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【14】同僚潜入編:鏡の向こうから、女子会がやってきた

 調査団の派遣から数日。聖王国ルミナリスの騎士団が魔の森で「お芋パーティー」に興じているという信じがたい報告を受け、教会の資料室はかつてない危機感に包まれていた。


「……ダメよ。このまま鏡越しに見ているだけじゃ、ゼノス様とリリアの『決定的瞬間』を肉眼で拝めないわ!」


 カレンが机を叩き、決然と立ち上がった。その手には、どこから調達したのか、予備の騎士団制服と、不自然なほどモジャモジャした付け髭が握られている。


「カレン、正気!? 聖女が勝手に国境を越えたら重罪よ!」


「ミナ、あんたこそ、ゼノス様のあの腹筋をナマで拝みたくないの!? 今のリリアなら、私たちが紛れ込んでも『新しい管理人さん候補ですね!』とか言って納得するに決まってるわ!」


「……行くわ。今すぐ着替えるわ」


 数時間後。魔の森の入り口付近で、調査団の荷運び係として紛れ込んだ「小柄で声が高い二人の新人騎士」の姿があった。

 カレンはモジャモジャの髭を整え、ミナは深く兜を被り、リリアの拠点へと足を踏み入れた。


「……おい。お前たち、見ない顔だな。新手の刺客か?」


 拠点に到着するなり、ゼノスの鋭い眼光が二人を射抜いた。

 騎士としての本能が、彼女たちの「素人すぎる隠密行動」を即座に見抜く。カレンは震える膝を必死に抑え、図太いのつもりで答えた。


「い、いや! 俺たちは……そう、団長の着替えを届けに来た、ただの使いっ走りだ! 怪しいもんじゃない、なぁ、相棒!」


「……(無言で激しく頷くミナ)」


 ゼノスが剣の柄に手をかけ、一触即発の空気が流れる。しかし、そこへお馴染みの明るい声が響いた。


「わあ、新しい管理人さんですか!? 一生懸命、お迎えの準備をしてましたよー!」


 リリアが、いつものように足元を滑らせながら、二人に向かって猛烈な勢いでダイブしてきた。


「わわわっ、新人さーん!!」


 ドゴォォォォォォン!!


 リリアの頭突き(聖力付き)が、カレンの腹部にクリーンヒットした。

 その衝撃で、カレンの「付け髭」が勢いよく宙を舞い、ゼノスの鼻先にペタリと張り付く。


「……リリア。お前の連れてきた新人は、顔の一部が脱着可能らしいな」


「えっ? あ、カレンさん!? ミナさん!? どうしてそんなにモジャモジャに……!? あ、魔の森の呪いで、一瞬でお髭が生えちゃったんですね! 大変、今すぐゴシゴシしてあげます!」


「ぎゃぁぁぁ! リリア、やめて! それ、接着剤が強力なの! 地肌ごと持って行かれるぅぅ!!」


 再会の感動など微塵もない、悲鳴とドジの嵐。

 ゼノスは、鼻先の髭を剥ぎ取りながら、「……やはり、この鏡の向こうの連中も、ロクなものではなかったか」と、天を仰ぐのだった。


「……はぁ。やっぱり、あんたたちだったのね」


 リリアの「物理的な歓迎(頭突き)」によって男装が崩壊し、資料室の主——カレンとミナは、ついに魔の森の地にその身を晒した。

 リリアは「お髭が取れてよかったです!」と能天気に喜んでいるが、ゼノスの視線は依然として氷のように冷たい。


「聖王国の聖女が、騎士団に紛れて国外へ不法侵入……。本来なら、即刻縛り上げて送り返すべき事案だが」


「ちょっと待って、ゼノス様。お説教の前に……少しだけ、静止していてくださる?」


 カレンが鼻の頭を赤くしながら、震える手で懐から「特製拡大鏡」を取り出した。

 ミナに至っては、もはや言葉を失い、ゼノスの周囲をぐるぐると回りながら、その筋肉の付き方や肌の質感を網膜に焼き付けている。


「……何をしている。不気味だぞ」


「いい……。鏡越しでも凄かったけど、ナマの破壊力は国家転覆級だわ……。見て、ミナ。このまつ毛の長さ。そして、リリアのドジを警戒して常に張り詰めている、この完璧な上腕二頭筋……っ!」


「カレン……私、もう聖王国に帰れないかもしれない。この御尊顔を拝めるなら、ここで魔獣の餌になっても悔いはないわ……」


 女子たちの熱狂的な視線(品定め)に、さしもの伝説の騎士も後ずさりした。戦場での殺気には慣れているが、欲望に忠実な女子の眼差しは、彼の常識を遥かに超越していた。


「あ、あの! カレンさん、ミナさん! ゼノスさんはとっても親切な正社員さんなんですよ! ほら、見てください、この逞しい胸板! 一生懸命磨いた(浄化した)ので、とってもピカピカなんです!」


