【10】恋の勘違い編:吊り橋効果と寝言の悲劇
「……おかしいです。最近、病気かもしれません」
リリアは、小屋の裏で巨大化した光るカボチャを枕に、深刻な顔で自問自答していた。
ゼノス(正社員)が近くを通るだけで、心臓が聖力で爆発した時のようにドキンと跳ねる。目が合うだけで、顔がお芋を焼いている時のように熱くなる。
この症状の答えを求め、リリアはかつて教会で教わった『聖女のための護身読本』の記憶を一生懸命に手繰り寄せた。
「あ……! これです、これに違いありません!」
リリアが思い出したのは、教官の修道女が語っていた、危機的状況下での特殊な心理状態についてだった。
「リリア。どうした、そんなところで唸って」
そこへ、薪を片手に持ったゼノスが通りかかる。
汗を拭うために少しはだけた首元、逞しい腕の筋肉。リリアの心臓が再び猛烈なビートを刻み始めた。
「わ、わわわっ! ゼノスさん、来ないでください! 今、私は『吊り橋効果』の真っ最中なんです!」
「……吊り橋? どこにそんなものがある」
ゼノスが怪訝そうに一歩近づくと、リリアは慌てて後ずさり、案の定、自分の足に引っかかってカボチャから転げ落ちた。
「ひゃああっ! ほら、今のもそうです! ここ(魔の森)は危ない場所だから、脳が勝手にドキドキを『恋』だと勘違いして、生存本能を高めているんです! つまり、私がゼノスさんを見てドキドキするのは、身の危険を感じている証拠なんですよ!」
「…………俺を見て、身の危険を感じている、だと?」
ゼノスはショックで固まった。
昨夜、あれほど熱烈に抱きしめ、想いを伝えたつもりだったのに。まさか自分の愛が「命の脅威」として処理されているとは。
「はい! だから、お家の中に入って落ち着けば、このドキドキも消えるはずです! あ、でも、ゼノスさんが格好よすぎるのも一種の暴力(※カレンの口癖)だってミナさんが言ってたので、やっぱりゼノスさんのせいかもしれません!」
「それはもはや、吊り橋関係ないだろう……」
ゼノスは深い溜息をつき、膝をついてガックリと項垂れた。
その頃、教会の資料室では——。
「ギャァァァァァァ! リリア、あんた何てこと言うのよぉぉ!」
「ゼノス様のあの、絶望に満ちた背中を見て! 自分の愛が『恐怖』だと思われてるのよ!? 可哀想すぎて見てられないわ(録画ボタン連打)」
「リリア! それは吊り橋じゃなくて『恋の橋』なのよ! 早くその橋を全力疾走で渡りなさいよぉぉ!!」
女子たちは、リリアの斜め上の自己分析に悶絶しながらも、ゼノスの不憫すぎる姿をしっかりと目に焼き付けるのだった。
リリアが「これは恋ではなく生存本能です!」と宣言してから、数日が経過した。
ゼノスは、彼女に近づくたびに「わわっ、吊り橋が揺れてますー!」と逃げられる日々に、騎士としての自信と精神をすり減らしていた。
「……はぁ。俺の何が、そんなに彼女を怯えさせているんだ……」
深夜。ゼノスは一人、暖炉の前で物思いに耽っていた。
ふと横を見ると、ソファー(リリアの聖力でフカフカになった切り株)の上で、リリアが一生懸命な寝顔で眠りについていた。
眠っている時だけは、彼女は「吊り橋」から解放されているようで、その顔はひどく穏やかだ。
「……寝顔は、こんなに無防備なのに」
ゼノスはたまらず、彼女の頬に触れようとそっと手を伸ばした。
するとその時、リリアの唇が小さく動いた。
「むにゃ……あ……ゼノス、さん……」
「っ……!」
ゼノスは息を呑んだ。寝言で自分の名前を呼ばれた。
期待に胸を膨らませ、彼はリリアの唇に耳を近づける。
「……ゼノスさん……とっても、だいすき、です……」
「リリア……!」
ゼノスの心臓が、歓喜で跳ね上がった。
やはり彼女は、起きている時は恥ずかしがっているだけで、本心では自分を——。
「……だいすきな、ゼノスさんと、おんなじくらい……お芋、おいしい……むにゃ」
「…………お芋と、同列か」
ゼノスは天を仰いだ。
一国の団長を務めた男が、今、根菜類と激しいデッドヒートを繰り広げている。
「……もっと……ゼノスさんの、ぎゅー……あったかい……お芋より、あつい……」
「……リリア。それは、ズルいだろう」
切ない本音が混ざった寝言に、ゼノスは顔を真っ赤にして、彼女の頭をそっと撫でた。
「だいすき」と言われて喜び、「お芋」と言われて落ち込む。伝説の騎士は今、ドジ聖女の寝言一つに完全に弄ばれていた。
その頃、教会の資料室では——。
「ギャァァァァァァ! 今の聞いた!? 『お芋より熱い』って、それもう愛の告白じゃないの!」
「ゼノス様の、あの『嬉しいけど複雑』な表情! ご馳走様です!」
「リリア、あんた寝てる時が一番素直ね! この音声を録音して、明日の朝本人に大音量で聞かせたいわぁぁ!!」
女子たちは鏡に耳を押し当て、リリアの寝言を一言一句漏らすまいと全神経を集中させていた。




