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【5】生態系崩壊編:森の王者はドジっ子

「はい、次の方ー! 順番を守って並んでくださいねー!」


 魔の森の朝、リリアの明るい声が響き渡る。

 小屋の前には、かつて大陸全土を震え上がらせた伝説級の魔獣たちが、行儀よく一列に並んでいた。


 先頭にいるのは、三つの頭を持つ魔犬『ケルベロス』。

 だが、今の彼にその面影はない。リリアが聖力を込めたブラシで一生懸命ゴシゴシするたびに、三つの頭はすべて蕩けたような顔になり、「アンアン!」と可愛らしく鳴いている。


「わあ、ケルベロスさんも毛並みがいいですね! よしよし、ピカピカですよ!」


 リリアが最後にポンと叩くと、ケルベロスの体から邪気が霧散し、まるでサロン帰りのプードルのようにフカフカになった。


「…………おい。リリア、いい加減にしろ」


 小屋の縁側に座り、ゼノスが深い、深いため息をついた。

 彼の前には、毒を持つ怪鳥『コカトリス』や、触れるものすべてを腐食させる『スライム』が、リリアの「ブラッシング(浄化)」を待ってそわそわと順番待ちをしている。


「管理人さんも見てください! みんな、とってもお利口さんなんですよ!」


「お利口なものか。そいつらは皆、一国を滅ぼせる災害級だ。……それが、お前のせいでただのペットに成り下がっている」


 ゼノスは頭を抱えた。リリアが一生懸命ブラッシングするたびに、魔獣たちの『魔性』が『聖性』に書き換えられ、森の戦力図がドジ聖女の手によって平和的に塗り替えられていく。


「わわっ!? スライムさん、そんなに急かさないで……ああっ!」


 案の定、リリアはスライムの粘液(※現在はただの美容液)に足を滑らせた。

 そのまま、後ろに並んでいた巨大な『地獄の処刑熊キラーベア』の腹部にダイブする。


 ドォォォォォォン!!


 炸裂する聖力。キラーベアは一瞬にして「幸せの白いクマさん」へと浄化され、リリアを優しく抱きしめる形になった。


「えへへ、温かいです……」


「……リリア、離れろ。そいつはクマだぞ、食べられるぞ。……というか、その位置は俺が——いや、何でもない」


 その頃、教会の資料室では大変な騒ぎになっていた。


「ちょっと! 今の見た!? ゼノス様がクマに対して本気で嫉妬したわよ!」

「『その位置は俺が』って言いかけたわよね!? 言ったわよね!? ああっ、もう! リリア、そこはクマじゃなくて管理人さんにダイブしなさいよ!」

「カレン、見て! あのスライムがリリアの足元でプルプルしてるわ。……あれ、絶対わざと滑らせたわね。魔獣までリリアのドジを誘発し始めてるわよ……!」


 魔物たちさえもリリアのドジの虜になり、ゼノスの心労(と独占欲)だけが積み上がっていくのだった。


「いい、リリア? 今のあんたに足りないのは『可憐さ』と『隙』よ!」


 通信鏡の向こう側で、カレンが鼻息荒く拳を握っていた。

 魔の森の夜。リリアはゼノスが薪を拾いに行っている隙に、こっそり同僚女子たちと秘密の「恋愛作戦会議」を開いていた。


「かれんさ……? すき……?」


「そうよ! 転びそうになったら、ただ地面に突っ込むんじゃなくて、管理人さんの胸の中にダイブ! そして潤んだ瞳で見上げて『あ……ごめんなさい』って呟くの! これ、鉄板よ!」


「なるほど……! 管理人さんの胸は硬いので、地面より安全そうですね! 一生懸命頑張ります!」


 リリアは真面目な顔で頷き、メモ(樹皮)に書き留めた。

 そこへ、山盛りの薪を抱えたゼノスが戻ってくる。


「……リリア、またあの鏡と話しているのか。あまり夜更かしは——」


(今です、リリア! 行きなさい!)


