【17】新米領主の日常編:お仕事(ドジ)が止まりません
魔の森が聖都公認の特別領地『リリア・ルミナリス領』となってから数日。
リリアには領主として相応しい「白亜の館(ゼノスが力技でリフォームしたもの)」が与えられたが、本人の生活は何一つ変わっていなかった。
「よし! 今日から領主様として、一生懸命この館をピカピカにしますよー!」
リリアは朝から「領主の正装(※いつもの服の上に、カレンが無理やり着せた豪華なマント)」を翻し、特大のモップを手にしていた。
その後ろを、領主代行兼・護衛騎士となったゼノスが、胃をさすりながら追いかける。
「リリア、待て。お前はもう領主なんだ。掃除は魔獣たち……いや、派遣されてきた使用人たちに任せればいい。お前はそこに座って、お芋でも食べていろ」
「ダメですよ、ゼノスさん! 自分の家は自分で綺麗にしないと、女神様に怒られちゃいます。えい、えい、わわっ!?」
気合を入れてモップを振り回したリリアだったが、豪華なマントの裾を自分で踏んづけてしまった。
そのまま、領主館の正面玄関にある、歴史を感じさせる重厚な大理石の柱に向かってダイブする。
ドォォォォォォォォン!!
リリアの「ピカピカにしたい!」という純粋な願いが、モップを通じて柱に注入された。
一瞬にして柱が白銀に発光し、その輝きは連鎖的に館全体の壁、床、天井へと伝わっていく。数秒後、古い館にこびりついていたわずかな塵すらもが聖力で分解され、建物全体が「物理的に発光するクリスタル・パレス」へと進化した。
「……あ。また、やりすぎちゃいました?」
「…………リリア。お前が掃除をするたびに、この館の資産価値が跳ね上がって、国の税務官が気絶するぞ。あと、床を浄化しすぎて摩擦が皆無だ。……ほら見ろ」
ゼノスが指差す先では、派遣されてきたばかりの使用人たちが、磨き上げられた床の上をスケート選手のように滑りまわり、「止まらないー!」と叫びながら次々と壁に激突していた。
その光景を、館のテラスから眺めていたカレンとミナは、優雅にお茶を啜っていた。
「相変わらずね。領主になっても、やってることは魔の森に来た初日と同じだわ」
「でも見て、カレン。あの光り輝く館。あんなの、夜でも松明がいらないわよ。リリアのドジは、究極の節電対策ね」
「それよりゼノス様を見て。滑って転びそうになったリリアを抱きとめて、そのままお姫様抱っこで執務室(おやつ部屋)に連行していったわよ。……ご馳走様です!」
領主となっても、リリアのドジとゼノスの溺愛、そして周囲の受難は、ますます輝きを増していくのであった。
「ゼノスさん、見てください! 領主様の騎士団といえば、やっぱりお揃いの格好ですよね!」
領主館の広場に、リリアの元気な声が響き渡る。
彼女の目の前には、かつて「森の悪夢」と恐れられた魔獣たちが、なぜか幼稚園児のようにお行儀よく整列していた。
リリアの手には、聖力で編み上げられた大量の「桃色のリボン」と「小さなマント」が握られている。
「……リリア。まさかとは思うが、その災害級の魔獣たちに、その可愛らしい布切れを着せるつもりか?」
ゼノスがこめかみを押さえながら尋ねる。
彼の視線の先では、三つの頭を持つ魔犬ケルベロスが、リリアにリボンを付けてもらうのを今か今かと尻尾(蛇)を振って待っていた。
「はい! 一生懸命作ったんです。これを付ければ、みんな立派な『ルミナリス領騎士団』ですよ!」
リリアは意気揚々とケルベロスの元へ駆け寄った。
しかし、喜びのあまり勢いがつきすぎ、案の定、自分のマントに足を引っ掛けた。
「わわわっ! 騎士団結成ですーっ!」
ダイブしたリリアの手から、聖力が飽和したリボンが放たれた。
それは磁石のように魔獣たちの首元へと吸い寄せられ、彼女の「みんなを強く、格好よくしたい!」という願いが魔力として爆発した。
ドォォォォォォォォン!!
