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【15】聖女の証明編:攻撃魔法? いえ、デコピンです

「——おーっほほほ! 何ですの、この場所は? まるでおぞましいお芋の巣窟ではありませんか!」


 魔の森の静寂を切り裂くような高笑いとともに、一人の少女が現れた。

 縦ロールに巻かれた金髪を揺らし、汚れ一つない豪華な法衣に身を包んだ少女——リリアの追放後に聖女の座を狙う候補生、セレナである。


 彼女は調査団の増援という名目で、わざわざ大司教から許可を取り付け、この地に乗り込んできたのだ。


「あら、そこに転がっている不潔な娘が、元・聖女のリリアさん? 相変わらず泥にまみれて、聖女の欠片も見当たりませんわね」


 セレナが扇子で口元を隠しながら見下した先では、リリアが「一生懸命にお芋の土を落とそうとして」地面に突っ伏していた。


「わわっ、お客様ですか? あ、そのお洋服、とってもキラキラしてて素敵です! 泥がついちゃうといけないので、今すぐお掃除して……ああっ!」


 リリアは立ち上がろうとして、案の定、収穫したばかりのツルツルのお芋に足を滑らせた。

 そのままの勢いで、セレナの真っ白な靴に向かってダイブする。


「ちょっと! 近寄らないでくださいまし! 私の靴は特注の——」


 ドォォォォォォン!!


 リリアの掌がセレナの靴に触れた瞬間、リリアから溢れ出した無自覚な聖力が炸裂した。

 靴についていたわずかな埃はおろか、靴の素材そのものが「神聖な輝き」を放ち始め、あまりの眩しさにセレナは目を押さえて後退った。


「な、何ですの!? 今、何をしたんですの!?」


「えへへ、一生懸命磨いておきました! ピカピカですよ!」


「磨きすぎですわよ! 眩しくて自分の足元が見えませんわ!!」


 セレナが憤慨して叫ぶ中、背後から氷のように冷たい声が響いた。


「……リリア。そんな女の靴を磨いてやる必要はない。……泥がついていた方が、その性格にはお似合いだろう」


 ゼノスが、獲物を狩るような鋭い眼光でセレナを射抜いた。

 その圧倒的な威圧感と、ゼノスのあまりの美貌に、セレナは一瞬で顔を真っ赤にして固まった。


「な、ななな……。何ですの、この殿方は……!? こ、このような殿方が、なぜリリアのような女のそばに……!?」


「俺は、彼女の『正社員の管理人』だ。不快な言葉を重ねるなら、この森の肥やしになってもらうが?」


 ゼノスの独占欲丸出しの殺気に、セレナは「ヒィッ!」と悲鳴を上げて調査団の影に隠れた。


 その頃、教会の資料室から現地へ移動したカレンとミナは、木陰でお芋を齧りながら冷めた目でその光景を見ていた。


「出たわね、縦ロール。相変わらずお馬鹿な登場の仕方だわ」

「リリア、無自覚に相手の靴を『攻撃的な光り方』に変えちゃったわね。あれじゃセレナ、歩くたびに目潰しを食らうわよ……」


 自称・真の聖女セレナの来襲により、魔の森はさらなる大騒動の予感に包まれるのだった。


「認めませんわ! こんなドジで不潔な娘が、私より優れた聖力を持っているなんて!」


 魔の森の広場で、セレナは顔を真っ赤にして叫んでいた。

 彼女の目の前では、リリアが「おやつのお芋、どれから食べようかなぁ」と、大量のお芋を前に一生懸命悩んでいる。その緊張感のなさが、セレナのプライドを逆撫でした。


「見ていなさい! これぞ真の聖女が放つ、浄化の極大魔法——『聖王の裁き(ジャッジメント・レイ)』ですわ!」


 セレナが掲げた杖の先に、眩いばかりの光の球が形成される。それは周囲の空気を震わせ、調査団の騎士たちが「おい、やめろ!」「ここでそんな術を使えば森が!」と青ざめるほどの威力だった。


「食らいなさい! おーっほほほほ!」


 放たれた巨大な光の濁流が、リリアに向かって一直線に突き進む。

 しかし、その時。


「わわっ! ハエさん……じゃなくて、大きな虫さんが!」


 リリアの鼻先に、森の小さな羽虫が飛んできた。

 リリアはそれを払おうとして、無意識に、しかし一生懸命に右手を振った。


 パシィィィィィィン!!


