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【18】プロポーズ編:終身雇用、それとも生涯の伴侶?

「……リリア。お前に、受け取ってほしいものがある」


 領主館の最上階。魔の森が一望できるテラスで、ゼノスはかつてないほど真剣な、そしてどこか緊張した面持ちでリリアの前に立っていた。

 彼の懐には、小さな、しかし圧倒的な魔力を放つ小箱が収められている。


「わあ、なんですかゼノスさん? またお掃除の新しい道具とか、お芋を掘るための最新式のスコップですか!?」


 リリアは目を輝かせながら、一生懸命にゼノスの手元を覗き込もうとする。

 ゼノスは深い溜息をつき、その美麗な顔にわずかな苦笑いを浮かべた。


「……スコップではない。これを手に入れるために、俺は森の最深部で暴れていた『七色の金剛鳥』を三日三晩追い回したんだぞ」


 ゼノスが箱を開くと、そこにはダイヤモンドよりも硬く、リリアの瞳と同じ若草色の光を放つ、伝説の宝石『星霊の涙』を嵌めた指輪が鎮座していた。

 リリアの強大すぎる聖力に耐え、かつ彼女を一生守り抜くための呪詛耐性を備えた、文字通り世界に一つだけの「最強の指輪」である。


「わあぁ……! すっごく、すっごく綺麗です! これ、管理人さんとしての新しい『バッジ』ですか?」


「……バッジではない。これは、お前を一生……」


「わかります! 『生涯、この森を一緒にお掃除しましょう』という契約の証ですね! 管理人さん、私、一生懸命頑張ります!」


 リリアは感激のあまり、勢いよく指輪を受け取ろうとして——お約束のように、テラスの段差に足を引っかけた。


「わわわわわっ! 契約成立ですーっ!」


 ダイブしたリリアの手が、ゼノスの持つ指輪を直撃した。

 その瞬間、リリアから溢れ出した「ゼノスさんとずっと一緒にいたい!」という純粋な願いが、指輪に込められた星霊の力と共鳴した。


 ドォォォォォォォォン!!


 凄まじい光の柱がテラスから天を貫き、魔の森全域に「愛の波動(物理的な浄化の波)」が広がった。森中の魔獣たちが一斉に遠吠えを上げ、リリアの頭上には真夜中だというのに巨大な二重の虹が架かった。