凄まじい光が収まったあと、そこにいたのは「可愛いペット」ではなかった。
リリアの聖力によって肉体が黄金の甲殻に覆われ、知性が極限まで高められた『聖魔騎士獣』へと進化した軍勢である。
彼らは一斉にリリアに向かって騎士の礼を取り、地響きのような声で咆哮した。
「「「(我ら、リリア様のために!!)」」」
「……あ。なんだか、皆さんすっごく強そうになっちゃいました」
「……強そうどころではない。この軍勢だけで、隣国を三つは落とせるぞ。……というか、ケルベロスの真ん中の頭が、俺より綺麗な敬礼をしているのはどういうことだ」
ゼノスは自分の立場(正社員)が脅かされる危機感を感じ、そっとリリアの肩を抱き寄せた。
その頃、テラスで高みの見物をしていたカレンとミナは、腹筋を崩壊させていた。
「ギャァァァァァァ! 見た!? あの魔獣たち、リリアにリボン付けられただけで神獣にクラスチェンジしたわよ!」
「しかもリリアが転ぶたびに、騎士団の陣形が完璧に整っていくわ! ドジが軍略になってるじゃないの!」
「カレン、見て! ゼノス様が魔獣相手に『俺が一番の騎士だ』ってオーラで張り合ってるわよ! 独占欲が魔獣レベルだわぁぁ!!」
女子たちは、リリアが無意識に結成した「世界最強(で一番可愛い)騎士団」のパレードを、涙を流しながら見守るのだった。
「——リリア様! 一生懸命、会いに来ましたわ!」
領主館の門前に、まばゆいばかりの光を放つ馬車が止まった。
そこから現れたのは、かつてリリアを泥臭いと蔑んでいたはずの聖女候補生、セレナであった。
しかし今の彼女に高飛車な面影はない。第47話でリリアに「物理的に浄化」されて以来、彼女はリリアを聖女の鑑として崇拝する、熱狂的な一番弟子へと変貌していたのである。
「あら、セレナさん! 聖都からわざわざ、ありがとうございます!」
リリアは再会を喜び、館の入り口で一生懸命に手を振った。
セレナは馬車から降りるなり、うっとりとした表情で浄化された森の空気を吸い込む。
「ああ、この素晴らしい聖力……! リリア様、私もこの地で、お芋を植えながら修行させてくださいまし!」
「もちろんです! ちょうど新しい畑を耕そうと思っていたんです。さあ、中へどうぞ……わわっ!?」
歓迎しようと一歩踏み出したリリアだったが、セレナが手土産に持ってきた最高級のシルクの絨毯に、自慢の右足が引っかかった。
「わわわわわっ! お客様、いらっしゃいませーっ!」
リリアはセレナに向かって、砲弾のような勢いでダイブした。
その衝撃で、リリアが隠し持っていた「お徳用・超強力浄化ミスト(試作品)」が空中へ霧散し、二人の周りで聖力の嵐が巻き起こる。
ドォォォォォォォォン!!
