【4】通信編:教会の女子たちは見ている
「……はぁ。やっぱり、カレンさんたちに会いたいなぁ」
魔の森の夜。リリアは、リュックの底に大切にしまっていた『連絡用の手鏡』を取り出した。
それは本来、緊急時に一度だけ光を放つ程度の魔導具のはずだったが、リリアが毎日「一生懸命」にお祈りしながら磨いていたせいで、とっくに限界突破して通信衛星並みの性能に進化していた。
「あ、また汚れが。ゴシゴシ……わわっ!?」
案の定、磨く手に力が入りすぎて、リリアは鏡を抱えたまま床に転がった。
彼女の膨大な聖力が鏡に逆流し、表面が眩い光を放ち始める。
——その頃、教会の資料室では。
「キャーッ! ゼノス様が今、リリアの寝顔を見て微笑ん——」
「ちょっとカレン、鏡が急に光り出したわよ!? 爆発するぅぅ!?」
鏡が激しく振動し、資料室の壁にリリアの顔が特大プロジェクターのように投影された。
『あ、あれ……? カレンさん? ミナさん!?』
「「「ギャァァァァァァーーー!! 繋がったぁぁぁ!!?」」」
女子たちは悲鳴を上げながら、慌てて鏡の前に整列した。
「リ、リリア!? あんた、生きてたのね!?(知ってたけど!)」
「あわわ、リリア! 後ろ! 後ろにゼノス様がいるわよ! もっとカメラを右に振って!」
『わあぁ、本当にカレンさんたちだ! えっと、カメラ……? 管理人さんのことですか?』
リリアがひょいと鏡(というかリリアの手元では小さな手鏡)を掲げると、そこには寝支度を整えた、無防備な姿のゼノスが映り込んだ。
「…………おい、リリア。夜中に何を騒いでいる」
画面越しに、大陸最高峰の美貌が等身大以上のサイズでドアップになる。
「「「(尊すぎて沈黙)」」」
『管理人さん、教会の皆さんと通信が繋がったんです! ほら、見てください!』
ゼノスが怪訝そうに鏡を覗き込む。
そこには、鼻血を出して白目を剥いているミナと、拝むように手を合わせているカレンの姿が映っていた。
「…………何だ、この集団は。……呪いの一種か?」
「失礼ね! 私たちはリリアの同僚よ! ゼノス様、リリアをよろしく……いえ、もっともっとグイグイ行っちゃってください!」
「リリア! あんた、今すぐその人に抱きつきなさい! それが聖女の義務よ!」
『えっ? 義務……? わかりました、一生懸命頑張ります!』
「待て、話を聞け! 何を頑張るつもりだ!?」
リリアが「義務」という言葉を「お世話の延長」と勘違いし、ゼノスに詰め寄る。
鏡の向こうの女子たちは「行けー!」「脱がせー!」と野太い声で応援。
魔の森の静かな夜は、一瞬にしてカオスな実況中継現場へと変貌したのだった。
「カレンさん、見てください! 今日の夕食は管理人さんが作ってくれたんですよ!」
リリアは、限界突破した通信鏡を片手に、一生懸命お肉を頬張っていた。
画面の向こうでは、教会の資料室に集まった女子たちが、身を乗り出して鏡を凝視している。
『ちょっとリリア、お肉なんてどうでもいいのよ! それより後ろ! 後ろで火の番をしてるゼノス様の、あの逞しい背中を映しなさい!』
『そうよ! その火照った顔で汗を拭う瞬間が最高なんだから……ああっ、今拭いた! ミナ、見た!? 今、腹筋がチラッと見えたわよね!?』
「腹筋……? あ、本当ですね。管理人さん、お腹に板チョコみたいなのが付いてます!」
リリアは無邪気に鏡をゼノスの方へ向けた。
そこには、リリアが「火を使うと森が消えるから」と調理を禁止されたため、代わりに慣れない手つきでお肉を焼くゼノスの姿があった。
「……リリア。食事中にあまり騒ぐな。あと、その鏡を向けるのをやめろ。……向こう側の視線が、物理的に刺さるように痛い」
ゼノスは、鏡の向こうから聞こえる「キャーッ!」「こっち向いてー!」という黄色い悲鳴(という名の野太い声)に、かつてないほどの生命の危機を感じていた。
「管理人さん、照れてるんですか? ほら、カレンさんたちが『お顔を見せて』って! わわっ!?」
身を乗り出しすぎたリリアは、案の定、自分の足に引っかかって前方へダイブした。
手に持っていた鏡が宙を舞い、焼いている最中のジューシーなお肉の上にボトッと着地する。
ドォォォォォォン!!
