この要塞で生き延びるコツは、 嵐が来る前に三手先を打つことだ。
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プロローグ 亡命者たちの星
01 オルカ・レイン/バウンティハンター
要塞が見えてきた。
コクピットの正面スクリーンに、光の塊が広がっていく。
ネオンの赤、青、紫。
無数の広告パネルが宇宙の暗黒を切り裂いて、
まるでそこだけ時間が別のルールで流れているみたいに点滅していた。
「ギャザー30」
正式名称は〈軌道自治集積体第三十番〉。
だが誰も正式名称で呼ばない。
星間条約の届かない宙域に浮かぶ、この何でもありの要塞都市を。
オルカ・レインは操縦桿を軽く傾け、
接近航路へと機体を滑り込ませた。
今回の標的は三十七歳の男。
企業の機密データを丸ごと持ち逃げして、
どこへ消えたかと思えば――ここだ。
逃げ場を間違えたな、と彼女は思った。
ギャザー30に逃げ込んだ人間を、
オルカが取り逃がしたことは一度もない。
◇ ◇ ◇
02 ジノ・ヴァルク/情報ブローカー
「第七ドック、本日の入港予定は」
ジノ・ヴァルクはカフェの端の席で、
ホロ端末に映し出された名簿を流し読みしていた。
薄暗い。
ギャザー30の内部は常に薄暗い。
節電ではなく、見えすぎない方が都合のいい者が多いから、という理由で。
名簿の中に、ひとつ引っかかるシップナンバーがあった。
『SR-774・コールサイン〈ハーピー〉』
舌打ちが漏れる。
ハーピー。
バウンティハンターのオルカ・レインが使う船だ。
まずい。
昨日、ジノは例の男に「安全な隠れ家」を売った。
情報が漏れたか、それとも彼女は独自に嗅ぎつけたのか。
どちらにしても、ジノには対処が必要だった。
彼はカップを置き、静かに立ち上がった。
この要塞で生き延びるコツは、
嵐が来る前に三手先を打つことだ。
◇ ◇ ◇
03 セル・ナナシ/要塞生まれの少女
セルは今日も〈外縁通路〉を走っていた。
誰も来ない、パイプと配線だらけの裏道。
ここはセルだけの場所だ。
十四歳。
ギャザー30の「外」を知らない。
生まれた時からここにいる。
この要塞が宇宙に浮かんでいることも、
本物の空があることも、
頭ではわかってるけど、ぴんとこない。
通路の突き当たりに、外が見える小窓がある。
セルはそこに張り付いて、
今日も新しい船が来るのを眺めた。
一隻。
スリムで、傷だらけで、でも速そうな船。
(どこから来たんだろう)
セルはいつもそれを考える。
あの船は、どこかの「ふつうの星」から来たのかな、と。
そのとき、背後で足音がした。
「ガキ、ここで何してる」
振り返ると、知らない大人が立っていた。
西側区画の色。
つまり、碌でもない人間だ。
セルは迷わず走り出した。
◇ ◇ ◇
04 グレッグ・ファウスト/逃亡者
息が切れる。
グレッグ・ファウストは薄暗い部屋の隅で、
膝を抱えて壁にへばりついていた。
三日間、ほとんど寝ていない。
情報ブローカーに金を払って手に入れた「安全な部屋」。
でも、安全なんてどこにもないのかもしれない。
グレッグの手元には、小さなデータチップがある。
《アストラ・コープ》の内部告発データ。
植民星ひとつを潰しかねない情報が、
このちっぽけなチップの中に入っている。
公開すれば、何万人もの命が救われるかもしれない。
でも、公開する前に自分が消えたら、意味がない。
(誰かを信じるしかない)
グレッグは震える手でホロ端末を開いた。
ギャザー30の闇市ネットワークに繋いで、
ある人物へのコンタクトを試みる。
賭けだ。
でも、もう賭けるしかない。
◇ ◇ ◇
この要塞に、善人はいない。
というより、この要塞に来た時点で、
誰もが何かを失っている。
故郷か、身分か、過去か。
あるいは、未来か。
ギャザー30は宙に浮かぶ。
どこの国でもなく、どこの法律も届かない場所に。
だから人が集まる。
逃げてきた者。
追いかけてきた者。
生まれてしまった者。
利用しに来た者。
三万人が暮らすこの要塞で、
今夜、何かが動き始めようとしていた。
バウンティハンターの船が接岸する。
情報屋が三手先を考える。
少女が裏道を走る。
逃亡者が最後の賭けに出る。
それぞれが知らないまま、
同じひとつの物語の中に引き込まれていく。
ギャザー30。
宇宙に浮かぶ、欲望と生存の要塞。
これは、そこに生きる者たちの話だ。
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