【11】 聖域拡大編:迷子になったら楽園でした
「ゼノスさーん! 私、すごいものを見つけました! これでお肌ピカピカ、女子力アップです!」
魔の森の未踏の地から戻ってきたリリアは、顔中をどす黒い「泥」のようなもので塗り固めた状態で、意気揚々と小屋へ飛び込んできた。
「……リリア、落ち着け。というか、その顔面はどうした。魔物の呪詛を浴びたのか?」
ゼノスは即座に剣を構えたが、リリアは「えへへ」と(泥に固まった顔で)笑う。
「違いますよ! 森の奥に、すっごく冷たくて気持ちいい泥の池があったんです。カレンさんが『泥パックは美肌の基本』って言っていたのを思い出して、一生懸命塗ってみました!」
「……泥パックだと? 待て、お前がさっきまでいた方向にあるのは、古の怨念が溜まった『嘆きの底なし沼』だぞ! 触れただけで肉体が腐食するはず——」
「えっ? でも、塗ったらなんだかポカポカして、お肌がツルツルになってきた気がします!」
リリアが一生懸命、顔の泥を拭おうとして……案の定、自分の足に引っかかってゼノスの胸に飛び込んだ。
その衝撃で、リリアの中にあった「綺麗になりたい!」という乙女の願いが聖力として暴発し、泥を媒介にして周囲に炸裂した。
ピキィィィィィィン!!
眩い光が収まったあと、リリアの顔に塗られていた泥は、最高級の美容成分を含んだ「白銀のクレイ」へと変質していた。さらに、彼女が通ってきた「嘆きの沼」の方角からは、清らかな花の香りが漂ってくる。
「……呪いの沼が、聖なる泥の精製所に変わっている……。リリア、お前はついに、この世から『汚泥』という概念まで消し去るつもりか」
「わあ、ゼノスさんのお洋服にも泥がついちゃいましたね。よし、一生懸命ゴシゴシしてあげます!」
リリアが聖力たっぷりの手でゼノスの胸板をこすると、泥が触れた場所からゼノスの肌までが、神々しいほどの輝きを放ち始めた。
その頃、教会の資料室では——。
「ギャァァァァァァ! 美肌の聖地誕生!? リリア、そこ代わって! 私もその泥に浸かりたいわ!」
「見て! リリアに胸をゴシゴシされて、ゼノス様が変な声を堪えてるわよ! 顔面だけじゃなくて全身が発光しそうな勢いだわ!」
「カレン、今の泥の成分を魔法で解析して! 聖王国の美容市場を独占できるわよぉぉ!!」
女子たちは、リリアが無自覚に作り上げた「魔の森スパ・リゾート」の経済的価値と、ゼノスの艶やかな肌に、理性を失って鏡を叩き続けるのだった。
「……あ、あれ? こっち……でしょうか? いえ、あっちですね! よし、一生懸命歩きますよー!」
リリアは今、絶賛迷子中だった。
お昼寝中だったワンちゃん(白狼)を驚かせないように、そっとキノコ狩りに出かけたまでは良かったのだが、気づけば周囲は見たこともない巨大なシダ植物が茂る深部へと入り込んでいた。
本来、ここは大の大人が数百人で武装して挑んでも、生きては帰れないと言われる『迷いの方角』。空間が歪み、一度足を踏み入れれば同じ場所を永遠に彷徨う呪いのエリアである。
「わわっ、道がヘンテコです! なんだか右に進んだのに、左から戻ってきちゃいました。……えいっ、こうなったら、真っ直ぐ進むのみです!」
リリアは気合を入れ、目の前の巨大な岩壁に向かって突き進もうとした。
だが、案の定、岩から突き出した木の根に足を取られる。
「わわわわわっ!!」
リリアは勢いよく岩壁に向かってダイブした。
その瞬間、彼女の「お家に帰りたい!」という強い切望が、暴力的なまでの聖力となって岩壁に叩きつけられた。
ドォォォォォォン!!
千古不磨を誇った岩壁が、リリアの頭突き(聖力付き)一点によって粉々に粉砕され、その背後にあった空間の歪みまでが「浄化」によって修正されていく。
リリアが転び、転がり、立ち上がるたびに、不気味な茨の道は「レンガ敷きのような歩きやすい遊歩道」へ、怪しい光を放つ毒花は「街灯のように足元を照らす輝き草」へと変わっていった。
「リリアーーー!! どこだ、リリア!!」
血相を変えて追いかけてきたゼノスが目にしたのは、魔の森の最深部を貫く、完璧に整備された『聖なる観光街道』と、その中心で「あ、ゼノスさん!」と呑気に手を振るドジ聖女の姿だった。
「……リリア。お前、迷子になったと言いながら、なぜ国を挙げての大事業レベルの街道を一本通しているんだ……」
「えへへ、一生懸命歩いてたら、なんだか道が綺麗になっちゃいました!」
その頃、教会の資料室では——。
「ギャァァァァァァ! あの街道、何よ!? 馬車が四台並んで走れるじゃない!」
「リリア、あんたもう測量士も騎士団もいらないわね。転がるだけでインフラ整備完了とか、どんなチートよ!」
「見て、ゼノス様が安堵のあまりリリアを抱きしめて……ああっ、そのままお持ち帰りしてぇぇ!!」
女子たちは、リリアが「迷子」になるたびに魔の森が住みやすくなっていく光景に、もはや神の奇跡を疑うことすら忘れて熱狂するのだった。