 リリアの「デコピン」にも似た、適当な虫払いの動作。

 そこに込められたのは、彼女の底知れない、そして一切の澱みがない純粋な聖力だった。


 次の瞬間、セレナの放った極大魔法は、リリアの手が触れた場所から「霧が晴れるように」霧散した。

 それどころか、リリアの聖力が光を上書きし、周囲にはキラキラと輝く星屑のような粒子が舞い散る、幻想的な光景へと変わってしまった。


「……あ。虫さん、逃げちゃいました。残念です」


「な………………っ!!?」


 セレナは杖を握ったまま、口をあんぐりと開けて固まった。

 自分の全魔力を注ぎ込んだ最大奥義が、ただの「虫払い」で、しかもおまけのように浄化されて消えたのだ。


「……リリア。今のは危ないから、あまり手を振り回すなと言っただろう。……空間に穴が開くぞ」


 ゼノスが呆れ半分、誇らしさ半分でリリアの肩を抱き寄せた。

 その隣で、木陰にいたカレンとミナは、お芋を飲み込みながら深く頷いていた。


「見たわね、ミナ。セレナの『聖王の裁き』、リリアの手にかかれば『ちょっと眩しい風』扱いよ」

「あの子、無自覚に魔力を解体(浄化)しちゃうから、攻撃魔法なんて全く意味ないのよね……。セレナ、ドンマイ」


「嘘……嘘ですわぁぁぁぁ! 私の魔法が……私の魔法が、雑草を刈るよりも簡単に……ッ!!」


 膝をついて絶望するセレナを他所に、リリアは「あ、これ一番大きなお芋です! セレナさんも食べますか?」と、満面の笑みでホクホクのお芋を差し出すのだった。


「ちょっと、何黙って見ていますの! この無礼な男を今すぐ捕らえなさい!」


 魔法をデコピンで消された屈辱に震えるセレナが、後ろに控えていた自らの護衛騎士たちに命令を下した。

 彼らは魔の森の実状を知らぬ、聖都から派遣されたばかりの若手騎士たちである。


「はっ! 聖女セレナ様を侮辱する不届き者め、神の裁きを受けよ!」


 若手騎士たちが一斉に剣を抜き、ゼノスと——その横にいるリリアへと向けられた。

 その瞬間、魔の森の空気が「凍りついた」。


「……今、この子に剣を向けたか?」


 ゼノスの声は、低く、静かだった。しかし、その場にいた全員の背筋に、氷の刃を突きつけられたような戦慄が走った。

 彼がゆっくりと一歩踏み出す。ただそれだけで、周囲の地面がミシミシと音を立てて陥没し、リリアが浄化したはずの草花さえも、彼の放つ圧倒的な「覇気」に平伏するようにしなった。


