた。


 ドゴォォォォォォン!!


 凄まじい衝撃波が森を震わせる。リリアの頭上から放たれた白銀の光柱が、不吉な暗雲を物理的に「消滅」させた。

 雲は一瞬にして霧散し、空には見たこともないほど鮮やかな、七色どころか百色くらいありそうな巨大な虹が架かった。


「……あ。やりすぎちゃいました?」


 尻もちをついたままのリリアが首を傾げると、空からは雨の代わりに「聖力の雫」がキラキラと降り注ぐ。虹の光がリリアの桃色の髪を照らし、彼女をこの世のものとは思えないほど美しく彩っていた。


「…………ああ。お前のやることだ、今さら驚きはしない」


 ゼノスは、あまりの神々しさに言葉を失いながらも、泥だらけのリリアの元へ歩み寄り、その小さな体を抱き上げた。

 虹の光に包まれた二人の姿は、さながら伝説の一場面のようである。


 しかし、その光景を鏡越しに見ていた教会の女子たちは、情緒もへったくれもなかった。


「ちょっと見て! 背景が豪華すぎて、二人が結婚式の前撮りしてるみたいになってるわよ!」

「リリア、今の爆発で隣国の気象観測所がパニックになってるわよ!? でもそんなのどうでもいい! ゼノス様が今、リリアの泥を指で優しく拭ったわ! きゃあああ!」

「見て、あの虹の端っこ。聖力が強すぎて、あそこの魔獣たちが光り輝きながら昇天(浄化)してるわ。リリア、あんたもう天候神の域に達してるわね……」


 女子たちは、リリアが無自覚に「世界一豪華なデートスポット」を作り上げたことに、感動を通り越して笑いが止まらなくなっていた。

 ゼノスは、腕の中のリリアが「お洗濯物、乾きますね!」と嬉しそうに笑うのを見て、一生このドジから世界を守り抜くことを、虹に誓うのだった。



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