 リリアが自慢げにゼノスの胸をパシパシと叩く。そのたびに、ゼノスは「……やめろ、リリア。触るな」と顔を赤くして制止するが、そのやり取りさえも女子たちには極上のご褒美だった。


「「「(尊すぎて死亡)」」」


 二人は同時に鼻血を噴き出し、聖域のふかふかな芝生の上に崩れ落ちた。


「ひゃああ! 二人とも、魔の森の猛毒にやられちゃったんですか!? 大変、今すぐバケツで聖水を——」


「……リリア、放っておけ。それは毒ではない。自業自得というやつだ」


 ゼノスは呆れ果ててリリアの襟首を掴み、気絶した女子たちから引き離した。

 こうして、魔の森に「最強の野次馬」たちが正式に合流し、リリアの生活はさらに騒がしくなっていくのだった。


「いい? リリア。女子会の基本は、美味しいものと、それ以上に美味しい『恋バナ』よ!」


 魔の森の夜。リリアの小屋の前では、巨大な焚き火を囲んで賑やかな宴が始まっていた。

 カレンとミナは、リリアが一生懸命に収穫した『光るお芋』のホイル焼きを頬張りながら、上機嫌でリリアを問い詰めていた。


「こいばな……? お芋の新しい品種ですか?」


「違うわよ! あんたとゼノス様の進展具合の話よ! ほら、あっちで騎士団たちと不機嫌そうに酒を飲んでる、あの絶世の美男子との関係よ!」


 ミナが指差す先では、ゼノスがグレン団長たちに囲まれ、「……あの女子たちをいつ帰らせるつもりだ」と低い声で愚痴をこぼしていた。だが、その視線は常に、焚き火のそばで危なっかしく動くリリアを追っている。


「ゼノスさんとは、とっても仲良しですよ! 昨日は、私が転んだ時に三十分くらい抱きしめててくれたんです。管理人さん、私がまた転ばないように一生懸命支えてくれて……とっても親切なんです!」


「「「…………っ!!」」」


 カレンとミナは同時に悶絶した。

 三十分。それはもはや「支える」というレベルではない。完全なる独占欲の表れである。


「リリア、それ、親切じゃなくて『離したくない』って意味よ! あんた、本当に自覚がないわね……ああっ、お芋が喉に詰まるわ!」


「わわっ、カレンさん大変! 今、背中を叩きますね! えいっ!」


 リリアが一生懸命に振り下ろした拳には、案の定、過剰な聖力が宿っていた。


 ドォォォォォォン!!


 カレンの背中で聖なる衝撃波が炸裂し、喉に詰まったお芋が弾丸のような速さで焚き火の中へ射出された。直後、火柱が虹色に輝き、夜空に聖力の花火が打ち上がる。


「……リリア。お前は客人を救うのか、それとも物理的に浄化して消し去るつもりなのか、どちらだ」


 騒ぎを聞きつけたゼノスが駆け寄り、呆れたようにリリアの頭に手を置いた。その自然な「頭ポンポン」をナメ回すように見つめる女子二人の目は、もはや魔獣より肉食獣に近い。


「いいわ……。現地での生・実況、最高すぎるわ……」

「カレン、生きててよかったわね……。明日もリリアにドジを踏ませて、ゼノス様の過保護っぷりを引き出しましょう」


 女子たちは、魔の森の絶品グルメ(浄化済み)を楽しみつつ、明日の「観察計画」を練るのだった。


「……それで? ゼノス様。あの子をどうするつもり?」


 リリアが「デザートのお芋」を採りにワンちゃんと森へ出かけた隙に、カレンとミナは、ゼノスを巨大な切り株のテーブルに呼び出した。

 二人の聖女候補生が放つプレッシャーは、魔獣の咆哮よりも鋭く、ゼノスの眉間には深いシワが刻まれていた。


「……どうする、とは何のことだ。俺はあいつの管理人として、身の安全を——」


「そのテンプレ回答は聞き飽きたわよ!」


 カレンが切り株をバン!と叩く。


「私たちが知りたいのは、あの子を一生独占して、泣かせずに、あの絶望的なドジを全て受け止める覚悟があるのかってこと! あの子、一生懸命すぎてたまに自分の命も削るんだからね!?」


「………………」


 ゼノスは沈黙した。

 かつて最強の騎士として戦場を支配した彼が、今、二人の女子の正論に防戦一方となっている。


「あの子は、自分を追放した国すら恨まずに、ここで一生懸命笑ってるわ。そんな純粋な子が、あんたの『管理人ごっこ』にいつまで付き合えばいいの? あんた、騎士団長だったんでしょ? だったら、奪うなり誓うなり、ハッキリしなさいよ!」


