【9】生活基盤編:魔の森の特産品と看病騒動
魔の森の夜は更けていたが、小屋の中にはかつてない緊迫感が漂っていた。
理由は単純。あの『最強の騎士』であるゼノスが、珍しく熱を出して寝込んでしまったからである。
「ゼノスさん、大丈夫ですか!? 熱が……熱が、私の焼いたお芋より熱いです!」
「……リリア、騒ぐな。少し、魔力の循環が乱れただけだ……。眠れば治る……」
ゼノスは顔を赤くし、荒い息を吐きながら枕(リリアが浄化して綿毛のようになった魔獣の毛皮)に沈んでいた。
本来、彼の強靭な体が風邪を引くことなどあり得ない。だが、連日のリリアによる「無自覚な精神的攻撃(ドジと誘惑)」が、ついに騎士の免疫力を突破したのである。
「ダメですよ、眠る前に栄養を摂らないと! 私、一生懸命に特製の『元気が出るスープ』を作りますからね!」
リリアは決意に満ちた表情で調理場へ向かった。
彼女が取り出したのは、魔の森の最深部で採れた『千年滋養茸』と、リリアの魔力を吸って黄金色に輝く『聖王国の秘伝豆』。
「ええっと、これをこうして……わわっ!?」
案の定、スープをかき混ぜようとしたリリアの足が、床に落ちていた薪に引っかかった。
バランスを崩した彼女は、手に持っていた聖力飽和状態の「ワイルドベリーの原液」を、瓶ごと鍋にダイブさせた。
ドゴォォォォォォン!!
鍋から、七色のオーロラのような湯気が噴き上がった。
それはもはや料理ではなく、飲むだけで死者が蘇る、あるいは現世の理を壊す『究極の超回復薬』へと進化した。
「あわわ、また溢れちゃいました! でも、すごく効きそうな色です!」
リリアは完成した「虹色に発光するスープ」を、フラフラのゼノスの口元へ運んだ。
ゼノスは薄れゆく意識の中で、目の前で眩しく輝く物体を「リリアが作ってくれた……」というだけで、疑わずに飲み込んだ。
刹那。
「…………ッ!!?」
ゼノスの目が、カッと見開かれた。
全身の血管を、スープに含まれた過剰なまでの生命エネルギーが、濁流となって駆け抜ける。
彼の背中から目に見えるほどの「聖なる闘気」が噴き出し、小屋全体が衝撃でガタガタと震え始めた。
「管理人さん!? お顔が真っ白から真っ赤に、そして金色に光ってますよ!?」
「リリア……お前、何を飲ませた……っ! 熱が下がるどころか、全細胞が活性化して……眠るどころではない……っ、走り出さないと体が爆発する!」
ゼノスは熱に浮かされながらも、あまりのエネルギーに耐えきれず、ガバッと起き上がって夜の魔の森へと飛び出していった。
その夜、魔の森には、超音速で走り回りながら山を砕くゼノスの雄叫びが響き渡ったという。
その頃、教会の資料室では——。
「ギャァァァァァァ! リリア、あんた何を食べさせたのよ! ゼノス様が野生の獣を通り越して、神の化身みたいになってるわよ!」
「見て、あの筋肉の躍動感……! 元気すぎて寝間着が弾け飛んでるじゃない! リリア、追いかけなさい! 今のゼノス様なら、一晩で森を耕せるわよ!」
「カレン、落ち着いて! ……でも、あのギラついた瞳で迫られたら、リリアでもさすがに逃げられないわね……。ああっ、尊い!」
女子たちは、元気になりすぎて制御不能となったゼノスの「夜の暴走」を、鼻血を拭きながら見守るのだった。
昨夜、リリアの特製スープで過剰に回復したゼノスは、溢れ出るエネルギーを発散するために一晩中森を駆け回り、結果として小屋の周囲数キロメートルを完璧に整地して戻ってきた。
「おはようございます、ゼノスさん! なんだか今朝は、お肌がつやつやですね!」
「……ああ。おかげさまで、一生分の睡眠を投げ捨てたような気分だ。それにしてもリリア、この大量の芋の山は何だ」
ゼノスの視線の先には、小屋の前に積み上げられた、それ自体がランタンのように発光する『天光芋』の山があった。その数はざっと数千個。リリアが「一生懸命」に畑を応援しすぎた結果、一晩で収穫時期を迎えてしまったのだ。
「冬に備えて、たくさん保存しておこうと思ったんです! でも、置き場所がなくて……。だから、管理人さんに手伝ってもらって、高く積み上げようかなって!」
「積み上げる……? 倉庫を作るのではなくか?」
「はい! 一生懸命積めば、素敵なオブジェにもなりますし!」
リリアはそう言うと、一番大きな芋を手に取り、積み上げようとして——案の定、自分の足元の小石に躓いた。
「わわわっ! そーれっ!」
リリアが放り投げた芋に、彼女の焦りと「崩れないで!」という強い願い(聖力)が宿る。
芋は空中で不思議な輝きを放ち、まるで磁石のように他の芋を引き寄せ始めた。
ズゴゴゴゴゴ……!
「なっ……何だ、この魔力の収束は……!?」
ゼノスが驚愕する中、数千の光る芋がリリアの聖力によって連結され、天に向かって螺旋を描きながら積み上がっていく。
数分後、そこには高さ五十メートルを超える、眩いばかりの『巨大芋タワー』が完成していた。
「わあ……! とっても高いです! これなら遠くからでもお家が分かりますね!」
「……リリア。これはもうオブジェではない。隣国からも見えるレベルの『聖なる灯台』だ。……というか、芋の自重で地面が陥没しかけているぞ」
タワーからは太陽のような清らかな光が放たれ、魔の森の残りの魔霧を完全に消し飛ばしていく。
その頃、教会の資料室では——。
「ギャァァァァァァ! 何よあの巨大な光の柱!? 聖都の観測所が大騒ぎよ!」
「リリアのやつ、ついにバベルの塔ならぬ『お芋の塔』を建てたわね……。あんなの、国中の騎士団が攻めてくるわよ!」
「でも見て、ゼノス様が呆れながらも、リリアが転ばないように腰を支えてあげてる……! あの身長差、お芋の光に照らされて最高にロマンチックだわ……!」
女子たちは、リリアのドジが引き起こした「物理的な環境破壊(ランドマーク建設)」に震えつつも、二人の甘いシルエットに咽び泣くのだった。