リリアの聖力が鏡を媒介にお肉へ注入され、焚き火が七色の浄化の炎へと進化した。
『ギャァァァァァ! 画面が眩しすぎて何も見えないわ!』
『リリア! あんた、今一番いいところだったのに! ゼノス様がお肉を「あーん」してくれそうな雰囲気だったのにぃぃ!!』
「あわわ、ごめんなさい! 鏡がお肉まみれに……あ、でもなんだかお肉が黄金色に輝いて、とっても美味しそうです!」
「……もういい、リリア。お前は食べる専門に専念しろ。それと、鏡の向こうの女子たちに伝えろ。『これ以上の実況は、騎士の誇りにかけて阻止する』とな」
ゼノスは顔を真っ赤にしながら、リリアの口に黄金のお肉を突っ込んで黙らせた。
その光景すらも「強引な餌付け尊い……!」と鏡越しに拝まれていることには、まだ気づいていなかった。
聖王国ルミナリス、中央大聖堂。
本来ならば厳かな静寂が支配するはずのこの場所で、最近、奇妙な現象が報告されていた。
「……また、あの資料室から悲鳴が聞こえてきたぞ」
「最近の若い聖女たちは、修行が厳しすぎるのではないか?」
首を傾げる年配の神官たちの背後で、資料室の扉の中は、まさに戦場と化していた。
「リリア! もっと寄って! ゼノス様の寝癖をアップで映すのよぉぉ!」
「カレン、落ち着きなさい! ああっ、見て、ゼノス様がリリアのドジを叱りながらも、優しく泥を拭ってあげてる……! これ、実質プロポーズよね!?」
鏡の向こう側では、リリアが「一生懸命転んだ」結果、ゼノスの膝に頭から突っ込んでいた。
それを介抱するゼノスの、呆れ果てた、しかし隠しきれない慈愛に満ちた表情に、女子たちのボルテージは最高潮に達していた。
『カレンさーん! 管理人さんが、「鏡を見すぎると目が悪くなるよ」って心配してくれてます!』
「いいのよ、失明しても悔いはないわ! この眼福さえあればっ!」
「リリア! あんた、今すぐ管理人さんに抱きついて『怖い夢を見た』って言いなさい! それが吊り橋効果よ!」
『こわいゆめ……? わかりました、一生懸命やってみます!』
教会の女子たちの「間違った恋愛指導」を真に受けたリリアが、ゼノスの背中に勢いよくダイブする。
ドゴォォォォン!!
勢いあまったリリアの聖力が暴発し、鏡の通信が激しいノイズとともに遮断された。
「「「あぁぁぁぁぁぁぁーーー!! いいところでぇぇぇ!!!」」」
資料室に響き渡る、地獄の底からのような絶叫。
直後、バタンと扉が開いた。そこには、眉間に深いシワを寄せた大司教バルトロメウスが立っていた。
「……貴様ら。先ほどから、何を騒いでいる」
「「「…………っ!!」」」
女子たちはマッハの速さで鏡を隠し、女神への祈りのポーズを取った。
「い、いえ! あまりに女神様の加護が深すぎて、感動のあまり叫んでしまっただけでございます!」
「……ほう。ならば、その『加護』の報告書を、明日までに百枚提出せよ」
「「「……はい……」」」
大司教が去った後、女子たちは魂が抜けたような顔で膝をついた。
しかし、その瞳にはまだ炎が宿っている。
「……ねえ、みんな。報告書を書き終えたら……また覗くわよ」
「「「もちろんですっ!!」」」
教会の女子たちの執念は、大司教の威厳すらも上回ろうとしていた。