「……あ。また、光らせすぎちゃいました?」


「…………リリア。お前が指輪を受け取っただけで、森の生態系がさらに三段階ほど進化したぞ。……まあいい、受け取ったからには、もう逃がさないからな」


 ゼノスは顔を真っ赤にしながら、リリアの薬指に強引に指輪をはめ込み、そのまま彼女を強く抱き寄せた。


 その頃、下の階の窓から一部始終を覗き見していたカレンとミナは、悶絶して床を転げ回っていた。


「ギャァァァァァァ! 見た!? あの指輪、魔獣を狩って自作したのよ! 愛が重いわぁぁ!!」

「リリアのやつ、『バッジ』とか言っておきながら、指輪を嵌められた瞬間に聖力で世界中に『婚約宣言』しちゃったわよ!」

「カレン、見て! ゼノス様が指を離さないまま『逃がさない』って耳元で囁いたわよ! これ、今夜は眠れないわねぇぇ!!」


 女子たちは、リリアの無自覚な「契約プロポーズ成立」に、自分たちのことのように狂喜乱舞し、お芋の宴を再開するのだった。


「……リリア。昨日渡した指輪だが、あれは管理人としてのバッジではない。俺とお前の、その……将来についての約束なんだ」


 領主館の裏に広がる、今や「聖なる芋畑」と化した広大な耕作地。

 ゼノスは、お芋のつるを一生懸命に引っ張っているリリアの背中に向かって、意を決して声をかけた。

 今日こそは「結婚してくれ」という一言を、彼女の脳内に直接届けなければならない。


「わあ、将来の約束ですか! はい、ゼノスさん! 私、百年先もお芋を一緒に掘るって、昨日心に誓いましたよ!」


「……それも嬉しいが、そうではなくてな。もっとこう、男と女としての……」


 ゼノスがリリアの肩に手を置き、彼女を自分の方へ向かせた。

 月光に照らされたゼノスの瞳は、かつて戦場で見せたことのないほどの熱と誠実さに満ちている。


「リリア。俺は、お前を妻として——」


「わわっ!? ゼノスさん、大変です! このお芋、すごく手強いですっ!」


 その瞬間、リリアが掴んでいた巨大な『天光芋』の蔓が、彼女の聖力に反応して異常なまでの魔力を蓄積させた。

 リリアは踏ん張ろうとして、案の定、自分の足に引っかかって仰向けにひっくり返る。


「わわわわわっ! そーれっ!!」


 ドォォォォォォォォン!!


 リリアが引き抜いたのは、お芋ではなかった。

 土の中に溜まっていた過剰な浄化エネルギーが、リリアの転倒を合図に一気に地上へ噴出したのである。

 ゼノスの「妻として」という最も重要な愛の言葉は、爆音と、夜空高く打ち上げられた数百個の光るお芋の放物線によって、完全に掻き消された。


「……あ。管理人さん、今何か言いましたか? お芋の爆発で聞こえませんでした!」


「………………いや。お芋が綺麗だな、と言ったんだ」


 ゼノスは空から降ってくる「光るお芋」を、虚無の表情で片手でキャッチした。

 伝説の騎士団長のプロポーズは、根菜類の乱舞によって物理的に粉砕された。


 その頃、畑の隅でピクニックシートを広げていたカレンとミナは、腹筋がちぎれそうになっていた。


「ギャァァァァァァ! 見た!? あの決定的な瞬間に、お芋が不発弾みたいに爆発したわよ!」

「ゼノス様、可哀想すぎる……! 『妻として』の後の言葉が、全部『ドゴォォォン!』に書き換えられちゃったわね!」

「カレン、見て! 空から降ってきたお芋が、ちょうどゼノス様の頭にポスッと乗ったわ! もう神様も笑わせに来てるわねぇぇ!!」


 女子たちは、リリアの無自覚な「タイミングの悪さ」に、もはや感動すら覚えながら、夜空を舞う黄金のお芋を眺めるのだった。


「……リリア。昨日のお芋の件は忘れてくれ。今度こそ、真面目な話がある」


 領主館の静かな書斎。ゼノスは逃げ場をなくすため、あえてリリアを机の前に座らせ、自らもその正面に腰を下ろした。

 彼の前には、リリアが「一生懸命」に書いたと思われる、歪な字の『領地運営日誌(※中身はお芋の成長記録)』が置かれている。


「はい、ゼノスさん! そんなに怖い顔をして、もしかして……お芋の在庫が足りなくなっちゃいましたか?」


「違う。……お前の将来のことだ。リリア、俺は、お前を一生この森に縛り付けておきたい。……いや、言い方が悪かったな。お前を、俺だけのものとして、死ぬまでそばに置いておきたいんだ」


 ゼノスは身を乗り出し、リリアの両手をそっと包み込んだ。

 蒼い瞳には、騎士としての誓いを超えた、一人の男としての烈火のごとき執着と愛が宿っている。


「……死ぬまで、そばに……?」


 リリアは頬を赤く染め、じっとゼノスを見つめた。

 ようやく、ついに、彼女の脳内で何かが繋がったかのように見えた。


「わあ……! わかりました、ゼノスさん! それって、いわゆる『終身雇用』というやつですね!?」


「………………は?」


「すごい、すごいですゼノスさん! 正社員の次は、一生涯の契約更新ですか! つまり、私が死ぬまで、ゼノスさんが私のお掃除やドジをずっと管理してくれる……もう、逃げちゃダメですよっていう、とっても厳しい契約のお願いなんですね!?」