 鏡の向こうからカレンの念が飛ぶ。

 リリアは立ち上がり、教わった通りの「可憐なステップ」を踏もうとした。だが、足元には自分が脱ぎ散らかした靴があった。


「わわわっ! 管理人さーん! すきですー!」


「なっ……!?」


 リリアは盛大に滑り、全力のヘッドバッドをかます勢いでゼノスの胸板に突っ込んだ。

 その衝撃で、ゼノスが持っていた薪が派手に宙を舞う。


 ドォォォォォォン!!


「ふぐっ……!?」

「あ……ごめんなさい(棒読み)」


 リリアは教えられた通り、潤んだ瞳(実際は頭をぶつけて痛いだけ)でゼノスを見上げた。

 密着した体。ゼノスは顔を耳まで真っ赤にし、衝撃と混乱で固まっている。


「お前……今、何と言った……? 『好き』だと……?」


「はい! 『すき』を作れってカレンさんに教わったので! 今、私は隙だらけですよ、管理人さん!」


「…………そうか。……鏡の連中か」


 ゼノスは全てを察し、青筋を立てて鏡を睨みつけた。

 一方、鏡の向こうでは——。


「キャーッ! 今の『好きですー!』は反則よ! 告白になっちゃってるわよ!」

「見て! ゼノス様のあの、嬉しさと怒りと羞恥が混ざった複雑な顔! 最高に美味しいわぁ!」

「リリア! そのまま押し倒しなさい! それが次なる修行よぉぉ!!」


 女子たちの狂乱は止まらない。

 ゼノスはリリアを抱きしめたまま(離すとまた転ぶため)、「……後で、あの鏡を叩き割る」と固く誓うのだった。


「管理人さん、いつも薪割りやお料理を代わってくれてありがとうございます! 今日は私にお礼をさせてください!」


 リリアは気合十分で、拳をポカポカと叩き合わせていた。

 最近、ゼノスがリリアのドジを未然に防ぐために神経を尖らせているせいか、彼の肩が岩のように凝っていることに気づいたのだ。


「……嫌な予感しかしない。リリア、その『お礼』というのは、まさかまた掃除ではないだろうな」

「違いますよ! 今日は管理人さんの肩を、一生懸命もみもみしてあげます!」


 ゼノスは逃げようとしたが、リリアの「でも、管理人さんの力になりたいんです……」という捨て身のウルウル攻撃に屈し、渋々丸太の上に座った。


「……優しくしろよ。いいか、絶対に力を入れるなよ」

「はい、お任せください! えいっ!」


 リリアがゼノスの肩に手を置いた瞬間、彼女の「疲れを癒やしてあげたい」という強い純愛心が、高純度の聖力に変換された。


 バチィィィィッ!


「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!?」


「わわっ!? 管理人さん、電気が走りましたか!?」


 それは電気ではなく、リリアの手から直接注入された過剰なまでの生命エネルギーだった。

 リリアは焦って、さらに力を込めて肩を揉み——もとい、押し込んだ。


 ズゴォォォォン!!


 リリアのドジっ子パワーと聖力が炸裂し、ゼノスの体は丸太ごと数センチ地面に沈み込んだ。


「あわわ、手が滑っちゃいました! 大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫なわけがあるか……! 肩こりどころか、魂が体から抜けかけたぞ……!」


 ゼノスはガクガクと震えながら振り返ったが、至近距離にリリアの必死な、そして申し訳なさそうな顔があり、言葉を失う。

 リリアが「痛かったですよね……」とゼノスの肩をさするたびに、極上の聖力が染み込み、凝りなど微塵もない「最強の肉体」が再構築されていく。


 その頃、教会の資料室では大変な事態に。


「ギャァァァァァァ! 今の見た!? ゼノス様がリリアの指先一つで悶絶してるわ!」

「ああっ、あの苦悶に満ちたイケメンの顔……っ! そしてリリアが後ろから抱きつくような形になってるじゃない!」

「リリア! そのまま耳元で『良くなりましたか?』って囁きなさい! ゼノス様の理性をトドメの一撃で粉砕するのよぉぉ!!」


 女子たちは鏡にへばりつき、ゼノスの受難(ご褒美)を実況し続ける。

 ゼノスは、肩は軽くなったものの、リリアの無自覚な接触による精神的ダメージで、しばらく立ち上がることができなかった。


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