「ゼ、ゼノスさん……? なんだか、すっごく格好いいけど、怖いですよ?」


 リリアが不安そうに彼の服の裾を掴む。

 すると、ゼノスは一瞬だけ表情を和らげ、彼女の手を優しく握りしめた。だが、騎士たちに向き直ったその瞳は、再び冷徹な蒼の炎を宿す。


「跪け。……今の近衛騎士団は、女子供に剣を向けるよう教育しているのか?」


 ゼノスが指先で空気を弾く。

 それだけで、放たれた不可視の衝撃波が若手騎士たちの剣を粉々に粉砕し、彼らを大地に叩き伏せた。


「ぐわぁぁぁぁっ!? な、何だ、この重圧は……!」

「ば、馬鹿な……。剣を一振りもせず、気圧だけで我々を……ッ!」


 そこへ、遠巻きに見ていたグレン団長が、顔を真っ青にして駆け寄ってきた。


「やめろ! 剣を収めろと言っているだろう! 貴様らが剣を向けているのは、我が騎士団の歴史そのもの……生ける伝説、ゼノス・エル・ルミナリス様だぞ!!」


 その名を聞いた瞬間、セレナも護衛騎士たちも、魂が抜けたような顔で硬直した。

 数年前、魔の森で命を落としたとされていた、王国史上最強の騎士団長。その本人が、目の前でドジ聖女を愛おしそうに抱き寄せているのだ。


「……リリアは、俺が守る。国が、あるいは女神が彼女を害そうとするならば、俺がその全てを斬り伏せる。……分かったら、さっさとその不浄な鉄屑つるぎを片付けろ」


 ゼノスの宣言に、森の魔獣たちまでが同調するように咆哮を上げた。


 その頃、茂みに隠れていたカレンとミナは、尊さのあまり互いの肩を噛み合っていた。


「見た!? 今の『俺が守る』宣言! 百点、いや、一億点よぉぉ!!」

「ゼノス様のあの『元・上官』としての冷たい目……っ! たまらないわ! リリア、あんた一生あの人の腕の中にいなさいよ!!」


 リリアだけが「わあ、ゼノスさん、お掃除の時より力が入ってますね!」と、やっぱり的外れな感心をしながら、ゼノスの逞しい腕にしがみついているのだった。


「わわわっ! 皆さん、そんなに震えてどうしたんですか!? ゼノスさん、ちょっと怖がらせすぎですよ!」


 ゼノスの圧倒的な威圧感の前に、セレナも若手騎士たちも、文字通り蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。

 リリアは慌ててゼノスの腕をすり抜け、膝をついているセレナの元へと駆け寄った。


「セレナさん、大丈夫ですか? 私のせいで怖い思いをさせちゃって、ごめんなさい! 今、一生懸命お詫びしますからね!」


「ひ、ヒィィッ! 来ないでくださいまし! 汚れますわ、近寄らないで——」


 セレナが悲鳴を上げながら後ずさる。

 だが、そこはリリアが「うっかり」聖水入りのバケツをひっくり返したばかりの、最高に滑りやすい芝生の上であった。


「わわっ!? 止まらないですーっ!!」


 リリアは華麗に足を滑らせ、セレナに向かって全力のスライディングを敢行した。

 そのまま、彼女の掌がセレナの肩にガシッ! と置かれる。


 ドォォォォォォォォン!!


「あががががががが!!?」


 リリアの「申し訳ない」という強い誠実さが、規格外の浄化エネルギーとなってセレナの全身を駆け抜けた。

 セレナを包んでいた傲慢なプライド、どす黒い嫉妬、さらには厚化粧や法衣に染み付いた高級香水の匂いまでもが、リリアの聖力によって「純白」へと書き換えられていく。


「ふぅ……。少しは落ち着きましたか、セレナさん?」


 光が収まったあと、そこにいたのは——。

 縦ロールは綺麗に解けてサラサラのストレートヘアになり、表情からは毒気が完全に抜け落ち、まるで生まれたての子鹿のように澄んだ瞳をした「清らかなセレナ」であった。


「……あ、あら? 私、何をそんなに怒っていましたのかしら……? お芋、美味しそうですわね……」


「なっ……セレナ様が、物理的に『善人』に浄化されただと……!?」


 グレン団長が、あり得ないものを見る目で絶叫した。

 リリアの謝罪は、精神論ではなく、物理法則として相手の悪意を消滅させてしまったのだ。


「……リリア。お前は本当に、敵対する気力さえも根こそぎ奪い去るのだな」


 ゼノスは呆れ果てて、ポヤポヤしているセレナと、一生懸命に彼女の服の皺を伸ばそうとしている(そしてまた破きそうになっている)リリアを見つめた。


 その頃、背後の茂みでは——。


「ギャァァァァァァ! 見た!? あのセレナが『聖女(本物)』みたいなツラになっちゃったわよ!」

「リリアの浄化、ついに人格修正の域に達したわね……。あの子、本気で謝れば世界平和が実現するんじゃないかしら」

「カレン、見て! 浄化されたセレナがリリアに『お芋の皮むき、手伝いますわ』って跪いたわ! 完敗ね、完敗よぉぉ!!」


 女子たちは、リリアの無自覚な「謝罪トドメ」によって、魔の森に新たな平和(と下僕)が誕生した光景に、腹筋を崩壊させて笑い転げるのだった。


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