 リリアは感動のあまり立ち上がり、勢いよくゼノスの手を握り返した。

 その瞬間、彼女の「一生懸命な喜び」が聖力として暴走し、握り合った手から眩いばかりの契約の光が溢れ出した。


「わかりました! 私、一生懸命頑張ります! 死ぬまでゼノスさんの『部下』として、この森をピカピカにしますね!」


「……部下。……俺が求めたのは、部下としての終身雇用ではない……」


 ゼノスは机に突っ伏した。

 愛の告白が、リリアのフィルターを通すと、なぜか「ブラック企業の無期限労働契約」のような響きに変換されてしまった。


 その頃、書斎のドアの隙間に目を押し当てていたカレンとミナは、悶絶していた。


「ギャァァァァァァ! リリア、あんた鬼か何かなの!? あの超絶甘い言葉を『終身雇用』で片付けるなんて!」

「見て! ゼノス様のあの、魂が口から出かかってる絶望顔! でもリリアに手を握られてるから、突き放せない不憫さがたまらないわ!」

「カレン、次は私たちが『それは結婚って言うのよ!』って拡声器で教えに行きましょうか!?」


 女子たちは、ゼノスの恋路が「雇用問題」へとすり替わっていくシュールな光景に、涙を流しながら笑い転げるのだった。


「……リリア。いい加減にしろ。俺の話を、一文字も漏らさず、一生懸命に聞け」


 終身雇用宣言(第58話)から数分後。ゼノスの理性の糸は、ついに音を立ててぶち切れた。

 彼は立ち上がると、逃げようとしたリリアの腕を掴み、書斎の壁際へと追い込んだ。


 ドォォォォォォン!!


 ゼノスがリリアの顔の横に、力強く手を突く。いわゆる『壁ドン』である。

 あまりの衝撃に、リリアが「うっかり」浄化してダイヤモンド級の硬度になった壁に、ゼノスの拳の形にヒビが入った。


「わわっ……!? ゼ、ゼノスさん? 壁が……お部屋が壊れちゃいます!」


「部屋などどうでもいい。……いいか、リリア。雇用主でも部下でもない。俺はお前の夫になりたいと言っているんだ。仕事としてではなく、愛しているから、一生お前を独占したいんだ」


 至近距離で見つめる、燃えるような蒼い瞳。ゼノスの低い声がリリアの鼓動に直接響く。

 リリアは真っ赤になり、ついに「吊り橋効果」でも「雇用契約」でも逃げられない熱に包まれた。


「夫……奥さん、ですか? 私と、ゼノスさんが……?」


「そうだ。お前が転べば俺が抱きしめる。お前がお芋を焼けば俺が隣で食べる。それを『仕事』ではなく『家族』としてやりたいんだ。……返事を聞かせてくれ」


 ゼノスの熱烈な視線に、リリアの思考が真っ白になる。

 しかし、緊張がピークに達した瞬間、彼女のドジっ子回路が再び火を噴いた。


「わ、わかりました! 私、一生懸命……ゼノスさんの『奥さん』というお仕事を頑張りますーっ!」


 リリアは恥ずかしさのあまり、勢いよくゼノスの胸に頭から突っ込んだ。

 その瞬間、彼女の歓喜の聖力が暴発し、背後の壁を突き抜けて隣の部屋まで貫通した。


「……リリア。返事は嬉しいが、とりあえず壁から離れようか」


 穴の開いた壁越しに、ゼノスは苦笑しながらも、リリアを愛おしそうに強く、強く抱きしめた。


 その頃、穴が開いた先の隣の部屋で待機していたカレンとミナは——。


「ギャァァァァァァ! 壁を突き破って二人が降ってきたわよぉぉ!!」

「見た!? ゼノス様のガチの告白! そしてリリアの『奥さんというお仕事』発言! あの子、最後までブレないわね!」

「カレン、見て! ゼノス様が穴の開いた壁の前でリリアにキスしようとして……あ、リリアが恥ずかしくてまた頭突きしたわ! ゼノス様、頑張れぇぇ!!」


 女子たちは、壁の残骸に埋もれながらも、二人の決定的な「婚約」の瞬間に、涙と鼻血を流して大喝采を送るのだった。



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