「あがががががが……っ! 聖なる力が……毛穴の奥まで浸透しますわぁぁ!!」
光が収まったあと、そこにいたのは、さらに美白とツヤを増し、神々しい後光まで背負ってしまったセレナと、彼女の上に重なるように転んだリリアであった。
「……リリア。お前は客人を迎えるたびに、物理的な洗礼(体当たり)を与えるのをやめろ」
ゼノスが呆れ果てた顔で現れ、リリアの腰を抱き上げて救出する。その際、ゼノスはセレナに対して「……修行なら、あの魔獣騎士団の掃除当番から始めろ」と、さりげなく厳しい「師匠の旦那」ポジションを確保した。
その頃、テラスで様子を見ていたカレンとミナは、お腹を抱えていた。
「ギャァァァァァァ! 見て、セレナのあの顔! リリアに突き飛ばされて『浄化の衝撃で悟りを開きました』みたいな顔してるわよ!」
「観光客第一号が、まさかの改心したライバル聖女とはね。……でもリリア、あんたのおもてなしは相変わらず『命がけ』だわ!」
「見て! ゼノス様がセレナに対して『リリアに変なこと教えたら、即・国外追放だぞ』って目で威圧してるわ! 独占欲が国境を越えてるわねぇ!!」
女子たちは、リリアの無自覚な「洗礼」によって、魔の森がますます賑やかな(そして騒がしい)聖域になっていくのを、笑いながら見守るのだった。
「ゼノスさん! 大変です、お掃除してたら謎のキラキラした粉が大量に取れちゃいました!」
領主館のテラスに、リリアの焦った声が響き渡る。
彼女が差し出した瓶の中には、虹色に発光する微細な粉末がなみなみと詰まっていた。
「……リリア。またか。今度は何を磨いて、何を削り出したんだ」
ゼノスは執務の手を止め、こめかみを押さえた。リリアが「一生懸命」に館の窓ガラスを磨こうとして、聖力飽和状態の雑巾で擦りすぎた結果、ガラスから聖なる削りカス——もとい、結晶化した魔力の粉末が発生したのだ。
「えへへ、窓がとっても綺麗になった代わりに、これがパラパラと……。捨てるのはもったいないので、お芋に振りかけたら、お芋が空を飛んでいっちゃったんです!」
「……重力を無効化しただと? リリア、それは『粉末』ではない。概念を書き換える『聖遺物の破片』だ」
ゼノスがその粉を指先で取ると、彼の指先の古い傷跡が一瞬で消滅し、周囲に花の香りが漂った。
この『聖女の涙(の粉末)』の噂は、瞬く間に聖都へと伝わった。
数日後。領主館には、国中の商人や神官、果ては隣国の使節までが門前に列をなした。
「リリア様! その粉末を我が商会に! 金貨一袋……いえ、城一つと交換でも構いません!」
「教会に寄贈を! これがあれば、死者以外ならどんな怪我も一瞬で治る奇跡の薬になります!」
押し寄せる群衆に、リリアは目を回しながら一生懸命に応対しようとした。
「わ、わわわっ! 皆さん、落ち着いてください! そんなに欲しがられたら、私……わわっ!?」
リリアは絨毯の端に足を引っかけ、手に持っていた特大の粉末瓶を宙に放り出した。
「ああっ! 特産品がーっ!」
宙を舞う粉末。それが風に乗って門前の群衆に降り注いだ、その時。
ドォォォォォォォォン!!
粉末を浴びた商人たちのメタボなお腹が凹んで腹筋が割れ、使い古された馬車が黄金の輝きを放つ豪華車両に進化し、さらには門の前にいた魔獣たちが礼儀正しく詩を詠い始めた。
「「「…………おおお、女神様ぁぁ!!」」」
群衆は一斉にその場に跪き、リリアに向かって祈りを捧げ始めた。
「……リリア。お前はついに、歩く国家予算になったな」
ゼノスは呆れながらも、殺到する群衆から彼女を隠すように抱き寄せた。
その頃、屋上から一部始終を見ていたカレンとミナは、もはや恐怖すら感じていた。
「ギャァァァァァァ! 何よあの粉!? ただの窓掃除のカスよね!?」
「リリア、あんたのドジはもう経済バランスの破壊よ! 今すぐゼノス様、その粉を独占して! じゃないと世界がキラキラしすぎて終わるわ!」
「見て! ゼノス様が粉まみれになったリリアを抱きしめて『お前は価値がわかりすぎているから、もう外には出さない』って独占欲を爆発させてるわよ! 監禁ルート突入かしらぁぁ!!」
女子たちは、リリアの無自覚な「特産品」が引き起こした未曾有のパニックに、笑いと戦慄が止まらないのだった。