 ミナの鋭い指摘が、ゼノスの胸に突き刺さる。

 ゼノスはゆっくりと顔を上げ、蒼い瞳に決意の炎を宿した。


「……分かっている。俺は、リリアを誰にも渡すつもりはない。彼女が自分の価値を理解していないのなら、俺が一生をかけて、彼女がどれほど愛されるべき存在かを分からせるつもりだ。……国が彼女を返せと言ってきても、俺は剣を抜いて拒絶する」


 その言葉の重みに、カレンとミナは互いに顔を見合わせ、満足そうに鼻を鳴らした。


「……合格ね。ちょっと重すぎる気もするけど、ゼノス様ならちょうどいいわ」


「わわっ! ゼノスさーん、ただいま戻りました! 一生懸命採ってきたので、皆さんで食べて……わわっ!?」


 そこへリリアが、大量のお芋を抱えて帰ってきた。そしてお約束のように、自分の影に躓いてゼノスの方へダイブする。


「おっと……」


 ゼノスは、先ほどまでのシリアスな顔を一瞬で解き、極めて自然な、そして慈愛に満ちた動きでリリアを抱き止めた。その「あまりの慣れっぷり」を見た女子たちは、もはや何も言うことはなかった。


「リリア、あんた……最高の旦那様を捕まえたわね」

「えっ? だんなさま……? あ、管理人さんは正社員ですから、だんなさま……つまり『旦那(雇用主)』さんみたいなものですね! えへへ、すごいですゼノスさん!」


「…………リリア、後でじっくりその誤解を解いてやる」


 ゼノスの独占欲と女子たちの期待が渦巻く中、リリアだけが相変わらずの笑顔でお芋を焼く準備を始めるのだった。


「カレンさん、ミナさん! 今日は皆さんのために、一生懸命お部屋を整えてあげますね!」


 魔の森に滞在することになったカレンたちと、依然として困惑気味のグレン団長率いる調査団。

 リリアは、彼らが寝泊まりしている巨大な軍用テントが「なんだかジメジメしている」のが気になって仕方がなかった。


「リリア、無理はしなくていいわよ。私たちはこれでも聖女候補だし、自分でお掃除くらい——」


「ダメです! お客さんには最高にピカピカな場所で寝てほしいんです! えい、えい、おーっ!」


 リリアは、聖力がたっぷり染み込んだ「特製・空間浄化用ワックス(バケツ一杯分)」を抱え、テントの中へ突撃した。

 それを見たゼノスが、食後のハーブティーを吹き出しそうになりながら叫ぶ。


「待て、リリア! そのワックスは、お前が昨夜『最強の魔力を込めた』と言っていたやつではないか! そんなものを使えば、テントどころか——」


 ゼノスの警告が響き渡る中、テントの中からお馴染みの悲鳴が聞こえた。


「わわわっ! 床がツルツル……っ、止まらないですーっ!!」


 リリアは、自分が塗ったばかりの聖力ワックスに足を滑らせ、高速スピンを開始した。

 リリアの回転に合わせて、バケツの中のワックスが螺旋状に飛び散り、テントの布地や支柱に聖属性のエネルギーが強制注入されていく。


 キィィィィィィィィン!!


 摩擦と聖力の反発が限界点に達した、その瞬間。


 ドォォォォォォォォン!!


 眩い光の柱が天を貫き、爆風が周囲の木々を揺らした。

 光が収まったあと、そこには調査団のテントの姿はなかった。


「……な、俺たちの寝床が……。跡形もなく、浄化(消滅)した……?」


 グレン団長が、呆然としながら空を見上げた。そこには、テントがあった場所から空に向かって、なぜか「キラキラと輝く星屑の粉」だけが舞っている。


「あ、あわわわ……。すみません、皆さんのテントをピカピカに消しちゃいましたー!」


 リリアは、煤ひとつついていない(むしろ発光している)顔で、倒れたバケツを抱えて涙目になっていた。


「「「………………」」」


 それを見ていたカレンとミナは、もはやツッコミを入れる気力も失い、揃って天を仰いだ。


「リリア……。あんた、鏡越しに見てた時より、明らかに火力が上がってるわね……」


「これじゃ、ゼノス様が二十四時間体制で監視(溺愛)しなきゃいけない理由がよくわかるわ……。ねえ、団長さん。今夜はみんな、その辺のふかふかな草の上で寝ましょうか」


「……ああ。そうだな。……もう、何が起きても驚かん」


 グレンは悟りを開いたような顔で頷いた。

 ゼノスは深いため息をつきながら、震えるリリアを背後から優しく抱き寄せ、「……大丈夫だ。テントの代わりに、俺が明日までに神殿級のコテージを(力技で)建ててやる」と、あまりにも過保護なフォローを入れるのだった。


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